41.今日もうっかり
全員と一通り名乗りあった。
連中はフルネームを名乗ったが、こっちはオルティアが「ただのオルティア」っていう娼婦・オルティアにありがちな口上で名乗ったから、俺も「ただのヘルメス」って事で正体を隠すように名乗った。
そうしてから、俺は連中にさっきから持ってる疑問をぶつけてみた。
「なんで義賊なんてやってるんだ? そんな面倒臭いことを」
正直俺の感覚じゃ「面倒臭い」の一言に尽きる。
金銀財宝を盗んで、民にばらまく。
正直自分達の遊ぶ金ほしさに盗んでるって言われた方がまだ理解出来る。
そんな俺の疑問に、夢幻団一同真顔になった。
副リーダーでキュロスと名乗った男がその真顔のまま口を開く。
「それに答えるには、まず兄貴に一つ聞かなきゃいけない事がある」
「ん?」
「兄貴は例えば王になったら、民をどうしたい」
「王になったら?」
俺は少し考えた。
王じゃないが、俺は子爵で領地持ちで、いわば王の縮小したバージョンだ。
何をしたいというか、何をしてるをまず考えた。
うん、これならもしかして愛想尽かしてもらえるかも。
俺は正直に答えることにした。
「部下、大臣達に全部丸投げする」
「「「おおお」」」
何故か夢幻団達が感嘆した、なんだ?
「君臨すれども統治せず。前の兄貴が語った王の極意か、すごいな」
「え? いやいや」
いきなり誤解されて、評価が上がってしまった。
そういう事じゃないと弁明しようとしたが。
「それはそうとして、そういう話じゃない。具体的に民をどうしたいのかって知りたいんだ」
「えっと……」
俺は更に考えた。
正直に答えるのはどうもダメみたいだ。
ならもっと愛想尽かしてもらえるように、俺がやってる事をダメな風に強調しよう。
民の反乱が面倒臭いから、それを防ぐためには。
「金と仕事をばらまく」
これでどうだ。公共事業は汚職の温床だしこれなら。
「前の兄貴も似たような事をいっていた」
「ふぇっ!?」
「国は民だ、民をないがしろにする王に未来はない。前の兄貴はそう言っていた」
「え? いやいやそんな立派なもんじゃなくて――」
「さすが兄貴」
「金だけじゃなく、仕事もってのがすごいよな」
「そもそも働き口がないような連中も多いんだよな」
ガヤガヤする夢幻団の連中、気づけば俺に向けられてくるキラキラ瞳がより一段と強くなった。
……どうすりゃいいのよ。
「いや、本当にそんな立派なもんじゃないんだ」
「兄貴もそう言ってた。だが……そうだ。兄貴、せっかくだから飲みにいかないか」
「のみって酒をか?」
頷くキュロス。
俺は眉をひそめた。
酒はダメだ、今まで酒で失敗した事が多すぎる。
酒は本当にダメだ。
「酒は勘弁してくれ」
と言ったら、キュロスも他の夢幻団メンバーもニヤニヤしだした。
「前の兄貴もそうだった、酒を飲んだ後は本音を言ってた。国は民ってのも酒を飲んだ後だ」
「ええ!? いやそういうことじゃなく」
「照れなくてもいいんだ兄貴」
「うがっ!」
もうこいつらと話したくない。
何を話しても泥沼にしかならないのはきつい。
「うん、それならあたしが保証する。ヘルメスちゃん、お酒が入るとすっごく素直でかわいいんだよ」
「オルティア!」
きっ、と睨んだが効果は無かった。
彼女は「こわーい」とおどけた様子で更に笑う。
「これも一緒だな」
「兄貴だけじゃねえ、有名な豪傑達も気心の知れた女の前じゃ子供になるらしいよな」
「あんた娼婦なんだろ? 水商売の女には本音をもらすんだよなあ、不思議だよなあ」
「あの人私のまえじゃ可愛いから。ってのすっげえ多いよな」
「うがあああ!」
勘違いをベースにした納得が加速していった。
なんかもうダメだ。
これ以上付き合ってるとボロが出る。
「話は分かった、今日はここまでにしよう」
俺は立ち上がって、立ち去ろうとした。
「兄貴! どこに行くんだ」
「俺はかえる」
「待って兄貴、俺らのこと――」
「とりあえず待て、こっちにも準備がある」
裏目続きのこの流れ、ヘルメス・カノーだと正体を明かすのは更に裏目る可能性絶大でやめることにした。
一旦立ち去って、よく考えて対応策を練ってからにしようと思った。
「連絡は――オルティア、あんたの所を中継に使わせてもらっていいか」
「うん、いいよ。妹達に常連が出来ると嬉しいかな」
「って訳だ、俺に連絡を取りたいときは彼女のところにいけ」
「……わかった」
「それと――」
俺は改めて注意しようとしたが、そんな俺の真顔から何かを読み取ったのか、夢幻団一同同じように真顔になった。
「兄貴に言われたとおり、人は襲わない、悪事は働かない」
キュロスが代表して、先回りして宣言した。
「それならいい。何か盗む時も俺に言ってからにしてくれ」
「わかった」
こうしてひとまずの話がついて。
俺は、聞き分けのいい夢幻団と別れて、街に戻った。
☆
「ご当主!」
精神的な疲れでくたくたになって屋敷に戻ってくると、ミミスが血相を変えてかけよってきた。
ただでさえ暑苦しいヤツが普段よりも更に暑苦しい、その上俺はくたくただ。
正直今相手したくない、適当にあしらおう。
「何だ」
「大変な事態になりました、まずはご当主の耳に入れておかねばと思いまして」
「なんだ」
「かの有名な『夢幻団』がカノー家の領内に現われたとの知らせが。やっかいな連中なので、対策を」
「ああ、それならもう大丈夫だ」
「え?」
「え?」
……。
…………。
………………。
あっ。
疲れ果ててるから理解するまでに時間がかかった。
それならもう大丈夫だ。
この言い方だと、俺が前もって知ってて、その上対策したって宣言してるようなもんだ。
偶然ではあるが事実はそうだ。
それでも、宣言してしまうのは良くない。
「ご当主、それは一体……」
「俺は疲れた、寝る」
今の鈍った頭だとますます墓穴を掘りそうだから、無理矢理切り上げて屋敷の中にはいった。
しかし、あの反応は致命傷で、手遅れだった。
夢幻団は俺の命令で義賊としての事は何もしないで、その上オルティアの娼館に入り浸って常連になって、存在が町人に知れ渡るって事で。
ミミスに言ってしまった「もう大丈夫」がきいて。
俺の株が、またしても上がってしまったのだった。