45.貴族力9999
謁見の広間、今日は王国から一人の使者がやってきた。
「陛下の密命でございますわ」
見た目は男、声は甲高くて女っぽい言葉。
骨格は間違いなく男なのに、ヒゲも喉仏もない……宦官か。
いわゆる後宮の、国王の私生活にもっとも密着している者達、宦官。
それが持ってきた「密命」に、俺はいやな予感がした。
とはいえ、逆らう訳にもいかないのがつらいところ。
「難しい顔しないでいいのよ、まずはこれを受け取って」
宦官は妖しく笑って、一通の封書を開いた。
それを受け取ると、若干の力を感じた。
「むっ……」
「わかるのね」
「どういう事だ?」
「軽い封印よ、密命だから、本人以外に開けられては困るわけ。配達役のあたくしと、届け先のあなた。それ以外の人間が触れると自動で消滅する仕組み」
「なるほど」
頷きはしたが、ますます、げんなりとしてしまう俺だった。
そんな封印を持ち出す程の密命、どんな厄介事なのか想像もつかない。
とはいえ、逆らう訳にもいかないのがつらいところ――ってさっきも同じことを言った気がする。
「はあ……」
俺は小さくため息をついて、封書を開く。
封印はアイギナ王国式のものだった。
国王と、各貴族だけに開封法が伝わっている。
要は国王と貴族の当主だけが合鍵を持ってる、そんな感じの封印だ。
当主就任の時に教わった方法で開ける。
もちろんこの程度の封印、力尽くでも開けられるがそれは面倒ごとの始まりだからやらなかった。
魔力の残り香が漂う中身を取り出した。
手紙だった、それを読む。
前半は王族貴族らが好んで使う、内容のない美辞麗句。
それをすっ飛ばして、本文だけ読む。
「貴族力?」
「ええそうよ」
「その貴族力とやらを測って格付けをする……またなんでそんなことを?」
「七人の大盗賊、を聞いたことはあるかしら?」
「七人のオルティアなら聞いたことあるけど」
「あら、そっちなのね」
宦官はくすっ、と女っぽく笑った。
ちょっと鳥肌が立ったが我慢した。
「そっちでもいいわ、同じことだから。七人のオルティア、大陸でも特に人気の娼婦の格付け。たしかそっちはポイントがつけられてるわよね」
「ああ」
何でつけたのかは分からないが、ランキング形式で、ポイント形式で格付けがされている。
七人ともかなりの美女で、予約とかが三年先まで埋まってるらしい。
ちなみに俺がひいきにしているあのオルティアは最近のランキングで97位。
高いんだか低いんだかわからないが、オルティアと名乗ってる娼婦が1万人以上はいるって話だから高いんだろう。
まあそれはともかく。
「それと同じ。ポイントでは無く、七人の大盗賊の懸賞金ランキングを見て、陛下はいたくお気に入りよ。見ていてわくわくする、との仰せよ」
「なるほど」
その気持ちはわからんでもない。
「だから王国の貴族全員の貴族力を測定して、それに格付けを行うとのことだわ」
話は分かった。
が、乗っかる訳にはいかないな。
密命つっても、ランキングをとった人間は自分だけが楽しむんで終わるというのはあり得ない。
絶対に、だれかに見せびらかすし、そのうち流出する。
だから抑えよう。
どうやって評価するのか分からないけど、力を抑えてごまかそう。
これは本気でやる。
矛盾してるかもしれないが、本気で実力を抑えていく。
ここからだ、ここから真剣にやるぞ。
それにはまず情報から。
俺は、宦官に質問した。
「どうすればいいんだ。その、貴族力とやらを測るのは」
「大丈夫、もう終わってるわ」
「……へ?」
ど、どういう事だ?
「くすくす、あなたは今、話を聞いた後に目の色が変わったわ。意気込んでいる、そんな目」
「むっ」
見抜かれていたか。
確かにそうだ。
俺は「本気で実力を抑える」と決意した。
普通とは違う意味合いだが、意気込んでいる事に変わりは無い。
「陛下はこうも仰せよ、話を聞けば皆が躍起になって高い点数をとろうとする。だから話を理解する前に測るのがベスト、と」
「理解する前に――はっ!」
ぱっ、と持っていたままの手紙を見つめた。
厳密には、その手紙が入っている封書。
封印。
「……まさか」
「ええ、それを解く行動自体が計測になるわけ」
「うがっ!」
「ちなみに結果は即時に陛下の元に送信される事になっているわ」
「おっふぅ!」
やられた……。
意気込みが肩すかしを食らって、俺はがっくり肩を落とした。
まさか、先回りされていたとは。
「そんなに気を落とすことはないのよ。結果は陛下が確認した後、あたくしのような使いの者にも届くことになっているから――あら、早くも来たわ」
「おおぅ……」
それってつまり、国王が見た後……手遅れって事じゃないか。
宦官が袖から取り出した一枚の紙、魔力を帯びた紙から文字が浮かび上がるのを遠目で確認出来た。
即時に伝達してくる仕組みだったか。
それを見た宦官は。
「あらあら、まさかの結果ね」
「ま、まさかの結果って?」
「今まで一位だった幽公爵、タニア・チチアキス様が二位に陥落よ」
「……それってつまり」
ごくり、と喉がなった。
「おめでとう」
宦官に祝われた。
う、うれしくない。
だまし討ちされてごまかす事も出来なくて一位になったんじゃ嬉しくない。
「ポイントは、チチアキス様が371だったから――えっ?」
「え?」
宦官が目を丸くした。
いままでの「あらあら」は完全に余裕綽々の発言だったが、この「えっ」は明らかに質の違う、驚きだった。
「ど、どうした」
「……カノー様、どんなずるをしたのですか? いいえ、陛下が賢者様に用意させたことにずるは不可能のはずよ」
「ど、どういうことだ?」
それまで距離をとって(宦官相手って事もあって)話していたが、彼(?)に近づいて紙をのぞき込んだ。
紙から浮かび上がってる文字は――
「ヘルメス・カノー……9999……」
それを見て、俺もまたぽかーん、と固まってから。
「なんで上限3桁にしとかなかったんだよ!」
と、後からため息がでるほどの、ずれた突っ込みをしてしまったのだった。