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42.絶倫と理性

 昼下がり、書斎の中で、調査書を読んでいた。


 ミミスに命令してまとめさせた、夢幻団の詳しい調査書だ。


 メンバーは全部で十二人、大陸各地で盗賊働きをしている。

 庶民には義賊と認識されているのは、盗んだものを庶民にそのまま恵むからだ。


 完全に義賊と言いがたい一面もあり、それは盗む相手が「金持ち」という一点につきるから。

 一般的な「義賊」といえば、「悪い金持ちから盗んで庶民に恵む」というものなんだが、夢幻団は「悪い」を無視して、とにかく金持ちを襲っている。


 その中には真っ当な商売をしてる商人も含まれる。


 そのため庶民には受けがいいが、統治者の視点で見たら普通の義賊よりも頭が痛い連中だ。


「しかし、全員分の人相書きがあるんだな……ああ、こいつが兄貴とやらか」


 人相書きを全員分見たあと、一人だけまったく見たことのない男がいた。

 上半身をまっぱにして、筋肉を誇示している男だ。


「……これが俺と似てるってことなのか?」


 なんかちょっと嫌だった。

 娼婦達の写真集と同じように、魔法で写した人相書きは本人そのままの姿だが、そいつはマッチョもマッチョ、ポーズをとっている姿は、今にも大胸筋がヒクヒク動き出しそうなくらいまっちょだった。


 キュロスらが口を揃えて「兄貴に似てる」って言うのが本当嫌だ。


「ふぅ……」


 息をついて、落ち着きを取り戻す。


「ここにいたのですねヘルメス」


 その時、姉さんが書斎に入ってきた。

 いつものドレス姿、背筋をピンと伸ばした気品のあるたたずまい。


 貴婦人そのものの振る舞いで、俺のそばにやってきた。


「どうしたのですかヘルメス、そんなため息を吐いたりして」

「ああ、これをな」


 人相書きを差し出す。

 夢幻団の事はミミスが執務の時に話してきたことだから、姉さんも知ってるだろうし、今知らなくても隠す事じゃない。

 だから普通に見せたのだが――。


「こ、これは……」


 驚愕する姉さん、何故か顔を青ざめた。


「どうした、この男を知ってるのか?」

「裸の男……ため息……賢者タイム!?」

「へっ?」

「そーい!」


 姉さんは素早く俺の手から人相書きを奪い取って、窓を開けて豪快なフォームでそれを空の彼方に投げ捨てた。


「と、どうした姉さん」

「ヘルメスそれはダメ!」

「へ?」

「その道に進んではいけません。まだ私にけ、懸想してくれた方がうれしい――じゃなくて正常です!」

「一体何を言ってるんだ姉さん」

「こうなったら……HHM48を急がせるしか」


 親指の爪を噛んで、思い詰めた顔でつぶやく姉さん。


「HHM48? なんだそれは」

「ヘルメスハーレム48の略です。領地の各地から年頃の少女を集めて、様々な審査、育成をしてヘルメスのハーレムに加えるプロジェクト」

「やり過ぎだろそれ!」

「子爵家の当主なのですよ? 安産かどうかも含めて厳重な審査をしているわ。もちろん全員処女、これは言うまでも無く当たり前ですけれど」

「あっ、割と真面目な話なんだ」


 なんで略したり48って数字がつくのは理解出来ないが、安産かどうかなのと、処女かどうかなのは貴族としてかなり重要な部分だ。


「そうだ、これを」


 姉さんは袖の下から手のひらサイズの水晶玉を取り出した。


「なんだこれは」

「ヘルメスの性欲を図るものです。それ次第でHHM48のメンバーの人数が決まるわ。150人分までならすぐに集められます」

「48の意味どこ!?」


 突っ込みつつ、俺は考えた。

 姉さんのやり方とか言ってることがちょっとアレ(、、)だけど、これは貴族として当たり前の話だ。

 むしろ酒色に耽る放蕩当主を演じるのもイイかもしれない。


 それに……いや念のため。


「これは性欲だけ(、、)を測るものだよな」

「そうですよ」

「戦闘力とか魔力とか、それ以外の何かはないんだよな?」

「なぜそんな事をする必要が?」


 むしろきょとん、って感じで聞き返してきた姉さん。

 なるほど、本当に性欲だけって事か。

 なら、大丈夫だな。


 俺は姉さんから水晶玉を受け取って、この類のアイテムの使い方――そっと握り締めて念じた。


 次の瞬間――パリーン!

 水晶玉は光を放って、音を立てて砕け散った。


「なっ! そ、測定不能ですって」

「ありゃ」


 そんなに強いのか俺。

 まあでも、性欲が強いのは男としては――。


「これ、一日に777人までを相手に出来る伝説の性豪でも測れるものなのですよ? それ以上の性欲……普通なら暴走して見境無く襲ってるはず……」


 ぶつぶつつぶやく姉さん、やがて「はっ!」と身震いして、ものすごく怖い何かをみる目で俺を見た。


「どうした姉さん」

「オルティアがいってた娼婦のプライドを傷付けられたのって……」

「あいつそんな事まで漏らしてるのか」


 まったく。


「へ、ヘルメス……」

「だからどうした」

「女の体は……いいものですよ?」

「……ちがーーーーう!」


 俺は盛大に突っ込んだ、書斎の重厚な机をひっくり返す勢いで否定した。


「さっきからその誤解してるけどそうじゃない! 俺は普通に女の子が好きだ!」


 立ち上がって、本棚の一部をずらして、隠し本棚を出現させる。

 その中の一冊を抜き取って姉さんに渡す。


 タイトルは『ただのオルティア』、娼婦達がオルティアを名乗るようになった、オルティアの元祖になった絶世の美女の写真集だ。


 姉さんはそれを受け取って、パラパラめくった後。


「そーい!」


 と、豪快なフォームで窓の外に投げ捨てた。


「結局投げるんかい!」

「女の子に興味があるのなら、どうしてそういうそぶりを見せないのですか?」

「理性だよ理性」


 俺は指摘した。

 すごく当たり前の話だ、隠すつもりも必要もない。


「性欲がないとは言わないし、したいと思ったことがないとも言わない。だが、普通はそれ、理性で抑えるもんだろ」

「……りせい?」

「何だよその棒読みと死ぬほどびっくりしてる顔」

「そんな超性欲を抑える程の理性……すごい! 聖人並よ」

「うがっ!」


 なんてそうなるか。

 こうなったら性欲を行使するしかない、HHM48とやらを全員……いやだめだ。


 そんな事をしたら――


『超人的性欲、英雄級!』


 って姉さんが目をキラキラさせるのが目に見えてる。


 ……え? なにこれ、この状況ってもしかして詰んでる?


「やっぱりヘルメス、女の子じゃなくて――」

「師匠! 今日も稽古つけて下さい!」


 そこにミデアが飛び込んできた。

 俺の弟子を自称し、巨乳を憎む幼い肢体をしたミデアを見た姉さんは、一変して冷静な顔で、俺の肩にそっと両手を乗せて、真っ直ぐ目をのぞき込んできた。


「ヘルメス、この子なら文句はないけどせめて後三年は待ってあげて」

「うがっ!」


 そんなに俺をお猿さんにしたいのかよ姉さん!

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