56.その程度じゃ本気をださない
王宮のテラスで、青年貴族が国王から表彰を受けていた。
由緒ある祭で、御前試合。
そこで優勝して表彰されているんだから、本来ならものすごく名誉なことだが、そいつは顔を真っ赤にして、わなわなと震えていた。
というのも、俺が辞退したからだ。
逆の足で同じ成績を出して、誰の目にも分かる「まだ本気じゃない」をアピールした上で、仕上げに表彰を辞退した。
その結果、表彰を受けてるそいつに歓声はなく、周りからひそひそと笑われていた。
「あれでよく表彰をうけてられるよな」
「そう言ってやるな、あれでも二位だ」
「にしても本当にすごいなあの人、どこの貴族様だ? 今年はじめて見るぞ」
そいつに対する意趣返しで、付帯的に俺の評価があっちこっちで上がったが、まあ本気じゃないし、底は見せてないし問題ないだろう。
俺は遠目でそいつの顔が真っ赤になっているのをたっぷりと堪能してから、静かにその場から立ち去ろうとした。
「ヘルメス」
「ん? ショウ殿下か」
俺を呼び止めたのは、第三王子のショウ・ザ・アイギナだ。
竜王の影の一件のあと、リナと同じように、やたらと俺に目を掛けるようになった男だ。
「表彰を断ったか、お前らしい」
「すみません、目的は達したので」
ショウとリナあたりはある程度腹を割って話した方がいいみたいだから、すっとぼけないで素直に話す事にした。
「ネックスが何かしたか? まあ、彼のことだ、言わなくてもいい、余計な事を言ったのだろうが」
ショウは微笑んだまま言った。
なるほど、そういう性格なのはショウにも分かってるのか。
やっぱり下手なごまかしをしないで正解だったな。
「それよりも、お前に相談がある」
「むっ」
ショウの表情が一変。
それまでの穏やかな微笑みから、硬い、真剣な顔つきに変わった。
俺についてこいと目配せをして、先に歩き出す。
真面目な話はなるべくご勘弁願いたいところだが、相手がショウだとそうも行かない。
とりあえずなんの話かだけでも聞こうと、ショウについていった。
テラスが見える宮殿の中から、ぐるっと大きく回って、宮殿の反対側にやってきた。
間に宮殿をはさんだ結果、民衆を含んだお祭り騒ぎが途端に遠くなって、まるで別世界の出来事のように感じられた。
誰もいない庭園の中に入ってから、ショウは立ち止まって、俺に振り向いた。
「むっ」
表情が、ますます真剣なものになっていた。
「あの……聞かないって訳には……」
「ここ最近、国中で多発している隕石の話だ」
「――っ!」
ピクッ! と眉がはねた。
「お前はやっぱり賢いな」
「……ふう」
俺はため息をついた。
観念して、ショウに答えた。
「よほどの馬鹿でも分かりますよ、あれは。カノー家の領内だけで二回も落ちたんだ。何もない偶然、ただの自然現象って思う方が難しい」
「それに魔族が絡んでいる……だろ」
「……はい」
やっぱりそれもそうだったか。
ショウは空を見上げて、語り出した。
「ここ最近国中に多発している隕石、その大半は隕石の中から魔族が現われるおまけ付きだ。何者かの意志を感じるが、それを辿るには手かがりが不足しすぎている」
「俺にそれを探れって言うんですか?」
すっっっっっっっっっっげえ、面倒だぞそれは。
「いや、そこまでは」
ほっとした。
ほっとするのはまだ早いとは思うが、それでも思わずほっとした。
「実は昨日、レティムの郊外にまた一つ落ちた。それを排除してもらいたい」
「排除? 調べないのか? 昨日落ちたばかりだったら何も分かってないんだろ?」
「まずは排除だ。セレーネ祭の期間中に大騒ぎになってはまずい。国の威信が地に落ちる。何かがおきる前に排除したい。それに……」
ショウはそこで言葉を止めて、俺を見た。
まるで答え合わせを待っているかのように。
俺はため息をついて、言った。
「……どうせまた落ちる」
「その通り」
ショウの話が本当なら、国のあっちこっちに不定期に落ちているって事になる。
祭りの真っ最中に落ちたそれを排除しても、いずれどこかでまた落ちるのは簡単に予想がつく。
「頼む、やってくれないか。報酬は――今までの十字勲章全部取り消し、でどうだ」
「……」
ショウが出してきたのはとても魅力的な提案だった。
俺の事をよく分かっているショウだからこそ、対価として出せるものだ。
それはものすごく魅力的だ。
ちょっと前までだったら、俺は一も二もなく飛びついただろう。
が、今は違う。
普通でいこうと方針転換してる。
十字勲章四つ全部取り消しなんて、逆に目立ちすぎてしょうがない。
それはダメだ、逆にダメだ。
「いや、それはいい。報酬とかいらない。終わった後全部殿下がやったことにしてくれればそれでいい」
「ありがとう! 助かるよ」
ショウはものすごい勢いで喜んだ。
さて、若干面倒臭い事になったが……しょうがないな。
☆
その夜、ショウにもらった地図を頼りに、レティムを出て、郊外にあるという隕石に向かった。
夜に動いたのはもちろん、誰にも見られないように任務を遂行してしまおう、という狙いだ。
そのため姉さんは王都の宿に置いてきた。どこに行くのかと聞かれたら。
『これみてこれ、王都一のオルティアの予約が取れたんだ――』
『そーい!』
というやりとりでごまかした。
入手したばかりのオルティア・レティム編が犠牲となって星になったが、これは後でショウに請求しよう。
いや、前言撤回して王都一のオルティアに引き合わせてというのもありかもしれない。
そんなこんな思いながら、人気の無い郊外の街道を進んでいくと、地図で描かれた隕石の場所に辿り着いた。
前にピンドスの郊外に落ちた隕石と似たようなヤツだ。
ということは、剣聖のじいさんと同じように、まずは割って、その中から出てきたものを退治する。
それでいいのかな。
なんにせよまずは割ろう。
と、思ったその時。
「おっ、いたいた」
「こんな辺鄙なところまで来させやがって」
「まあまあいいじゃねえか、人目につかなくてやりやすいってもんだ」
急に、軽薄な口調とともに、三人の男が現われた。
三人ともたいまつと、安っぽいが実用的なロングソードを持っている。
口調もさることながら、いかにも柄が悪く、まともな稼業をしてない格好の連中だ。
「なんだお前らは」
「わるいな旦那、ちょっとあんたに痛い目にあってもらうぜ」
「あんたはやり過ぎた、わかるだろ?」
「まっ、指か骨の何本かで勘弁してやるからよ」
「……」
男達の言葉に目を眇めた。
同時に周りの気配を探った。
男達の向こう、十数メートル離れた先に、木の陰に隠れている人間の気配を感じた。
多分あの青年貴族――ネックスと言ったか。
そいつと、そいつが雇ったごろつきだ。
「はあ、そうきたか」
三人の男は続々とロングソードを抜き放ち、薄っぺらい殺気を剥き出しにして向かって来た。
「抜かないのかい旦那。観念したのならこっちも仕事がやりやすくていいが」
男の一人が嘲笑混じりに言った。
抜かない、というのは俺の腰に下げられたロングソードに向けられた言葉だ。
隕石と、その中から出てくる魔族に備えて持ってきたものだが。
「まっ! 抜いても意味ねえけどな!」
一人が叫んで、三人が同時に斬りかかってきた。
ガシッ!
「えっ!」
「なっ!」
「馬鹿な!!」
三人が同時に驚愕の声を上げた。
闇夜の中、冷たい光を放つ三つの斬撃を、俺は素手で掴んで止めた。
いわゆる「パー」で突き出した手、その指の間で三本ともはさんで止めた。
そして、手首をひねる。
パキキキーン!
連なる三連続の金属音、ロングソードが三本とも折れた。
これ以上ザコにかかってもいられない、折った切っ先をそのまま投げ捨てて、全員に当て身をして気絶させた。
「なっ!」
今度は遠くから声が上がった。
ネックスの声だ。
「はあ……」
なんたる間抜け。
隠れて見てるのなら最後まで隠れてろよ。
「出てこいよ」
「……お前、何をした」
観念して出てきたネックスは俺を睨みながら聞いてきた。
答える必要はない。
俺は無言のまま踏み込んで、ネックスにも当て身を喰らわせた。
こいつを気絶させて、さくっと隕石を片付けて帰ろう。
そう思って問答無用にネックスを沈めた。
「ぐはっ!」
ネックスは膝をついたが、気絶はしなかった。
ちょっと力量を読み違えたみたいだ。
まあ、曲がりなりにもカボチャ蹴りで他の貴族どもを抑えての二位になった男だ。
基礎能力はある方か。
「くそっ……くそっ……くそぉぉぉ……」
ネックスはうずくまったまま、恨みの言葉を繰り返す。
もう一発入れて、確実に沈めよう。
「むっ!」
その時異変が起きた。
ネックスの周りに黒い何かが集まった。
集まって来たものの出所を見ると、隕石からだった。
隕石から漏れ出すように出来た黒い何かが、ネックスの周りに集まって、その体に取り込まれていった。
「ぐお、ぐおおおおお!」
黒い何かが体の中に入るたびに、ネックスは苦悶とも怒号ともつかぬ声を上げた。
あっけにとられている内に、ネックスのからだが膨れ上がり、人間の倍はある、二足歩行の魔物に変化した。
「……なんともまあ」
これはあれか、心の闇に乗っ取られたとか、そういうヤツか。
ちらっと隕石をみた。目の前の魔物の圧倒的な存在感に比べて、隕石はそういうのがなかった。
何も感じられない、ただの石になっている。
完全にネックスに乗り移ったようだ。
「ふっ」
「うん?」
いきなりシニカルに笑ったネックス、何事かと振り向くと、魔物に変化したそいつは無造作に腕を横に振った。
その衝撃波が真横に走って、街道に一メートルを越す深い溝を作り出した。
「素晴しい、この世にこれほど素晴しく愉悦な事が存在するとは」
「魔物の口調じゃないな」
「魔物? 違うな、これは神に匹敵する力だ。俺に120%適合した、運命の力なのだよ」
「はあ……そうですか」
「状況が分かっていないのか?」
ネックスはもう一度、さっきとは反対側の腕を振った。
同じ深さの溝が反対側に走った。
「この力、人間の体に振るったらどうなるかわかるな。俺は今気分がいい。そうだ、その剣を抜け、三回まで斬らせてやろう」
「いや、そんな必要はない」
「遠慮するな、これは慈悲――」
魔物ネックスの懐に踏み込んで、斜め下からえぐるような右フック。
「ぐはっ!」
ネックスの足が一瞬浮き、からだが「く」の字になるほど折れ曲がった。
「その程度の力、本気を出すまでもない」
「なっ、ばっ――」
俺はもう一度ボディブローを放った、二度殴られたネックスの口から黒い何かが飛び出した。
それを掴んで、引っこ抜く。
「あああ、あああああああっ!」
口からずるずるっと黒いのを引っ張り出すと、ネックスは怯えだした。
引っ張り出したものを炎の魔法で消滅させると、人間に戻ったネックスは絶望に打ちひしがれ、うつろな目で虚空に消えたそれを見つめ続けるのだった。