55.御前舐めプ試合
王都レティムに向かう馬車の中。
天気もいいので、オープンカーみたいにして、道中の景色を楽しんでいた。
「いい風ですね」
同乗している姉さんが、風に吹かれてなびく髪を手で押さえながらつぶやいた。
景色を眺めるその横顔が綺麗で、思わず見とれてどきっとした。
「……それより、何のために都に行くんだ?」
「あら? そういえばヘルメスは初めてだったのですか?」
「その口ぶりじゃまた面倒な事になる気がするんだけど」
「大丈夫ですよ。弟父様に貴族の義務を果たしてもらうイベントと言うだけですよ」
「面倒臭さが余計にあがったんだけど……どういう事だ?」
「蹴り姫祭に出場するのよ」
「蹴り姫祭?」
そのネーミングでますますうさんくささは上がったが、「王都」で開かれる「姫」の祭り、その一文字が引っかかって、うかつなことは言わないように我慢した。
「カノー家ともまったくの無関係ではないのですよ。中興の祖セレーネ女王ゆかりの祭りなのです。女王は若い頃すごくわがままで、気にくわないことがあれば臣下を誰彼構わず足蹴にしていたというのです」
「そこから来てるのか」
「ええ。具体的な内容は、貴族同士が集まって、カボチャを蹴ってその飛距離を競うというものですね」
「なぜカボチャを」
「さあ、そこは曖昧なのですけど、女王がとても信頼なさったかたが進言したとか。カボチャを使った後デザートにして子供達に振る舞えるとか。様々な説がありますね」
「女王の恥部っぽいのがはっきりのこってて、祭りの由来があやふやって変な話だな」
「そういうこともあるのですよ」
「で、俺はそこでカボチャを蹴ればいいのか?」
「ええ。優勝してね弟父様」
「善処する」
なるほど、蹴り姫祭か……。
☆
王都レティム、夏の宮殿。
水と緑あふれる、世にも美しい庭園のある宮殿だ。
数百年前の国王が、寵愛している妃の為に建てたと言われる。
都に到着した俺は、早速ここに出頭してきた。
「来たな、ヘルメス」
庭園の美しさを眺めていると、背後からショウが俺を呼び、並んできた。
「ご無沙汰しております殿下」
「よく来てくれた、正直すっぽかすんじゃないかって思ってた」
「そんなことはしません」
俺は苦笑いした。
ちょっと前だったらそうかもしれないが、今は違う。
方針転換した俺は、実力を必要以上に抑えるんじゃなくて、周りと同じくらい、平均くらいにあわせる事にした。
平均くらい、周りと同じくらいにしておくのが一番目立たない方法だ。
なので――
「殿下、一つだけお願いが」
「ん? なんだ」
「俺の番を、最後にして欲しいのです」
「最後? ……ふむ、そうだな、真打ちは最後に登場するものだ。わかった、そうしよう」
「ありがとうございます」
真打ちにふさわしいパフォーマンスを出す気はさらさら無いが、ショウが聞き入れてくれたのは助かった。
これで、周りを見てから蹴ることができるぞ。
「そうだ、お前の利き足は?」
「利き足?」
「利き足にあわせたカボチャを用意するんだ。いわば魔法のカボチャ。あってる足で蹴ればすごく飛ぶが、違う足でなら飛距離が十分の一になる代物だ」
「なぜそんなものを?」
「偉大なる女王を記念する祭りだから、盛大に空中戦をした方が格好がつくだろう?」
なるほど。
ここは嘘をつく必要はない。
俺は正直に右足だと答えて、ショウは分かったといい、ここから立ち去った。
これで前日にやることは終わり。
都に取った宿に戻って今日はもうのんびりしよう。
そうして立ち去りかけたその時。
「おや、これはこれはカノー子爵様じゃないか」
「うん?」
俺の名前を呼ぶ声に振り向く。
そこに、俺と同い年くらいの貴族の青年がたっていた。
見覚えがない顔だが、向こうは俺を知っているようだ。
……友好的じゃないのが気になるが。
「えっと……」
「はっ、知らないか、そうだろうな、今をときめく子爵様が俺みたいなのを知ってる訳ないよな」
「……」
言葉がトゲマシマシだった。
何が言いたいんだこいつは。
「どうだ? 女に泣きついてもらって手に入れた地位は?」
「泣きついて?」
「すっとぼけんなよ、自分の姉を義理の娘にしてまで手に入れた当主の座だろうが」
「……ああ」
ポン、と手を叩いた。
言われなければすっかり忘れていた所だ。
いや都に来るまでの道中も姉さんに「弟父様」って呼ばれていたが、最近はそれが馴染みすぎて、すっかりそれの由来を忘れてしまっている。
もともと、俺の前に三人の兄がいた。
四男の俺に当主の継承が回ってくることはないんだが、ある日隕石が落ちてきて、三人の兄はまとめて事故死した。
そこでもまだ、継承権は姉さんにあるんだが、謀略家の姉さんは即日国王に上奏して、自分を俺の義理の娘にする事で、継承権を下げて俺に家を継がせた。
それの事をいってるのか。
「まあ、そこそこだな」
話を理解した、ものすごい面倒臭い絡まれ方だとも理解した。
適当にあしらって、話を終わらせようとしたが。
「どうだ? 女に恵んでもらった当主の座の座り心地は」
「そこそこだ」
適当にあしらって、立ち去ろうとする。
「十字勲章もそうやって手に入れたのか?」
「……は?」
立ちさりかけた俺、男の一言に思わず足を止めて、振り向いた。
「スライムロードに四つの十字勲章。あり得ないよな。どうやった。娘でもさしだしたか?」
「……」
すぅ、と目がほそまった。
男を睨む。
男は鼻で笑い、おどけたフリをした。
「おお怖い怖い。女をつかって成り上がったようなヤツが一丁前に男のプライドか?」
「取り消せ」
「人の口に戸は立てられない、そうだろ?
……まあいい、明日の祭りにでるのだろう? 偉大なるセレーネ女王の祭りだ、そこでは一切の政治もごまかしもきかない。そこでバケの皮が剥がれなければ、ふっ、今言ったことを取り消してやるよ」
男はそう言って、最後にまた鼻で笑い飛ばして、得意げな顔で立ち去った。
「……」
その後ろ姿を睨んで見送る。
久々に、腹の底にぐつぐつと煮えたぎる怒りが湧いた。
☆
次の日、祭り本番。
レティムを貫通する、セレーネ女王が戦争から帰還した時にパレードで使った、凱旋通りがある。
その凱旋通りで、カボチャ蹴り祭りが開かれた。
都の住民が声援したりはやしたてたりする中、貴族が次々と登場しては、カボチャを蹴っていく。
中には少女や、赤ん坊などが儀礼的に蹴っていき、和やかなシーンを演出するが、ほとんどの貴族は全力で蹴っている。
それもそのはず、凱旋通りの先――王宮のテラスで国王のキングがずっと見ている。
いわば……御前試合だ。
貴族達が全力をだしていい所を見せようとするのは当たり前だ。
そうして次々と貴族が蹴っていき。
「「「おおおおお!!」」」
ふいに、この日一番の大歓声が沸き上がった。
何事かとみれば、昨日姉さんを侮辱した青年貴族が手をあげて、王都の民の大歓声にこたえている。
更に見ると、凱旋通りの遙か先、国王が鎮座しているテラスの直前まで、カボチャが飛んでいるのが分かった。
今日一番の飛距離に、今日一番の歓声が送られている。
男はそれにたっぷり答えてから、きびすを返してこっちにやってきた。
「残念だったな、これが実力の差だ」
「……」
完全に勝ち誇っていて、上から目線だ。
「ヘルメス・カノー卿、順番です」
俺はそいつを無視して、蹴る場所に向かった。
係のものがカボチャを所定の位置に用意した。
赤・青と二色ある内の赤だ。
相対する色合いとして最もわかりやすい赤と青、今までみてるとそれぞれ左足と右足用のようだ。
俺に用意されたのは、右足用の赤だと言うことだ。
まだ、前の男の余韻が残る中、俺はスタスタとカボチャに向かっていった。
近い者がざわつく。
「はっ、助走もせずに――適当に蹴って茶をにごすのか」
後ろから男の見下しきった言葉が聞こえてきた。
それも無視。
カボチャの前に立ち止まって、助走なしのまま左足を振り上げて――
「「「――っ!?」」」
周りが驚く中、右足用のカボチャを左足で蹴った。
十分の一に減衰すると言われる逆の足、カボチャはふわりとあがって、ぐんぐん飛距離を伸ばしていく。
やがて、さっきの男とまったく同じ所に飛んだ。
ベスト記録と立てられた旗の地点に、寸分の狂いなく落下した。
シーン。
都は静まりかえった。
違う足で蹴って、まったく同じ飛距離をだした。
それは無言のメッセージ、少し考えれば誰にも分かるメッセージ。
俺は振り向いて、コケにされた、と気づいてわなわなと震える青年貴族をにらみ返した。
『俺はまだ、本気を出していない』
無言のメッセージに、男は息を飲んでたじろぎ。
「「「わあああああああ!!!」」」
一拍遅れて、都中が大歓声に包まれた。
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