40.大陸で一番有名
男達が驚いている最中、オーガの死体が徐々に消えていく。
普通なら消えない、しかし目の前の死体は砂で出来たものの様に崩れ落ちる。
理由はすぐに分かった。
オーガの死体が消えていっても、残ってるものがある。
巨大なルビーの様な、ものすごい赤い雫。
形はまるで滴り落ちてる最中の血みたいだ。
それから魔力を感じる。
魔力は指向性をもってて、近くにいる男達に向けられている。
強制力……? ああなるほど、兄貴と弟分、誓いの盃とか、そういうのを魔術的にやったものか。
オーガは男達の「兄貴」を殺した、その時に取り込んだものだろう。
魔力の強さと指向性から判断するに、これを持ってると男達に何でもいうことを聞かせられる。
兄貴とやらがこいつらを逃がしたのもこれが理由だろうな。
そこまで一瞬で理解して、助けたついでだこいつを壊しとこう――と思って、やめた。
鮮血だかルビーだかみたいなそれは、もう一つの特性を持っていると感じた。
アンブレイカブル――魔術的に言うとこんな言葉がついているそれは、「第三者では破壊出来ない」というものだ。
ただし――通常は、だ。
俺がやれば壊せる、しかし壊せれば「壊せたのかすごい!」ってなるのが目に見えている。
今までのことで展開を予測出来た。
俺はそこまでうっかりものじゃない、壊すのは論外だ。
宝石のようなそれを手にとって、俺に馬をくれた副リーダーっぽい男に差し出す。
「ほら、大事に持ってろ。他人の手に渡るとまずい代物だろ」
「「「――ッ!?」」」
そう言って渡すと、男達が全員、一斉に血相を変える程の勢いで驚いた。
なんだ? この反応。
「……なぜ、それを知っている」
「え?」
「これの事は極秘なんだ。俺たちの血の誓い、オルコスの誓い。兄貴が古代遺跡で見つけてきた呪法この世で知ってるヤツは誰もいないはずだ」
「……げっ」
そんなものだったのか。
「そ、それは……さっき馬をもらった後そういう会話をしてるのが聞こえて――」
「あり得ない」
副リーダーがきっぱり言い切った、他の男達も同じような顔をしている。
「これは俺たちの機密。持ってるものは俺たちにあらゆる命令ができて、俺たちは逆らえない。だからオーガから逃げたし――間違っても口を滑らすはずがない」
「くっ、うかつ!」
まさかそんな大仰な代物だったなんて。
性質を見抜いて壊しちゃだめだと気づいたまでは良かったが、いきさつまではわからなかった。
分かるはずもないから仕方ないが。
俺はため息を吐いて。
「そういう特性を感じた。それだけだ」
「特性を感じた……だって? そんな事が……」
驚愕する男達、全員が一様に信じられないって顔をする。
「そんな事はどうでもいいだろ。それよりも早くそれを壊せ、他人の手に渡ると大変な事になるんだろう」
「あ、ああ。おい、この近くに洞窟とかは?」
副リーダーが訪ねる、子分の一人が反対側を指さす。
「洞窟じゃないけどこの先に谷がある。地元の人間でもほとんど行かないような場所だ」
「よし、そこにいこう」
「ちょっと待て、なんでそんなところにいくんだ?」
呼び止めた副リーダー、彼は再び俺を向いて、真顔で答えた。
「これを壊すのに一ヶ月はかかる。俺たちの絆の強さそのものだからな」
「……なるほど」
頷く俺。
どうせもう「すごい」ついでだ。
俺は手を伸ばして、渡したその赤いのにそっと触れた。
「何をする」
「念のために聞いとく、ここで壊してなんか不都合は?」
「ここでって……そんな事不可能だ――」
「その反応って事は、不都合の類はないみたいだな」
俺はそのまま、ぐっ! と力を込めて握り締めた。
――パリーン!
乾いた澄んだ音を立てて、それは粉々になって砕け散った。
「なっ……」
「うそだろ……」
「一瞬で? あれは壊れないって兄貴が……」
ガヤガヤと驚き、戸惑う男達。
どうせもうこうなったし、乗りかかった船だ。
なら彼らの為にもこれをまずぶっ壊した方がイイと思って、そうした。
「あんた……一体何者……?」
「それよりも今日の事は忘れてくれ。無理ならせめて他人に話さないでくれ」
「……」
男達は驚きのまま、互いに顔を見合わせた。
やがて頷き合ってから。
「悪いがそれは聞けない」
「むぅ、どうしたら聞いてくれる」
「俺たちは誰の指図も受けない。ことさら喧伝する必要はないが、言うなと指図される言われも無い」
「むっ……」
その返事は実質「誰にも言わない」と言ってるようなもんだが、ちょっと不安が残る。
俺としてははっきりと絶対に言わないって言ってほしいところだ。
「どうしたら口を閉ざしてもらえる」
「言ったはずだ、俺たちは他の誰の指図も受けない――世界中でただ一人」
「ただ一人?」
「兄貴だ」
副リーダーが言うと、残った男達は全員はっきりと頷いた。
「あれがなくてもか」
「ああ」
「なるほど」
よっぽど兄貴とやらを慕ってるんだな。
とは言えその兄貴はもう死んだ。
事実上この話に意味はないって事になってしまう。
「だが、もしも」
「うん?」
「あんたが俺たちの兄貴になってくれるのなら」
なんでも聞く、と言わんばかりの目で全員が俺を見つめてきた。
「俺が?」
「ああ、兄貴にすごくよく似てて、兄貴と同じことをいうあんたなら」
「いや待て、俺は何も――」
「兄貴は最後に」
「え?」
「全員逃げて、オルコスは俺がどうにか壊しとく、って言った。それをあんたが代わりにやってくれた」
「まるで兄貴を見てる様な気分になったぜ」
「乗り移ったように見える」
「俺が唯一命をあずけてもいいって思った兄貴にそっくりだ」
他の男達が口々に言う。
「む、むぅ……」
困った。
いきなり兄貴って言われても……。
それを受け入れるって事は、盗賊の親分になるって事だ。
それは……悪くないかも知れない。
もしコントロール出来るというただし付きなら、そこそこのアウトローを率いて悦に入る放蕩当主を演出できるかも知れない。
俺は少し考えた。
うん、言うことを聞いてくれるのならありかも知れない。
「一つ条件がある」
「なんだ?」
「むやみに人を襲ったり、悪事を働くのは無しだ」
さすがに悪事をやり過ぎるとカノー家のお取り潰しもあるからな。
あくまで、洒落で済む範囲に抑えなきゃならない。
「それなら大丈夫だ」
「大丈夫?」
「俺たちは元々義賊的な事をしてる。兄貴の方針でな」
「なるほど」
それならいいかもしれない。
「分かった。お前達のリーダーになる」
「ありがてえ!」
男は大喜びして、膝をついた。
他の子分達も一斉に膝をついて、俺を見あげる様にした。
「俺たち夢幻団はこれから兄貴のものだ。なんでも命令してくれ」
「ああ、わかっ――」
「夢幻団!?」
副リーダーの言葉をきいたオルティア。
ずっと俺の背後で成り行きを黙ってみていたオルティアが驚きの声をあげた。
「どうしたオルティア? ……まさか本当は悪人集団だってのか?」
「ううん、そうじゃないよ。夢幻団、あたしでも知ってる」
「へえ?」
「大陸で一番有名な義賊の集団だよ」
「一番有名!?」
「有名度で言えばどんな貴族よりも上だよ」
「はうっ!」
男達を見る、彼らは膝をついて、キラキラした眼で俺を見あげている。
義賊は義賊でも、こそ泥じゃなくて大泥棒レベルだったみたいだ。
……てか、そんなののボスになっちゃったのか俺……。




