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39.兄貴と似ている

 ピンドス郊外。

 風の中に舞う紅葉を、俺はオルティアと二人で眺めていた。


「綺麗……」


 オルティアは珍しく、紅葉を眺めて感動した様な表情を見せた。


「ありがとうヘルメスちゃん、これが見れて良かった」

「一生のお願い、かなったか?」

「うん! 本当にありがとう!」


 オルティアの笑顔は、いつもの彼女の屈託のない明るい笑顔だった。

 娼館にいったらまた「一生のお願い」って言われて、身構えたけど紅葉を見たいってだけだったから、ここに連れてきた。


 たいした労力でもなく、そのくせオルティアのいい笑顔を見られたから良かった。

 そうやって、オルティアと一緒に紅葉を眺めていると――無粋な音が二人の世界に割り込んできた。


 馬の蹄の音だ、しかも一頭や二頭といったレベルでは無い。

 音の方を向くと、十数頭は軽くいるレベルで、地平の向こうから砂煙を巻き起こしてこっちに向かってくる。


「な、なんだろあれ」

「俺の後ろに隠れてろ」

「うん」


 オルティアを背中に隠して、すっと前に出る。

 何か荒事かと思って身構えたが、馬にのってる連中は俺たちの前を通り過ぎていく。


「あたしたち目当てじゃないみたいだね」

「ああ。しかし血相を変えてた。何か起きたのか?」

「どうなんだろうね」


 オルティアと二人首をひねっていると、最後尾にさしかかった馬群のうちの一頭が急に止まった。

 それにつられて、先行してた数頭も、乗ってるヤツが手綱を引いて、馬のいななきとともに止まった。


 最後尾の、ヒゲの大男が俺たちを見つめた。


「恋人か? それとも娼婦と客か?」

「そんなところだ」

「そうか……おい、お前の馬をこいつらにやれ」


 ヒゲの男は別の男に言った。

 言われた男は困った顔で。


「し、しかし。馬をやってしまったら――」

「馬鹿野郎!」


 ヒゲの男は大声で怒鳴った。

 かなりの迫力で、俺の背後にいるオルティアがビクッとした。


「兄貴の教えを忘れたか!」

「へ、へい!」


 怒鳴られた男はハッとして、馬から飛び降りて、その馬の手綱を引いて俺たちの方に向かってきた。


「これ使え、乗れるよな」

「……どういう事だ?」

「それに乗って逃げろ、いいな」


 ヒゲの男は俺にそう言って、手綱を引いて馬を走らせた。

 俺たちに馬をくれた別の男は、仲間の馬に飛び乗って、二人乗りで同じように去っていった。


 馬をもらった俺たち、彼らを見送った。


「どうしたんだろ」

「……邪気が来る」


 背後――男達が走ってきた方角を見た俺はそう言った。

 地平線の向こうで、かなりの邪気を放つ何かが向かってくる。


「邪気って、モンスター?」

「ああ、それから逃げてるみたいだ」

「でもどうしてあたしたちに馬を?」

「追いかけて聞いてみるか」

「うん!」


 戦闘能力皆無の娼婦ながらも、普通ならばあるはずの恐怖よりも、オルティアは好奇心の方が勝っていた。

 そんなオルティアと一緒に馬に乗って、男達を追いかける。


 くれたのは結構いい馬だ、二人乗りでも風を切るように走る。

 すぐに、男達に追いついた。


「おい」

「こっちに来るな、巻き込まれるぞ」


 巻き込まれる? どういう事だ?

 いやそれより。


「なんで俺たちに馬をくれた」

「あんた達さ、その格好、盗賊かなんかでしょ」


 俺の腰に腕を回したオルティアが聞いた。

 言外に「盗賊が何で人助けをする」って聞いている。


「俺たちの兄貴、この団のボスだった男の教えだ。盗みも奪いもするが人は殺さない。殺されそうなヤツがいたら助ける。それが俺たちのポリシーだ」

「ほー」


 妙に感心した俺だった。

 いや、感心と言っていいのかこれ。


 普通の盗賊達とは違うのは確かだ。


「その兄貴もやられた。お前達もさっさと逃げろ」

「なんで逃げる。復讐しようとは思わないのか?」

「そりゃしたいさ、だがな」


 ヒゲの男は悔しそうに下唇を噛んだ。

 歯が唇に、血が出そうなくらいの勢いで食い込んでいる。


「兄貴の命令だ、生きて逃げ延びろって」


 悔しそうにしながらも、ヒゲの男は逃げるのをやめない。

 よく見ると、他の馬に乗ってる男達も一様に悔しそうな顔をしている。

 悔しいが、「兄貴の最後の命令だから」って事で逃げている。


 なるほどな。


「お前もちゃんと逃げろよ」

「ん?」

「お前を助けたのは兄貴の教えもあるが……お前が兄貴に似てるって思ったからだ。だから、ちゃんと逃げろ」

「……わかった」


 俺は手綱を引いて、馬の速度を緩めた。

 話は分かった。


 男達をそのまま見送る。彼らがほとんど見えなくなってから、馬を反対方向――来た道に向けた。


「ヘルメスちゃん、やるつもりだね」

「……なにを」

「隠さない隠さない」


 オルティアは笑いながらパンパン俺の背中を叩いた。


「そういう感じバリバリ出てるもん、あの人達を逃がすって。アウトローだけど、気のいい人達だもんね」


 俺は苦笑いした。

 そんなにわかりやすく出てたか。


「分かるよ、ヘルメスちゃんを知ってたらね」

「そうか。まあ、そういうことだ。自分達も危ないくせに、死んだ兄貴の言葉を守って俺らみたいな初対面の相手も逃がそうとしたんだ。死なせたくない連中だよ」

「そだね」

「ってことで、今から俺がやることをみなかったことにしてくれ」

「もう、ヘルメスちゃんいい加減隠すのをやめればいいのに」

「一生のお願いだ」

「もう、ヘルメスちゃんってば!」


 唇を尖らせて抗議するオルティア。

 軽口の応酬だが、こうすればオルティアは喋らないって確信がある。

 彼女はそういう女だ。


 口止めもすんだし、そのまましばらく待ってると――来た。


 地平の向こうから、赤銅色の巨体がズンズンと地響きを鳴らしながら近づいてくる。


「オーガ、か」

「ど、どうするのヘルメスちゃん。武器もないのにあんなの」


 さっきまでの軽口もどこへやら、オルティアは怯えた様子で俺に聞いてきた。

 それもそのはず、遠近法がちょっとおかしく感じるくらい、オーガのサイズは大きかった。


 二階建ての家よりも一回り大きい位だ。


「武器がない、か。逆に好都合かもしれん」

「え?」

「だって――」


 目の前まで迫ってきたオーガ、俺たちは巨体で出来た影に完全に覆われた。


 オーガが持っているこん棒を振り上げた――直後。

 体が腰から真っ二つに裂けた。


「え?」


 驚くオルティア、振り抜かれる俺の右腕。

 そして、オーガの体の切断面についた、爪痕のような攻撃痕。


「え、え、えええええ!?」

「初めてやるが上手くいったな。これならモンスター同士の戦いに見えるだろ」


 倒れるオーガ、絶命したそいつの体は、誰が見ても「爪」で引き裂かれた後だ。


 武器なら、普段よく使ってる剣なら「人間の仕業」で犯人(えいゆう)探しが始まるが、モンスター同士の戦いの跡ならスルーしてもらえる。

 うん、これからはこれで行こう。

 何かあれば爪で引き裂いてモンスター同士っぽくしよう。


 このやり方に確信を持って、ちょっと喜んでいると。


「ば、ばかな」

「え?」


 いきなり聞こえてきた声に振り向く。

 そこにさっきの男――いや盗賊の一団がいた。


 彼らはいつの間にか引き戻していて、俺とオーガの死体を驚愕した顔で見比べていた。

 見られた……ばれたのか!?


 いやそれよりも。


「な、なんで戻ってきた」

「お前が兄貴に似てたから……なんかやる顔をしてたから。そんなの見過ごせねえっておもったから……」

「……あっ」


 オルティアを見た。

 さっきのオルティアと同じ言い分だ。


 よく知っているからこそ、一人で何か代わりにやると分かる。


「それでも戻ってきたら……すげえ」


 がっつり、見られていたみたいだ。


「おおぅ……」


 どうやら、俺と彼らの兄貴とやらはものすごく似ているみたいだった。

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