43.結界貫通
「式典?」
謁見の広間、ミミスの報告を聞いてると、気になったワードが耳に入ってきた。
既にミミスのそばに使用人が立っていて、恭しく、装飾のついたトレイを持っていた。
トレイの上にはペーパーナイフサイズの、ミニチュアサイズの剣が二本置かれている。
それをちらっと見て、「式典」とやらと関係あることか、と思った。
「詳しく説明してみろ」
「ははっ。間もなく一年の内でもっとも昼が短い日が来るのをご存じですかな」
「ああ」
昼間の長さは夏が長くて、冬が短い。
その冬で一番短くなってる日がある。
ちなみにそれは毎年違ってて、王国お抱えの宮廷天文官が毎年綿密な計算でそれをはじき出してる。
報酬が良くて地位も貴族なみだが、計算をミスって日にちがずれると厳罰されると聞いたことがある。
……ああ、だからか。
「その日に式典をやるってのか」
「さよう、王国にとっては欠かせない儀式、毎年貴族で持ち回りするしきたりとなっております」
「ふむ」
となるとちゃんとやらないとダメってことか。
「で、これがその為のものだな? これをどうすればいい。なんか見たようなフォルムだが」
「ご当主にはなじみの深いフォルムでありますな」
「うん?」
ミミスの言葉に首をかしげ、もう一度剣のミニチュア――模型っぽいそれを見た。
やっぱり見たことのある形、なんだっけこれ……ああ。
見たことある訳だ。
クシフォス十字勲章、それに描かれてるクシフォスだ。
「クシフォスだな」
「さよう」
「同じのが二本あるのはどういうわけだ?」
「片方は護国の聖剣クシフォス、もう片方は災厄の魔剣クシフォス。をそれぞれ模しておられるのです」
「名前が一緒だな」
「伝承では、元が一つだったのが、中興の祖セレーネ女王が悪の部分だけを分離させて善の部分を純化させて振るった、とされておりますな」
「よくある話だなあ」
俺は微苦笑した。
本当によくある話だ。
元は一つで、善と悪が分かれて善が勝った。
童話とか寓話とかにごまんとある話だ。
「嘘だと思っておられるのですな?」
「なんだ、事実だって言うのか?」
「それに関わったのが我がカノー家の初代様でございますからな。その一連の功績でカノー家はアイギナ貴族となったという訳ですな」
「……へえ」
そうだったのか。
それなら……信憑性が跳ね上がるな。
俺が肌身離さず持っている(厄介事を避ける為に)試練の洞窟のコインが懐でさりげなく存在を主張しだしたように感じた。
女王の剣の師匠、あんなギミックの試練の洞窟を作れた程の初代。
童話とか寓話……いや神話級の何かを実際にやってるって言われても驚かない。
「それはいいけど、これをどうすればいい」
「簡単なことでございますな。伝承に従い聖剣クシフォスで魔剣クシフォスを叩き折る。それだけでございます」
「なるほど」
俺は立ち上がって、トレイの前に立った。
間近で観察する。
似たようなフォルムだが、はっきりと片方が善で、片方が悪。
子供でも分かる様な作りと色合いになっている。
いやいや、それを決めつけては痛い目を見る。
確認しよう。
「こっちが聖剣でこっちが魔剣だな」
「さようでございますな」
「ふむ」
俺は聖剣の方を三本指でつまむように持ち上げた。
こっちはただの模型って感じた。
もう片手で同じようにつまんで持ち上げた。
魔剣の方は魔術的な何かが込められている。
「……やらないといけないのか」
「拒む方は今までございませんでしたな」
ミミスは眉をひそめて、若干困った顔で答えた。
そりゃそうか。
年に一度、しかも貴族たちが順番で持ち回りでやる儀式だ。
拒むやつなんていないだろうな。
「その式典というか儀式って言うか、人前でやるものなのか?」
「いえ、当日に行った後、聖剣と折れた魔剣を王都に送り返せばよいだけですな」
「なるほど」
だったら今やってしまうか。
俺は聖剣を持ったまま、魔剣の方をトレイに戻した。
「しっかり持ってろ」
と、使用人に言った。
「え?」
おどろくそいつを置いて、聖剣のミニチュアを振り下ろした。
シーン。
それなりの力で振り下ろしたが、まったく手応えがなかった。
なるほど、感じた魔術的な力はこれか。
手応えがないくらい衝撃を吸収してしまう術式か。
なら、それを上回ればいい。
もう一度聖剣の方を振り上げて――切り下ろす。
ズパッ!
ちゃんと手加減はして、トレイは傷つかないようにした。
魔剣の術式を貫通して、真っ二つにしてやった。
「よし、これでいいな。送り返すの、たのんだ……ぞ?」
振り向いたミミスは、あごが外れる程の勢いでポカーンとなっていた。
「……俺、またなんかやっちゃったのか?」
いやな予感がする。
ものすごく嫌な予感がする。
それは……大当たりだった。
「あ、ありえませぬ。当日までは何があっても壊れない仕組みなのですぞ……」
「……そういう術式だったのか」
多分、昼間が一番短い日になにかがあって、それに合わせた絶対級の術式だったのだろうが……それを俺がぶっ壊した。
横着するために……やっちまったようだ。