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63.ほぼ御先祖様のせい

 ピンドスの街中、顔なじみの娼館。

 オルティアの部屋の中で、二人っきりでくつろいでいた。


「へえ、じゃあそれが王様からもらった剣なんだ」


 世間話の流れで、祖先の剣をもらったという話をすると、オルティアはにわかに目を輝かせ出した。


「ああ、勲章みたいなものだから、常時つけてないと失礼にあたるみたいなんだ」

「ねえねえ、それちょっと触っていい?」

「いやこれは勘弁してくれ」

「いいじゃない、ねっ、一生のお願い」

「お前の一生のお願い多いって」


 軽くオルティアにウメボシをしてやった。


「陛下からのもらい物だからダメだとか、そういうことじゃないんだ」

「え? じゃあどういう事?」

「さっきも言っただろ? これはうちの先祖が晩年に使ってた、ものすごい剣豪になったから、その辺の剣でも最強だった――って事で使ってた剣なんだ。ぶっちゃけものとしては超安物」

「へえ」

「で、だ。うちの御先祖様はもう何百年も前の人間。つまりこの剣も何百年前の骨董品。安物で骨董品、いまめっちゃもろくなってる」

「そうなの?」

「ああ、ぼろぼろだ」


 頷きながら、座ってる間も腰に下げたままの剣を撫でる。


「まったく、すごい方をもらってくれば良かった。あれなら使わなきゃならないってなったときに、適当に手を抜ける」

「どういう事なの?」

「こいつを使うと、ある程度本気にならなきゃだめって事だ」

「……?」


 オルティアは小首を傾げた、よく分からないって顔だ。


「そうだな……」


 部屋の中を見回す。

 まん中にテーブルがあり、茶菓子一式に使われた木製の匙があったから、それを手にした。


「オルティア、紙はないか? なんでもいい」

「こういうのでいいの?」


 オルティアは便箋を一枚、手に取って俺に渡した。


「この紙、ぺらぺらだろ?」

「うん」

「で、これを二つ折りにして……ほい」


 二つ折りにした便箋をオルティアに返した。

 受け取ったが首をかしげたままのオルティアに向かって。


「この匙に向かって、折り目の山の部分で思いっきり振り下ろしてみて」

「うん……えいっ!」


 オルティアは言われたとおり、躊躇の無い手つきで、紙を思いっきり振り下ろした。


 木の匙はバキッ、と音をたてて折れた。


「ええっ! うそ! 紙で折れたよ!?」

「こんな風に、縦にちゃんと立てて、おもいっきり振り抜けば紙でも木で作った匙程度のものは折れる。この剣も一緒だ。ボロボロだが、ある程度ちゃんと(、、、、)振り抜けば壊れない――」


 そう言いながら、便箋をゆっくりと折れた匙に押しつける。

 当然、便箋の方がぐにゃ、と折れ曲がってしまう。


「――中途半端にやったら折れてしまうわけだ」

「ほへえ、そかそか。やっぱすごいねヘルメスちゃん、そういうのも知ってるんだ」

「ちょっとした雑学だよ」

「ねえねえ、他になんか雑学ない?」

「……ふっ」


 オルティアはやっぱりいい女だ。

 押す場面と、引く場面をよく心得ている。


 国王からあずかったものが壊れ物だと知るや、わがままを一切言わないで、自然な形で話をそらした。


 この空気を読める能力と、屈託のなさが人気娼婦たるゆえんだろうな。


 俺はその流れとおねだりに乗って、適当な、それこそ薬にも毒にもならない雑学を適当に披露した。

 オルティアはそれをほめて、持ち上げてくれて。


 そこそこに、気持ちのいい時間を過ごした。


 ガシャーン!


『きゃあああ!』

『ま、まってくれ、これはちがうんだ!』


 急に、部屋の外からものが割れる音と、悲鳴が聞こえてきた。


「どうしたんだ一体」

「ちょっと見てくる」


 オルティアが扉をあけて外に出た。

 悲鳴と物々しい物音が聞こえたこともあって、俺もいざって時のために後ろについていった。


「何があったの?」

「まいったよ、一号さんだよ」


 野次馬のなかの、娼館の下男がオルティアの質問にこたえた。


「あちゃあ、まあしょうがないね」

「なんだ? 一号って」

「うん、お客さんの奥さんって意味。たまにいるんだ、旦那の浮気だー! って事で怒鳴り込んでくるの」

「なるほど」


 すっと納得したオルティア。

 物音の物々しさとは裏腹に、落ち着いてるのもさもありなんとおもった。

 娼館という商売柄、嫉妬なんて日常茶飯事なんだろうな。


「今どんな感じ?」


 オルティアが部屋を出て騒ぎの方に目を向けた。

 俺も後を追って外に出て、オルティアの横に立った。


 別の部屋から、次々とコップやら枕やら、調度品が投げられてくる。


 しばらくすると、パンツ一丁の男が頭を抱えて逃げ出してきた。


「か、勘弁してくれぇ!」


 男は情けない声を出して、こっちに逃げてきた。

 そこそこの野次馬がいたが、男が走ってくると一斉に道を譲った。


「男なら逃げるんじゃ無いよ!」


 男を追いかけて出てきたのは、たるみたいな体型の中年女だった。

 体型にふさわしくかなりの力持ちみたいで、両手でそれぞれテーブルと椅子を引きずって出てきた。


 それをなんと、男に向かって投げつけた。


「ひぃぃぃぃ!」


 男は頭を抱えて、その場でしゃがんでかわした。


 女が投げたテーブルと椅子、そのまま男の頭上を通ってこっちに飛んできた。

 まったく、とばっちりだな。


 俺はテーブルと椅子をなんとかするために、反射的に腰の物を抜いた。


「ヘルメスちゃん!」

「――はっ!」


 オルティアの叫び声で気づいた。

 まずい、抜いたのは先祖のボロ剣だ。

 だがもう間に合わない、切っ先がもうテーブルと触れかかってる。


「くっ!」


 思いっきり、振り抜かざるを得なかった。

 適当に切り払おうとしたのが、三割くらいの力まで上げざるを得なかった。


 振り抜いた剣。

 テーブルと椅子は俺とオルティアをまるですり抜けたかのように、背後にすっ飛んでいく。


「なんだ今のは?」

「すり抜けたのか?」

「いや剣を振り抜いたぞ? 斬ったんじゃないのか?」

「いや斬れてないだろ、テーブルも椅子もそのままだ」


 夫婦ゲンカの野次馬をしていた連中の関心が一気にこっちに集まって来た。


 そのうちの一人がテーブルと椅子に近づいて触れてみた。


「見ろよ! 斬れてる!」

「本当だ! うわ、なんだこの斬り口、ヤスリでもかけたみたいにつるっつるだ」

「それよりもくっつけたら切れ目消えたぜ」


「あっちゃ……」


 やっぱり騒ぎになったか。


 三割の斬撃。

 ボロ剣を守るための斬撃は、テーブルに普通じゃあり得ない斬り口を作ってしまった。

 人間で言えば、斬ったあと数秒後に血が噴き出す、そんな鋭い斬り口。


「すごい剣術なんだな」

「何者だ?」

「ほらあ、最近王様の指南役になった領主様だよ」

「おおお!」


 ……おおぅ、またやってしまったか。

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