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俺はまだ、本気を出していない  作者: 三木なずな


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46.俺は今回、登場していない

 ある日の昼下がり。

 いつもの様に、ミデアが一人でヘルメスの屋敷から出た直後に、ピタッ、と動きがとまった。


 ミデア・ミュケーナイ、剣聖ペルセウスの孫娘。

 齢15にして、血筋と二人の(、、、)卓越した指導者によって、彼女自身は既に大陸屈指の剣士に成長している。


「……」


 故に、気配を察することなど造作も無い。


 屋敷の敷地を一歩踏み出した時点で、彼女は目線・気配に気づいた。


「そこにいるのは分かってる、隠れてないででてきたら?」


 人がいない無い方角を向いて、真顔で言い放つ。

 同時に、探る為の闘気も放つ。


 それはまるでコウモリの超音波。

 人の耳には聞こえない程の音波を放って、跳ね返ってきた度合いで周りの地形を察知する能力。


 ミデアほどの達人であれば、闘気を使って相手(、、)の意図をある程度探る事ができる。


 その結果、相手に悪意はない、という事がわかったが、それでもミデアは気を抜かなかった。

 それが彼女の一流たる証左であり、相手を動かした最後の決め手となった。


「参った、さすが兄貴のところにいるだけの事はある」


 物陰から一人の男が出てきた。

 キュロス・マフロス。

 義賊集団・夢幻団の副リーダーであり、闘気と態度のみのやりとりで語る以上の理解が出来る程度には、彼もまた強者の域にある。


「兄貴って?」

「ここの領主様の事だよ」

「師匠のこと?」

「俺たちは兄貴って呼んでる、そこにいろんな事情と、まあ一番大きいのは兄貴の強い意思が入ってる。あんたの『師匠』も同じことなんじゃないのか?」


 ミデアは一瞬だけはっとして、その後頷いた。


「うん、いろいろあった。師匠のわがままもあった」

「あはは、その『わがまま』ってのもなんとなくわかる気がする。で、俺たちは兄貴、あんたは師匠。お互い敵じゃないって分かってもらえるか」

「そだね」


 ミデアは敵意をといた。


 彼女にそうさせたのは、達人としての「気」の読みあいで相手に害意がない事を読み取ったのが一割。

 ヘルメスという男に対する信頼が九割って所だ。


「どっかそとで話さないか」

「いいよ」


 キュロスとミデアは肩を並べて歩きだした。

 屋敷から少し離れた、ピンドスの町の繁華街にやってきて、昼間でもやってる酒場に入る。


「いらっしゃませ――げっ、鬼ミデアに夢幻団」


 出迎えた酒場の店主、長年鍛えられた商売スマイルが吹っ飛ぶくらいには、この二人の組み合わせは知っている人間にかなりの破壊力を持っていた。


「オヤジ、一番いい席を」


 キュロスは小さな銀貨袋を店主に放り投げた、敵意のないことを示す微笑みもサービスでつける。

 店主はそれをうけとって、若干引きつりながらも、二人を店三階の、街並みが見下ろせる個室に案内した。


 しばらくして料理が運ばれてきて、キュロスとミデアは軽めの酒で乾杯した。


「いい飲みっぷりだ」

「ありがと。で、話を聞かせてくれる?」

「いいとも。そんなにたいした話じゃないんだが――」


 キュロスはミデアに話した。

 元々の団長がオーガに襲われた不慮の事故で命を落とした直後にヘルメスと出会って、ヘルメスがオーガから大事な物を取り戻してくれたこと。

 そのことでヘルメスに心服して、拝み倒して兄貴になってもらった。


 と、包み隠さず話したが、客観的に見れば一部齟齬がある。

 キュロスは「拝み倒して」といったが、客観的には押しかけ女房みたいな形といった方が正しい。


 しかしそれは、ミデアの共感を呼び起こした。


「私も、師匠にすっごくお願いして弟子にしてもらったんだ」


 今度はミデアがこれまでの身の上を語る番になった。

 これまた主観による認識の差異で、ミデアはお願いして弟子にしてもらったというが、夢幻団同様押しかけ女房的な形だ。


 同じような形、そして同じような認識の違い。

 二人が一瞬で、更に意気投合した。


「なるほどな。しかし、やっぱり兄貴は強いんだな」

「そりゃあもちろん。私のおじいさんを隠居に追い込むくらいだからね」

「剣聖ペルセウス。その強さはあっちこっちで武勇伝として耳にたこができるくらい聞いてきたが、それよりも上か。さすが兄貴だ」

「でもさ、私、一つだけ不満があるんだ」

「不満?」

「師匠が自分の名前を出すなって言ってること。だから私、今はナナスって人の弟子って事になってるの」

「ああ、俺らもだ。兄貴は何故か自分の正体と実力を隠そうとしている。不思議な事だ」

「ふしぎだよねえ」


 酒を酌み交わし、ますます意気投合している二人。


「そういえば、ナナスってのはどういうものなんだ? そういう実在する人間がいるのか?」

「ううん、いないよ。完全にでっち上げ。私が道場破りとか、剣士として名を上げていくのはいいけど、ヘルメスの弟子じゃなくて、ナナスの弟子って事にしとけって。それだけの話」

「なるほど」


 キュロスはあごを摘まんで考えた。

 しばらくして、にやり、と口角をゆがめる。


「俺にいい考えがある」

「なになに?」

「ナナスの名を上げるのはダメって言われてないよな」

「うん」

「それなら俺たち、手を組まないか。でっかい仕事して、新しい団長がナナスってことにするんだ。どのみち、兄貴が『団長がヘルメスなのは内緒』って言い出すのは時間の問題だから」

「あはは、いういう、絶対言う」

「その時架空の人物をでっちあげるしかないが、ナナスって名前になる偶然ってあるかも知れない」

「……あるね」


 にやり、とミデアも口角をゆがめた。

 キュロスの提案を理解したからだ。


「そういうことなら、文句のつけようがない悪人を襲って、文句のつけようがない寒村に施しをする。師匠ってなんだかんだでいい人だから、この二つをきっちり固めれば、文句言いたくても『ぐぬぬぬ』ってなるよ」

「さすが長い間一緒にいることはある。のった」

「私も手伝う」

「ああ、頼むよ」


 二人は笑い合って、再び乾杯した。


 数日後、ミデアと夢幻団が共同戦線を張り、最初に決めたコンセプトに違わぬ、「文句のつけようがない悪人から奪って文句のつけようのない寒村に施す」を実行した。


 実行したのは夢幻団で、そのリーダーはナナスと呼ばれる男。

 そのナナスはミデアが変装したもので、彼女はここ最近あっちこっちで見せた「ナナス流」を振るったことで、リーダー=ナナスという信憑性の裏付けになった。


 ミデアと夢幻団、両者の圧倒的な義賊行動によって。


 ナナス=ヘルメスの名声が、本人のまったく関与していないところで、うなぎ登りになっていくのだった。

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