60.剣神の再来
やばいやばいやばい、ごまかさなきゃ。
さすがに国王に剣で勝ってしまうのは普通じゃない、それははっきり分かる、普通じゃない。
どうにかしてごまかさなきゃ。
俺が軽く焦っていると、キングは小ジャンプして天井に突き刺さってる自分の剣を抜いて、着地とともに鞘に戻した。
一連のスムーズな動き、かなりの達人であることが窺える動きだ。
これくらいやれると知ってれば不自然でないレベルで負けられたのに。
それに……騒ぎになってる。
俺とキングの試合そのものや、試合後の天井に突き刺さった剣というわかりやすい状況を見た客とか娼館の人間がざわざわしてる。
野次馬化して、ひそひそ何か言い合ってる。
ますますまずい、本当になんとかしなきゃ。
「そう案ずるな」
「え?」
キングは晴れやかな顔で俺を見ていた。
「私が何とかしよう」
「何とかって?」
聞き返すと、キングはニカッと、白い歯を見せて笑った。
「お前は彼女と引き合わせてくれた恩人だ。悪いようにはしないさ」
ダフネの事か。
ダフネにデレデレだったり、国王なのにここに通い詰めてたりしてるキング。
その現状を考えれば、「恩人」の二文字に説得力がある。
どのみち俺はやらかした方だ。
「……お願いします」
人前だから軽く頭を下げて、キングに全てを任せることにした。
☆
数日後の早朝、謁見の広間で執務を始める俺。
ミミスが、他の家臣達を引き連れて、満面の笑みでやってきた。
「おめでとうございます」
「「「おめでとうございます!!」」」
ミミスが口火を切って、他の家臣達が追従した祝福の言葉。
いきなりすぎて、何がなんだか分からなかった。
「どうした、誕生日はまだ先だぞ」
「いやはや、ご当主も人が悪い、そうならそうと前もって言ってくれればいいのに」
「なんの話だ?」
「先ほど、陛下からの勅命がとどきましたぞ」
ミミスはそう言って、赤い布でこしらえたトレイを持ち出した。
トレイの上に二通、国王の印で封をした手紙がある。
……なんか悪い予感がするんだけど。
「なんだそれは」
「こちらは正式な文書、ご当主を陛下の剣術指南役として任命するという内容ですな」
「……はあああ!?」
何それ!?
「あれ? ご存じなかったのですかな? これによると、陛下はご当主が剣を振るう所を見て、その腕前に感動して、指南役に命じる――とありますが」
「あぁ……」
一応あの事は伏せてくれたんだな。
「もう片方は?」
「こちらはご当主だけに宛てたものだとか」
「俺だけに?」
手紙を受け取って、封を切って中身を取り出して読む。
『余の師なら、余に勝ったことを気に病まなくてよいぞ』
……。
…………。
見当違いの心配をされてた!!
そうか! 国王陛下は知らないんだ、俺が実力を隠して生きてることを。
それを知らなくて、俺が国王にあっさり勝ってしまったという「無礼を働いた」ことを心配してるんだって、勘違いしたんだ。
それで剣術指南役という肩書きをくれたのか。
はあ……まあしょうがない、やらかしてしまったのは事実なんだ、この程度で済んだのを喜ぶべきだ。
また十字勲章が増えたし、子爵から伯爵に上がってしまうのを想像してたから、この程度で済んだことにほっとした。
「いやはや、とうとうここまで来られましたな」
「へ? なにが?」
ミミスがものすごく喜んでいた。
下手をすると、男爵から子爵に上がる時よりも喜んでいる。
なんで?
「剣術指南役ですよ。陛下の剣術指南、我がカノー家においては初代当主以来の栄誉」
「……あ、そうだった」
中興の祖の女王とうちの初代当主がそういう間柄だった。
「これは完全に初代を想起させる流れ、近いうちに『剣神の再来』と皆がささやき出すのでしょうな」
「……うそーん」
やらかしたツケが、意外と大きくなりそうなことに、うなだれてしまう俺だった。