58.太っ腹なご当主
「聞いておりますかな」
「どわっ!」
目の前が急にミミスのドアップになって、俺はひっくり返る位驚いた。
謁見の広間、執務の真っ最中。
直前までつらつらと何かを報告していたミミスがいきなり目の前に迫ってきた。
「な、なんだよミミス」
「ご報告を聞いてましたかな」
「聞いてた、聞いてたぞ」
「では私が今申し上げました内容を教えて下され」
「え? えっと……」
答えられなかった。
ぶっちゃけ上の空で、聞いてなかったのだ。
俺が答えられずにいると、ミミスはため息をついた。
「仕方がありませんな。重要な事なのでもう一度申し上げます。塩湖の税収見込額です、しっかりと聞いていて下され」
「いや数字を言われてもよく分からん、何か分かる様に例えてくれ」
「ふむ。では例えますが、ざっくり倍ですな」
「は?」
「カノー家の税収、それが倍になりますな」
「そんなにか!?」
さすがに驚いた。
「そんなにです」
「へえ、塩税は美味しいって聞くけど、本当なんだな」
「何をおっしゃいますやら」
ミミスは呆れたように、冷ややかな目で俺を見た。
「え?」
「これほどの額になったのは、ご当主が編み出した精製法の効率あってこそ。最近では塩の精錬魔法の使い手がぞくぞく見つかり、まだ効率、そして純度が上がっていく見込みですぞ」
「お、おう」
ミミスは言った後、感心した目になった。
その後ろに控えている他の家臣達も、同じように尊敬の眼差しで俺を見た。
税収を倍にした神の一手だしな。
ほっとくとまたやっかいな話になりそうだから、話をそらすことにした。
「金で思い出したけど、蹴り姫祭、あれは結構金が掛かるよな」
「うむ? さようでございますな。しかし国の威信の為には毎年やらねばならん事ですな」
「財政を圧迫しないのか?」
「例えそうだとしても、どうにかやりくりして開くもの、それが王族の……まあ勤めのようなものですな」
「へえ」
王族って大変なんだな。
「貴族ってそういうのはないのか」
「似たようなものがございますぞ」
「お?」
「我がカノー家にも過去に似たようなものがございましてな。毎月、子供達を招いて、ごちそうを振る舞う行事がございました」
「子供を?」
「初代様は大の子供好きと記録に残っておりますな」
「へえ」
それは意外だ。
今まで聞いた話では、初代は剣ばかりが強い剣術馬鹿だったんだが、イメージが変わりそうだ。
「にしても子供か……それ、やってみるか?」
「と言いますと?」
「過去の当主もやってたことなんだろ?」
「ええ、そうですな」
「だったら俺もやるよ。子供にごちそうなんだろ?」
俺のマイブームは「普通」だ。
カノー家は俺が継ぐまで男爵だった。
つまり、貴族の中でも割と平凡な方だ。
その平凡な先祖達と同じことをやるのは「普通」への第一歩だ。
この場合、普通は普通でも、貴族としての普通、と言うのが大事だ。
「分かりました、お任せ下され」
ミミスはドンと胸を叩き、頼もしそうに答えた。
☆。
数日後、同じく謁見の広間、執務の時間。
「先日のご命令の件ですが」
「うん?」
いつもの用に半分聞き流していたが、意識をミミスに戻した。
「命令って?」
「子供を招待する件ですな」
「ああ、それか」
「領内から千人ほど、子供を招くこととなりました。これが各地から上がってきたものをまとめたリストです」
「そうか――って千人!?」
リストを受け取りかけて、びっくりして手が止まった。
「はっ」
「なんでそんな」
「過去のご当主が実際に行ったときの名目ですが、勉学などに秀でた子、あるいは純粋にいい子、などを領内の村々に推薦させました」
「ふむ」
まあ当たり前の条件だな。
「するとたくさん上がってきたのですな。条件が条件です、招かれれば、領主に認められると言う名誉になりますな」
「なるほど」
「なので、せっかくですから全員招いてしまおうと。せっかくですし、ご当主が太っ腹なのを示すいいきかいかと」
「余計な事を、いやまあいいけど」
「ちなみに過去同様、ご当主のポケットマネーという形にしました」
「ポケットマネー?」
「お小遣いで子供達を招いたという形ですな。始めたのが二代目、まだ家を継ぐ前のことですから」
「だからお小遣いか」
俺はリストを開いた。
リストは名前の他に出身地と、ざっくりした理由が書かれている。
大半がありきたりな子供の褒め方なので、適当に流し読みした。
「これにより、ご当主様を皆称えておりますな」
「……は? なんで?」
「ポケットマネーで1000人の子供を招待してごちそうを振る舞うなんて太っ腹、ということですな。しかも毎月」
「……いやいや、伝統だろ? 前例があるんだろ?」
「ですが、既に途絶えて久しく。もはやそれは歴史の中の出来事、大半の民にとっては、ご当主が思いついたこととして、ご当主を称えておりますな」
「おおぅ……」
そうなってしまうのかよ……はあ。