48.塩の精錬
「ねえねえ、ヘルメスちゃんって結局どれくらい強いの?」
行きつけの娼館の中、顔なじみの娼婦オルティア。
膝枕をしてもらって、皮を丁寧に剥いたブドウを一粒ずつ食べさせてもらう――というサービスを受けていたら、彼女がいきなりそんな事を聞いてきた。
「脈絡なくどうした」
「ヘルメスちゃん実は強いんでしょ」
「……どうかな」
オルティア相手もいい加減隠す意味なくなってきたかな、とか思いつつも、何となくごまかすことにした。
「もー、強いくせに。誰にも言わないから、どれくらい強いのか教えて」
「面倒臭いな」
「一生のお願い、ねっ! サービスもしちゃうから」
オルティアはそう言い、おっぱいを当ててきた。
下から太もも、上からおっぱい。
悲しいかな、俺は健康的な男の子だ。
この究極サンドに抗う術は持っていない。
「しょうがないな。本当に誰にも言うなよ」
「うん! 誰にも言わない!」
満面の、しかも屈託のない笑顔を浮かべるオルティア。
うっかりはあってもわざとはない、そう信じることにした。
そして考える。
改めて自分を評価するというのは意外に難しくて、こそばゆいものだが。
「剣は得意だ。多分……世界で五本の指には入るだろう」
「すごい! それ本当!?」
「うちの御先祖様は文句なしの世界一だったらしいからな。まあ、遺伝だ」
カノー家初代当主、光の剣を操る史上最強の剣士。
俺が強いのは間違いなくその血だろうなと思うことがよくある。
「代々受け継がれてきた書物も一通り読んだから、剣の知識はそれなりにある」
「魔法はどうなの?」
「そっちは普通。知識はほぼ無い、魔力はあるから、力任せのぶっ放しになることが多い」
「そうなの? いっがーい」
俺の事をよく知ってればそうでもないと分かるもんだがな。
当主になった直後の銀の事もそうだし、魔法でモンスター倒した時の痕跡が元の持ち主と照合出来る事も知らなかった。
「うっかり」で何かをやらかす時って、大抵魔法なんだよな。
「でもそっか……ヘルメスちゃん剣術はうまいんだ」
「そこそこにな」
「ねえねえ、今度それ見せてよ、聞いたことあるんだけど……けんぶ? っていうの?」
「剣の舞か」
「そそそれ。それ見せてよ、一生のお願い、ね」
「だから何回あるんだよお前の一生のお願いは」
まっ、それくらいなら別にいっか。
「もっとサービスしてくれたら」
「お安いご用よ!」
オルティアはそう言って、剥いたブドウをくわえて、口移しで食べさせてくれた。
そうした後の赤ら顔は、微かに恍惚としているように見える。
屈託のない気安さと、ここぞと言うときに放つ蜜を垂らしたような色気。
これをやられると、しょうがないなあ、ってなってしまうーーまあ、男の悲しい性だな。
「あー、なんかかっこつけてる。格好いいのはこっち向かってやって」
「……まったく、しょうがないな」
☆
夕方になって、娼館を出て屋敷に戻った。
正門をくぐると、大きな桶を載せた荷馬車が何台も庭にとまっているのが見えた。
その荷馬車の横に一人の男がいる。
「ナッソス、どうしたこれ」
男は俺の部下、税の取り立てを任せているナッソスだった。
呼ばれて振り向いてきた顔はいつもの通り頼りなさげで、困り果てて今にも泣き出しそうな顔だ。
「へ、ヘルメス様! ご、ごごごご機嫌麗じぶげっ!」
「無理して慣れない言葉を使わなくていい。それよりもなんだこれは」
ナッソスに聞きつつ、荷馬車の一台に近づき、桶に手を触れた。
触れた瞬間、桶の重心が揺れた。
「液体か?」
「そ、そうダス。ハルスの町から送られてきたものダス」
「ハルスってカノー領か」
「そうダス、おらがヘルメス様のご命令で税を取り立ててる町の一つダス」
「ふむ、ってことはこれ、酒か? お前、袖の下をもらう様になったか」
にやりと口角を持ち上げて、ナッソスをからかって見る。
「そそそそそそそそそそそそそ――」
「慌てすぎだ」
「――なななななななこことととととととととととと」
「だから慌てすぎだって、バグってるぞ。そんな事ない、だな」
「ダスダスダスダスダスダス」
米つきバッタの様に首を縦に振る、その勢いで振ったら首ちぎれるぞ、って思わず心配になるくらいの勢いだ。
「ちょっとからかっただけだから。で、それよりもこれはなんだ?」
根が実直な男、しかも俺に恩義を感じてるナッソス。
イジったら可哀想になるからイジるのをやめて、話を戻した。
「実は、これに塩が入ってるって言うダス」
「塩? カノーの領地に海ってないよな」
「ダス。湖の水ダス」
「塩が入ってるって言うのか」
「そうダス。ここから塩がとれるようになれば……えっと、えっと……」
「ああ、とれるようになったら税を払えるから待てって事だな」
「そうダス!」
取り立ての能力は一級品だが、いかんせん性格に難ありなナッソス。
俺の前では特に緊張するみたいだから、会話する時に軽くこっちが先読みと誘導をする必要がある。
「しかし、なるほど塩か」
塩――採塩は経済だけじゃなくて、政治的にも大きい意味を持つ。
もしも本当にとれるようになったら――。
「なりませぬぞ」
考えていると、今度はミミスが割り込んできた。
屋敷の外に馬車を止めて、そこから飛び降りたミミスがのっしのっし近づいてくる。
夕方の屋敷、間違いなくこの件を聞きつけてやってきたんだろうな。
「だめってなんで?」
「ハルスの湖の事は知っておりますぞ。多少の塩分を含んでおりますが、不純物も多く、塩だけを採るのは極めて難しい。これは先代――いや先々代の時から割りに合わないと断じて来ました事ですぞ」
「そうなのか?」
「……そうみたいダス」
ナッソスはしょぼくれてうつむいた。
「ふーん、不純物が多いのか」
俺はさっき手を触れた桶にもう一度触れてみた。
どれくらいあるのか、ちょっと見てみるか。
桶そのものに魔力をそそいで、塩だけを引き出す。
「へえ、塩そのものは結構あるんだな」
桶一つ分の塩は両手では持ちきれない位あった。
これくらいあればちゃんと金になりそうなもんだが。
「なあミミス、これを――ってどうしたそんな顔をして」
「ご、ご当主、今何を……?」
「何をって、塩を精錬しただけだ。銀の時もやっただろ?」
あれとまったく同じことをしただけだ。
なのになんで驚いてるんだ?
「それって鉱石以外にも使えるダスか?」
「うん? 出来るだろ。混ざったものの中から一種類のものだけを抜き出す精錬だし」
俺は当たり前の事の様に答えたが、ミミスとナッソス、二人はますます驚愕した。
「なんと……そんな応用が出来るものだったのか……」
「ヘルメス様の発想はすごいダス……」
二人して絶句している。
魔法の事は知識があまりなくてあたりまえの様にやったけど。
……俺、またやってしまったのか?