表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/167

48.塩の精錬

「ねえねえ、ヘルメスちゃんって結局どれくらい強いの?」


 行きつけの娼館の中、顔なじみの娼婦オルティア。

 膝枕をしてもらって、皮を丁寧に剥いたブドウを一粒ずつ食べさせてもらう――というサービスを受けていたら、彼女がいきなりそんな事を聞いてきた。


「脈絡なくどうした」

「ヘルメスちゃん実は強いんでしょ」

「……どうかな」


 オルティア相手もいい加減隠す意味なくなってきたかな、とか思いつつも、何となくごまかすことにした。


「もー、強いくせに。誰にも言わないから、どれくらい強いのか教えて」

「面倒臭いな」

「一生のお願い、ねっ! サービスもしちゃうから」


 オルティアはそう言い、おっぱいを当ててきた。


 下から太もも、上からおっぱい。

 悲しいかな、俺は健康的な男の子だ。

 この究極サンドに抗う術は持っていない。


「しょうがないな。本当に誰にも言うなよ」

「うん! 誰にも言わない!」


 満面の、しかも屈託のない笑顔を浮かべるオルティア。

 うっかりはあってもわざとはない、そう信じることにした。


 そして考える。

 改めて自分を評価するというのは意外に難しくて、こそばゆいものだが。


「剣は得意だ。多分……世界で五本の指には入るだろう」

「すごい! それ本当!?」

「うちの御先祖様は文句なしの世界一だったらしいからな。まあ、遺伝だ」


 カノー家初代当主、光の剣を操る史上最強の剣士。

 俺が強いのは間違いなくその血だろうなと思うことがよくある。


「代々受け継がれてきた書物も一通り読んだから、剣の知識はそれなりにある」

「魔法はどうなの?」

「そっちは普通。知識はほぼ無い、魔力はあるから、力任せのぶっ放しになることが多い」

「そうなの? いっがーい(意外)


 俺の事をよく知ってればそうでもないと分かるもんだがな。


 当主になった直後の銀の事もそうだし、魔法でモンスター倒した時の痕跡が元の持ち主と照合出来る事も知らなかった。

 「うっかり」で何かをやらかす時って、大抵魔法なんだよな。


「でもそっか……ヘルメスちゃん剣術はうまいんだ」

「そこそこにな」

「ねえねえ、今度それ見せてよ、聞いたことあるんだけど……けんぶ? っていうの?」

「剣の舞か」

「そそそれ。それ見せてよ、一生のお願い、ね」

「だから何回あるんだよお前の一生のお願いは」


 まっ、それくらいなら別にいっか。


「もっとサービスしてくれたら」

「お安いご用よ!」


 オルティアはそう言って、剥いたブドウをくわえて、口移しで食べさせてくれた。

 そうした後の赤ら顔は、微かに恍惚としているように見える。


 屈託のない気安さと、ここぞと言うときに放つ蜜を垂らしたような色気。

 これをやられると、しょうがないなあ、ってなってしまうーーまあ、男の悲しい性だな。


「あー、なんかかっこつけてる。格好いいのはこっち向かって(、、、、、、、)やって」

「……まったく、しょうがないな」


     ☆


 夕方になって、娼館を出て屋敷に戻った。

 正門をくぐると、大きな桶を載せた荷馬車が何台も庭にとまっているのが見えた。


 その荷馬車の横に一人の男がいる。


「ナッソス、どうしたこれ」


 男は俺の部下、税の取り立てを任せているナッソスだった。


 呼ばれて振り向いてきた顔はいつもの通り頼りなさげで、困り果てて今にも泣き出しそうな顔だ。


「へ、ヘルメス様! ご、ごごごご機嫌麗じぶげっ!」

「無理して慣れない言葉を使わなくていい。それよりもなんだこれは」


 ナッソスに聞きつつ、荷馬車の一台に近づき、桶に手を触れた。

 触れた瞬間、桶の重心(、、)が揺れた。


「液体か?」

「そ、そうダス。ハルスの町から送られてきたものダス」

「ハルスってカノー領か」

「そうダス、おらがヘルメス様のご命令で税を取り立ててる町の一つダス」

「ふむ、ってことはこれ、酒か? お前、袖の下をもらう様になったか」


 にやりと口角を持ち上げて、ナッソスをからかって見る。


「そそそそそそそそそそそそそ――」

「慌てすぎだ」

「――なななななななこことととととととととととと」

「だから慌てすぎだって、バグってるぞ。そんな事ない、だな」

「ダスダスダスダスダスダス」


 米つきバッタの様に首を縦に振る、その勢いで振ったら首ちぎれるぞ、って思わず心配になるくらいの勢いだ。


「ちょっとからかっただけだから。で、それよりもこれはなんだ?」


 根が実直な男、しかも俺に恩義を感じてるナッソス。

 イジったら可哀想になるからイジるのをやめて、話を戻した。


「実は、これに塩が入ってるって言うダス」

「塩? カノーの領地に海ってないよな」

「ダス。湖の水ダス」

「塩が入ってるって言うのか」

「そうダス。ここから塩がとれるようになれば……えっと、えっと……」

「ああ、とれるようになったら税を払えるから待てって事だな」

「そうダス!」


 取り立ての能力は一級品だが、いかんせん性格に難ありなナッソス。


 俺の前では特に緊張するみたいだから、会話する時に軽くこっちが先読みと誘導をする必要がある。


「しかし、なるほど塩か」


 塩――採塩は経済だけじゃなくて、政治的にも大きい意味を持つ。

 もしも本当にとれるようになったら――。


「なりませぬぞ」


 考えていると、今度はミミスが割り込んできた。

 屋敷の外に馬車を止めて、そこから飛び降りたミミスがのっしのっし近づいてくる。

 夕方の屋敷、間違いなくこの件を聞きつけてやってきたんだろうな。


「だめってなんで?」

「ハルスの湖の事は知っておりますぞ。多少の塩分を含んでおりますが、不純物も多く、塩だけを採るのは極めて難しい。これは先代――いや先々代の時から割りに合わないと断じて来ました事ですぞ」

「そうなのか?」

「……そうみたいダス」


 ナッソスはしょぼくれてうつむいた。


「ふーん、不純物が多いのか」


 俺はさっき手を触れた桶にもう一度触れてみた。

 どれくらいあるのか、ちょっと見てみるか。


 桶そのものに魔力をそそいで、塩だけを引き出す。


「へえ、塩そのものは結構あるんだな」


 桶一つ分の塩は両手では持ちきれない位あった。

 これくらいあればちゃんと金になりそうなもんだが。


「なあミミス、これを――ってどうしたそんな顔をして」

「ご、ご当主、今何を……?」

「何をって、塩を精錬しただけだ。銀の時もやっただろ?」


 あれとまったく同じことをしただけだ。

 なのになんで驚いてるんだ?


「それって鉱石以外にも使えるダスか?」

「うん? 出来るだろ。混ざったものの中から一種類のものだけを抜き出す精錬だし」


 俺は当たり前の事の様に答えたが、ミミスとナッソス、二人はますます驚愕した。


「なんと……そんな応用が出来るものだったのか……」

「ヘルメス様の発想はすごいダス……」


 二人して絶句している。

 魔法の事は知識があまりなくてあたりまえの様にやったけど。


 ……俺、またやってしまったのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 不純物って何だろう? 微生物や土砂などの小さなゴミ? それとも塩以外にも水溶してるって事ですか? 前者なら濾過すれば済む問題。後者なら取り出せたら、それはそれで何かの役に立ちそうですよね。…
[一言] ナッソスが仕入れたよくわからない納税品をヘルメス様が錬金して金に換える構図はもっと見たいな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ