51.何もしないが最大の攻撃
「で、あたしにいい考えがあるんだけど」
ゴン・アーモンドの「ちょいちょいとした」ひねり方を考えていると、オルティアがイタズラっぽい笑みを浮かべながら言ってきた。
「どんな考えなんだ姐さん」
「いや待て、なんだその姐さんってのは」
オルティアのイタズラっぽい笑みは頼もしくて内容を聞きたかったが、それよりもこっちだ。
聞き捨てならない、スルーしてたら色々発展して良くないことになりそうな気がする。
「え? あー……それはあれですよ、俺たちが世話してる子が全員姐さんの後輩だっていうから」
「絶対違うだろ、今考えたいい訳だろ」
「そんな事ないですよ」
キュロスは白々しく言い放った、挙げ句の果てに――
「♪」
「口笛吹くな! もっとごまかす努力しろ!」
「いいじゃないか兄貴、姐さんはなんかもう姐さんで」
「その『なんかもう』の内訳がうんぬんかんぬんだっての!」
突っ込むが、俺の突っ込みも雑になった。
なんというか面倒臭くなった。
どのみち何を言ってもやめないんだろうよ。
俺はため息一つついて、それで仕切り直して、オルティアを向いた。
「で、いい考えってのは」
改めて聞くと、そしてにやりとあくどそうな笑顔をしているオルティアの姿に頼もしさを覚える。
「うん。まず、彼らは有名な義賊なんでしょ」
「ああ。だからこそ俺はこいつらと一緒にゴン・アーモンドから盗もうとした。財産と名声、両方でダメージ与えられるからな」
夢幻団は悪徳商人からしか盗まない事で有名だ。
その夢幻団がターゲットにする相手なら相手が悪徳商人であると吹聴するようなものだ。
こいつらと関わって色々調べてみたが、面白いことに、それくらいの信用度がある。
「それに、ヘルメスちゃんは参加しなくていいと思うな」
「なんで?」
「ヘルメスちゃんは三つ目、本人に精神ダメージを与える役」
そう言って、俺に耳打ちしてきたオルティア。
彼女の提案は面白かった。
「なるほど、俺がサボりたいって色々知られてるからってのも利用するんだな」
「そういうこと」
「なあ姐さん、俺らはどうするんだ? 兄貴抜きでやればいいのか?」
「うん。そのかわりヘルメスちゃんに約束したことは守って」
「約束?」
「そう、ヘルメスちゃんの領地では盗まないって約束」
またまたにやりと笑うオルティア。
やっべえ、やっぱり頼もしいわ彼女。
☆
夢幻団は全国各地を駆け巡った。
ミスリル商人ゴン・アーモンドの屋敷や開いてる店を襲撃しては、財産を奪って、その地方の民衆に分配する。
夢幻団という集団は義賊で有名だ。
それが集中的に狙いだしたと言うことは、よほどの悪人なんだな、という噂が国中に駆け巡った。
その中で、台風の目ともいうべき、無風地帯があった。
俺の、カノー家の領地だ。
夢幻団はカノー家の領地では一切盗まず奪わなかった。
その事で俺の関与を疑う声も出たが、夢幻団がやってる事と言えば商人から奪って民に分配する事。
しかもその土地の民にだ。
俺はまったく得してないし、俺の領地の民も得してない。
むしろ、民で言えば相対的に損してるのである。
得してない人間が黒幕って説を唱えても信じる人間は少ない。
それに、わざとらしすぎる。
全国各地でやってるのに、俺の領地だけやらないというのは、むしろ俺に罪をなすりつけたいなにか、という陰謀説まで勝手に出るくらいだ。
そんなこんなしているうちに、ゴン・アーモンドは再び、俺に面会を求めてきた。
☆
応接間の中、ゴン・アーモンドと二人っきりで向き合った。
前回と違って、そいつはものすごく苦虫をかみつぶした様な顔をしている。
何回か何かを言いかけては、言葉を呑み込んでしまうと言うのを繰り返した後。
「どうかやめてください、お願いします」
「その噂を信じるのは勝手だが、俺は何もしてない」
「子爵様!」
「まあ、それらしき男に、どこぞの商人が娼婦を人質にとるような事をした、は漏らしたかもだが」
「それで――うっ」
ゴアは頭の回転が速かった。
一瞬「それです」と言いかけたんだろうが、それで俺をどうすることも出来ないのをすぐに理解したんだろう。
例え俺がそれをキュロス――つまり夢幻団に言ったのが本当だとしても、その話を広めたとしても。
俺にはダメージはない。
夢幻団がやってるのはあくまで今まで通りの義賊行為、そして俺が言ったのは娼婦を人質にとった悪徳商人がいるということ。
いやな話だが、娼婦はいろんな目で見られるが、その中の一つに「社会的弱者」というのがある。
この場合、文脈は自動的に「娼婦を相手に取ってまで~」という流れになってしまう。
夢幻団に狙われて当然だ、という話になる。
さすがに儲かる商人は頭の回転が良くて、一瞬でそれを理解したと見える。
それくらい頭が良ければ――。
「むしろ、こっちから頼みたいことがある」
「――っ! なんでもおっしゃってください!」
これが第一の突き放し。
普通こういう時の「頼みたいことがある」は、落とし前に何かくれという意味で使われる。
当然の如くゴアはそれを期待した、救いの光がさした、そんな顔をした。
「カノー領に財産があれば引き上げてくれ。で、これ以上何も持ち込まないでくれ」
「……え?」
「夢幻団があんたを狙ってるのは確かだ。領内に面倒ごとを持ち込まれるのは勘弁してくれ」
「なっ……そ、それは――」
「ここでやられたら捕まえに行かないといけなくなる、面倒だ。夢幻団ほどの義賊を捕まえようとするだけで民から白い目で見られる。面倒の倍掛けだ」
唖然、ゴアはぽかーんとなった。
「めんどいことは何もやりたくないから、うちには持ち込まないでくれ」
「子爵様!」
「以上だ、帰ってくれ」
「――っ! ヘルメス・カノーォォォ!」
いきり立って俺につかみかかろうとするゴア。
反撃もしない、ひらりとかわすだけ。
そいつはつまづいて、転んでしまう。
床にへばりついた状態で、俺を見あげて睨んでくる。
俺は取り合わず、そいつを置いて応接間をでた。
「ヘルメス・カノーォォォォォォ!!」
ドア越しでも、そいつの怒号がはっきりと聞こえた。
それでも俺は何もしない。
今回は何もしない。
何もしないのに裏目にでず、こんな爽快な気分になったのは初めてかも知れない。
オルティアにお礼をしなきゃな。
☆
それから約半年後。
夢幻団がついでに他の悪事に関する情報を入手してばらまいたのをきっかけに、いろんな盗賊からもここぞとばかりに狙われた結果。
ゴン・アーモンドはハイエナたちにむさぼられ、無一文となってしまった。