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38.子供の頃は素直だった

 よく晴れた昼下がり。

 屋敷の庭でくつろいでいると、出て行こうとするミデアの姿が見えた。


 普段と違う感じだ。

 はちまきを巻いて、顔もやたらと意気込んでる。

 何かあったのか?


「ミデア」


 話を聞こうとミデアを呼んだ。

 俺に呼ばれた彼女はバタバタと走ってきた。


「師匠!」

「どうしたその格好。どっかに道場破りにでも行くのか?」

「近いです師匠!」

「ん?」


 どういう事だ? って目でミデアを見つめる。


「ソーラ様から聞いたですけど、最近ピンドスの街にロト・ロドスってヤツが現われたんです。『強いヤツかかってこい』とか威張り散らしてるから、ちょっと倒してくるです」

「なるほど、それで意気込んでるのか」

「はい!」

「話はわかった、気をつけて行って来いよ。あっ、ちなみに――」

「分かってます! 私はナナス流の人間です」


 よどみなく答えるミデア。

 何があっても俺の名前は出すなというのはもう彼女にもよく分かってるようだ。


 ナナス流の門下生として出かけていくミデアを見送った。

 ピンドスの街に現われた腕利き、そういうのには関わらないようにしとこ。


「ヘルメス」


 今度は姉さんがやってきた。

 姉さんは屋敷の奥から一直線にこっちに向かってきて、おれの前に足を止めた。


「どうした姉さん」

「これを見て欲しいのです」


 姉さんはそう言って、宝石箱の様な大仰な箱を俺に差し出した。

 受け取って開くと、中は宝石じゃなくて、小指の先っぽくらいの大きさの丸薬が二つ入っていた。


「薬?」

「ええ、これが本物なのかどうかを見て欲しいのです」

「どういう薬なんだ?」

「先入観は与えません。より正確な結論が欲しいです」


 姉さんの表情に鬼気迫っていた。


 よほど大事な物なのか。


 俺は気を引き締めて、箱を受け取って薬をまじまじと観察した。


 色あいやにおいから、毒ではなさそうだ。

 というか。


「害意もないな」

「害意?」


 小首を傾げて聞き返してくる姉さん。

 周りをちらっと見る、姉さんだけだ。

 なら何かを隠したりまわりくどい言い方をする必要はない。


「人間が作ったものってその人間の気持ちがこもる。意志、あるいは思念というべきかな。高度なものになるほどそれが強く籠もる。代表的なのが妖刀あたりだな。刀匠とか、場合によっては生け贄になった人間の怨念が強く込められたのが妖刀」

「なるほど」

「で、これに害意はない。むしろ――なんだ? 祝福? みたいなのを感じる」

「そうなのですか!?」


 祝福と聞いて、喜色をあらわにする姉さん。

 祝福が籠もっていると本物であるって事か?


 俺は丸薬の一粒を手に取って、更ににおいを嗅いだり、ぺろっとなめたりしてみた。

 やっぱり毒とかそういう負なものは全然無い。


 一体どういうものなんだ――って思っていた所に。

 視界が、見えているものが急速に遠くなって。


 意識が、一瞬にして途絶えたのだった。


     ☆


「ヘルメス!? だ、大丈夫なのですか?」

「……」


 ソーラの前で、子供(、、)がきょろきょろして、周りを見回した。

 ひとしきり周りを見回した後、視線はソーラに固定する。


「お姉さん、お父様のお客さん?」

「え?」

「もしかして僕の従姉の人? お母様にすごく似てるし、はじめてあう人だから」

「ヘルメスあなた……」


 ソーラは困惑顔になった。

 が、彼女はすごく聡明な女だ。


 ヘルメスが丸薬を舐めた後、急激に体が縮んだことと、今はなったいくつかの台詞。

 そこから、一つの結論を導き出した。


「……今、いくつ?」

「7歳だよ」

「そうですか。……本物の若返りの薬なのはいいけど、心までも巻き戻ってしまうという事なのですね」


 ソーラははあ、と大きくため息を吐いた。


「どうしたのお姉さん」

「いいえ、世の中そんなに都合良く行かないものね、と思っただけ」

「よく分からないけど、気落ちする必要はないと思うよ。お姉さんすごく若いし、綺麗だし」

「今の聞こえたの?」

「うん、僕、耳はいいほうなんだ」


 無邪気に答える子供――薬の力で幼くなったヘルメスは普段とは違って、あっさりと自分の能力を認める発言をした。


「そうなのですか……」


 きゅぴーん、と目の奥が怪しく光るソーラ。

 彼女は聡い女だ、そして、ヘルメスも認める謀略家である。


 そんな彼女が、精神まで巻戻って素直になったヘルメス――この状況を見逃すはずもない。


「ねえヘルメス、体に何か変な感じしませんか?」

「変な感じ? あっ、なんかお薬? 変なの、僕病気とかしてないのに」

「分かるのですね」

「うん。でも大丈夫、一時間もすれば薬が抜けるから」

「……もたもたしてる暇はなさそうね」

「え? どういう事?」


 訝しむヘルメス、一方で決意顔をしたソーラ。


「ねえヘルメス、この街のことを案内してくれませんか」

「案内? うん、いいよお姉さん」


 ヘルメスはやっぱり無邪気に微笑んで、ソーラの要求を快諾した。


「あっ、その前に――そーい!」


 ソーラはドレス姿ながらも豪快なフォームで、残ったもう一つの丸薬を投げ捨てた。

 女の夢、若返りの薬を手に入れたのだが、精神ごと巻戻って、しかも時間制限ありとなれば意味はまったく無い。


 ソーラがそれを全力で投げ捨ててから、きょとんとする子供ヘルメスをつれて街に出た。


     ☆


 子供ヘルメスとソーラ、二人は並んで街に出た。

 親戚のお姉さんという事で話をまとめたソーラは、ヘルメスに街を案内してもらってる。


「お花を売ってる店ってあるかしら」

「お花? それならあっちに花市場があるよ」


 子供ヘルメスに案内してもらうというてい(、、)で、ソーラはヘルメスをそれとなく誘導した。

 しばらくして。


「あれ? なんか人だかりができてる」

「普段はないのですか?」


 ピンドスの街と、ここ(、、)で起きている事をよく知っているソーラは、すっとぼけた感じでヘルメスに聞き返した。


「うん、花市場だから、普段は女の人の方が多いんだけど……なんかやな感じがする」


 子供ヘルメスは眉をひそめた。

 ものすごく不愉快そうな顔をした。


「ふはははは、弱い、弱いぞ! この街の使い手は皆この程度か!」


 不愉快なままの表情で近づくと、野次馬の向こうから野太い声が聞こえてきた。


 野次馬が囲んでいるそこに男が一人、少女が一人。


 男は抜き身のロングソードを無造作に肩にトントンして、余裕を見せている。

 少女は――ミデア。彼女は自分が持ってるロングソード、粉々に砕かれたロングソードを見て悔しそうな顔をした。


 男とミデアが戦った結果、男の完勝という結果になったようだ。


「も、もう一回!」


 ミデアは食い下がった。

 勝負に納得いかないものとして当たり前の反応だった。


 が、男の返事は最悪だった。


「いいぜ? そのかわり今度負けたら、今夜俺の相手をしてもらうぞ」

「なっ――」


 ミデアは絶句した、周りがざわざわした。


「その剣の振り方、腰の肉付き。男をしらないんだろお前。俺が男ってもんをその体に教え込んでやるよ」


 そういって、剣を担ぎながら腰を嫌らしく前後する男。

 ミデアはわなわなと震えた、野次馬の中からも非難する声が上がった。


「やめろ!」


 迷うミデア。

 そこに幼い声が割り込んだ。


 野次馬の人垣を割って、子供のヘルメスが進み出た。


「何だお前? 子供は帰ってままのおっぱいでも吸ってろ」

「お前は悪い人だ」


 子供ヘルメスはそう断じて、男に向かっていく。


 男は最初ヘラヘラしていたが、表情が一変した。

 血相を変えて、ざっ、と一歩後じさった。


 周りがざわざわする。


 理由は分からない、しかし現象は伝わる。


 怒れる少年に男が気圧された。原因不明だが。


「う、うおおおお!」


 迫られた男、やがて切羽詰まった顔で担いでたロングソードをヘルメスに向かって振り下ろした。

 鋭い一撃、ミデアを圧倒したのもうなずける、達人の斬撃。


 それをヘルメスはまったく臆することなく――両手ではさんだ。


 真剣白刃取り。


 音を置き去りにするほどの達人の斬撃を、子供ヘルメスは事もなさげに防いだ。

 そして――パキーン!


 子供ヘルメスが手をひねると、ロングソードは綺麗な音を立てて折れた。


 直後、男の服が破けた――いや切り刻まれた。

 全身の服が一瞬にしてぼろクズの様に刻まれた。


「なっ!」


 驚愕する男。

 目の前の子供が自分よりも遥かに強いことを一瞬で理解した。


 が、それ以上に。


 クスクス。


 野次馬から笑い声が聞こえてきた。


「ちっちえ」

「あのサイズでいきってたのか」

「爪楊枝以下だな」


 嘲笑するやりとりがあっちこっちから聞こえてきた。


 男は顔を真っ赤にして、わなわなと震えて。


「うおおおお!」


 と、逆上して、残った半分の刀身で子供ヘルメスに斬りかかった。


 その瞬間、またしても異変が起きた。


 子供ヘルメスの体が「ポン!」っと音を立てて、細胞レベルで急激に膨らんだ。

 直後――戻る。


 子供ヘルメスが元の姿に戻った。


 ガキーン!


 ヘルメスはへし折った刃で男の鋭い、逆上して殺意の籠もった斬撃をあっさり受け止めた。


 それは本能だろう、そして、戻った(、、、)直後で訳が分からず体が反応したからだろう。

 しかし、現象はやはり伝わる。


「「「おおおおお!?」」」


 へし折った切っ先、普通なら掴むことさえためらうそれで、達人の斬撃を受け止めたヘルメス。

 そんなヘルメスに歓声があがった。


 ヘルメスは周りをきょろきょろ見回した。


「記憶が飛んでる、薬か?」


 ヘルメスは即座に状況を理解し。


「……俺、またなんかやっちゃったのか?」


 軽く、ため息を吐いたのだった。

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