47.君が俺で俺が君で
朝、起きた俺は、寝室からでて廊下を歩いている。
この屋敷では、メイドや使用人の数はなるべく少なくしている。
特に朝は少なくて、雇ってるメイド達も、執務の時間に合わせて敷地内にあるメイド達の寮からの通いって形になってる。
理由は簡単、何がきっかけで俺の実力がばれるか分からないから。
朝とか夜とか、寝ぼけてる時間帯にそれが起きる可能性が高くなるから、屋敷の人間を出来るだけ少なくした。
だから、起きた。
幸せ――げふんげふん、不幸な事故が。
ガチャッ。
「ふああ……おはよう姉さん……」
ドアを開けて脱衣所に入った俺は、そこにいたよく知っている相手に挨拶した。
そうしたのは、寝ぼけているから。
「……」
「……」
両者とも固まったのは、姉さんがほとんど全裸だったから。
湯上がりらしき姉さんは、いつもよりも数倍なまめかしい――じゃなくて。
「ご、ごごごごごめ――」
「きゃあああ!」
絹を裂く悲鳴が耳をつんざく。
眠気が一気に吹っ飛んだ。
「ごめん姉さん! わざとじゃないんだ」
慌てて謝るも、姉さんは半ばパニックになって、聞き入れてくれない。
手当たり次第に物を投げてくる。
カゴ、タオル、そして――
「きゃあああ! それに触らないで!」
――姉さんの下着。
姉さんの豪腕で投げつけられた純白の下着が見事に俺の顔にジャストフィットした。
傍目から見ればパンツの仮面、究極の変態だ。
「かぶらないで! それを返して!」
自分で投げたのだが、パニックになった姉さんは取り返そうと裸のまま迫ってきた。
もつれる俺と姉さん、姉で娘とは言え色っぽい裸に俺は赤面して目をそらす。
どうしたらいいのか分からない。
それが、事態を更に悪化させる。
背けた俺の顔から下着を取り戻そうと体を寄せてくる姉さん。
ズルッ――キュッ!
不吉な音が聞こえた。
もつれる最中で濡れた床に足を滑らせた姉さん。
ものすごい勢いで後ろ向きに倒れていく。
「姉さん!!」
とっさに姉さんの腕を掴んで、引き寄せた。
ズルッ!
力を入れすぎてしまった。
姉さんを引き戻して、抱き留めた瞬間、今度はこっち側に倒れ込んだ。
いきなりの連続で反応が遅くなっていると、二人もつれ合ったまま倒れ込んだ。
ごつん、と頭がぶつかった。
「いててて……」
ぶつかった額を抑えて、体を起こす。
すぐにハッとして。
「大丈夫か姉さん! ……え?」
きょとん、となった。
目の前の光景が理解出来なかった。
馬乗り状態見下ろしている相手は――俺。
俺が俺の下でぶつけたおでこを押さえている。
「いたたた……もう、どうしてこうなるのですか」
「ねえ、さん?」
「ヘルメスが悪いのですよ? いきなり入ってくる、か、ら?」
姉さんも状況を認識したようだ。
ぶつかった頭を抑えたまま、馬乗りしている俺を見あげる。
「わたし?」
「え?」
姉さんの言葉に反応して、自分の体を見る。
一糸まとわぬ裸体、豊かな膨らみに、白磁の肌を彩る二つのさくらんぼ。
これは……姉さん?
下にいるのは、俺の体で、中身は姉さん。
上に乗っかっているのは、姉さんの体で、中身は俺。
「い、入れ替わったのか?」
「どういう事なのですか?」
「……たぶん、今頭をぶつけたから」
「それで入れ替わるものなのですか?」
「古い書物で読んだことがある。もつれ合って頭をぶつけた場合、一時的に体を入れ替える事もあるって」
「そんな……まって、今一時的にといいました?」
「ああ」
姉さん=俺を見下ろす、さっきまでパニックを起こしかけた彼女は、ものすごい勢いで冷静になって、何かを考えていた。
「姉さん、何か良からぬ事を考えてないか?」
「そーい!」
姉さんはパッと起き上がって、俺=自分の体を掴んで、豪快なフォームで風呂場に向かって投げた。
針を通す様なコントロールで、俺は湯船の中にソフトランディングした。
「ぷはっ! な、何をするんだ姉さん!」
「いいですね、ヘルメスの体、力がみなぎってくるようです。この体で力を見せつけてきますわ」
「――やめろ姉さん!」
「あははははは!」
姉さんは高笑いしながら、脱衣所から飛び出していった。
まさに風の如く、一瞬で姿が消えていなくなった。
「くっ!」
俺は湯船から飛び出して、姉さんの服に着替えて、後を追う。
「くっ! 女性の体は走りつらい!」
姉さんのが特別かもしれないが、おっぱいが思いっきり揺れて走りにくかった。
それでも追いかけた。
姉さんの体ではそもそも走るの遅くて、気配を読み取る事も出来なかったが。
「これはこれはソーラ様、その格好一体――」
「姉さんは!?」
「はっ?」
廊下で出会ったミミスがきょとんとした。
「ええい! 俺――でもなくて、ヘルメスはどこにいった」
「ご当主なら今正門ですれ違って、西の方に掛け去っていったところですが」
「西だな!」
俺は屋敷を飛び出して、正門をでて西に向かって走った。
見つけた。
遠目にだが、俺の姿をした姉さんを見つけた。
姉さんは女の子に絡んでる早朝の酔っ払いに絡んでいった。
「待っ――」
制止する暇もなく、姉さんが腕を軽く振ると、酔っ払いが縦に五回転してゴミの中に突っ込んでいった。
「大丈夫かな」
「は、はい……ありがとうございます」
「君にケガがなくて良かった。じゃあ」
どこのキザ野郎だよ! と突っ込みたくなるくらいのキザったらしさで女の子にそう言ってから、また風のように立ち去る姉さん。
途中で俺に気がついて、目があったが。
「にやり」
と、聞こえてくる位にやっと笑った。
「かっこいい……領主さまって、あんなに格好良かったんだ……」
くっ。
女の子の反応と、姉さんの笑みで企みが完全に理解した。
ハプニングで入れ替わった、しかし一時的な物ですぐに戻るらしい。
ならばその間俺の体を使って実力を周りに見せつける。
姉さんがいつも俺にやって欲しい事を、ここぞとばかりにやろうとしている。
「はあ……はあ……」
向こうは俺の体で生き生きしてるが、こっちは姉さんの体。
途中で息が上がって、完全に見失ってしまった。
結局半日くらいで入れ替わりはすっと、何事もなく戻ったが。
その半日の間でケンカ6件、強盗3件、盗み7件、モンスターの暴走1件と。
姉さんは俺の体で好き放題に解決して、俺の名声がまた上がってしまったのだった。