35.重力をはねのける
夜、屋敷でパーティーを開いた。
ショウとリナ、王族の二人から正式に子爵を拝命した、その後貴族の習いにしたがって、パーティーを開いた。
参加者はショウとリナはもちろん、こっちからは身内の姉さんや家臣団のミミスなど。
そしてタダイアス、ピンドスの商人とか有力者連中だ。
それらが招かれて、取り立てて特筆することのない、祝福とへつらいが飛びかうパーティーになった。
そんな中、リナが俺に話しかけてきた。
ドレスの姿で、物静かなたたずまいながらも気品がある、さすがは王族と感心するたたずまいだ。
さすが今回の主賓の一人ということもあって、リナが話しかけてくると、他の出席者は気を利かせて遠巻きに離れていった。
「やるわね」
「なにが?」
「スライムロード。あれをよく倒したね」
「……知ってたのか」
「やっぱりそこなのね」
「へ?」
やっぱりそこかって、どういう事?
「カマカケよ」
「お前もかブルータス!」
「ちゃんと根拠はあるよ」
リナは物静かに手を上げて、俺の背後を指さした。
振り向き指さす先を目で追いかけると、会場の隅っこでサコスがこっちを睨んでるのが見えた。
今回の式典の実務を担当した男だ、当然関係者だし、何事もなかったと振る舞うために招待していた。
そいつが、親の敵かってくらいこっちを睨んでる。
「あいつがどうした」
「あれは貪欲で有名なのよ。賄賂を要求されたでしょう」
「ああ」
「それであの顔はあなたがはねのけたって想像がつく。そしてあれの性格上、式典のどこかであなたに恥をかかせようとする。となればスライムロード位しか仕込めるものはない」
「なるほどな」
全くのあてずっぽでもないのか。
「そんなにやばいヤツなのか、あれ」
「小物よ。ただ」
「ただ?」
「蛇なのよ」
「執念深いって訳か」
「ええ、ここにいる全員が知ってる程度には」
もう一度サコスを見る。
そいつはまだこっちを睨んでる。
リナが言うとおり、は虫類を連想させるような、ものすごくねちっこい眼差しだ。
たいした事は出来ないだろうが、面倒臭そうなのだと思った。
さらに面倒臭そうな事態になった。
二度、そいつを見たせいか、そいつはにこりと笑顔を浮かべながら、こっちに近づいてきた。
「お大事に」
リナはからかい半分の口調で言って、俺のそばから離れた。
高みの見物を決め込む訳か……まあ、性格を知ってるんだから進んで関わりたくないのはわかるが。
俺も避けたかったが、今日この場では俺はホストだ、逃げるわけにもいかん。
そうしている内に、サコスが俺の目の前までやってきた。
「あらためて、子爵就任の祝いを申し上げます。子爵様」
「……ああ」
俺は警戒した。
サコスは「子爵」の発音にとくに力を入れた。
そこに何かをしかけてくるのか? と思って、警戒しつつ返事をした。
何もないって事はまずあり得ん。
こいつの目は今も、暗くねちっこく、いやな感じの目だからだ。
何をしかけてきても対処できるように警戒してると――来た。
言葉はまったく関係なかった、いやそっちはおとりなんだろう。
それに気を取られてる間に――って感じで体が重くなった。
何かに押しつぶされそうな感覚。
これは……重力か!
全身がぐぐぐ、と地面にむかって押しつぶされていく感覚。
重力魔法が掛かってるようだ。
にやり、と口角をゆがめるサコス。
なるほど重力魔法で、みんなの見てる前で俺に膝をつかせようって訳か。
……いや違うぞ。
サコスは得意げな顔で自分の足――靴を見た。
さっきよりも更にあくどい顔になった。
跪かせるだけじゃない、這いつくばって靴を舐めろ。
そんな空耳が聞こえてくる位の、サコスのねちっこい悪意を感じた。
かかる重力が増え続けている。
体感で普段の10倍……15倍……20倍……まだ増える。
ある程度でとまったそれは、普通の人間ならつぶれるところかそれ以前に失神してるほどの重力だ。
当然膝をつくつもりはない、靴を舐めるのも論外だ。
俺は立ったまま考えた。
周りを観察した。
空間に変化はない。
ゆがみとか軋みとか一切見られない。
つまり空間にはまったくかかってなくて、俺の体にピンポイントで掛かってきてる魔法だ。
ならば、何もしないのが一番だ。
何もしない、何もされてない。
そう振る舞うのがベストだ。
幸い、俺の体にも見た目の変化はない。
このまま何事もなくやり過ごすのがベストだ。
「今回は色々ご苦労だったな」
貴族と役人、俺は公の場にふさわしい、当たり前の言葉使いでねぎらった。
すると、サコスは驚愕した。
「ばかな! 普通にしているだと? 通常の30倍の重力が掛かっているはずだぞ」
「何の事かわからんな」
俺はそう言って、手を差し出した。
「改めて、礼を言うぞ」
サコスに握手を求めた。
場のホスト、しかも子爵に握手を求められたのだ、
サコスは怒りと驚きの中にいながらも、半ば放心した様子で手を伸ばして握ってきた。
「――っ!」
顔色が変わったのが分かった。
見た目ではなんともなくても、触ればわかる。
俺が、力でかかってる重力に抵抗しているのが伝わった。
「ば、ばかな、五十倍だぞ」
「さっきから何の事なのかわからないな」
と、すっとぼけた。
するとサコスは青ざめた顔で手を振りほどき、逃げ出した。
これくらいやればもう何かしてくることはないだろう。
そして、今回の自信がある。
何しろ人前だ、衆目の前だ。
見た目は何事もなかった様に振る舞った、どこからどう見てもそうだったと確信してる。
が――何故か周りの目がおかしかった。
驚愕、そして尊敬。
……何故?
「何もなかったな」
「ショウ――王子殿下」
話しかけてきたのはもう一人の王族。
第三王子ショウ・ザ・アイギナだ。
「何もなかったというのは?」
「あれ、何かしかけてきたろ」
ショウはちらっとサコスが逃げていく方角を見ながら聞いてきた。
「え? えっと……」
「隠すな、というか隠しても誰も信じない」
「へ?」
「あれが恥をかいて何も無しに引き下がる訳がない、ここにいる全員がそれを知ってる」
「……そういえば」
さっきもリナはそんなことを言ってたっけ。
蛇のようにしつこいので有名だって。
……って、ことは。
まさか……。
「ばれてる、のか?」
「よほどすごいのを何事もなくはねのけた。私はそう受け取った」
あっさり言い放つショウ。
おそるおそる周りを見る。
「何をされたんだ……?」
「即死の呪いか?」
「いやそれは甘い、やつが呪いを使うならリナ様に襲いかかるくらいのをしかけてもおかしくない」
「種絶の呪いを掛けられた者もかつていたぞ」
周りのひそひそ話は、サコスのしつこさを物語るもので。
同時に、間接的に。
俺が何事もなくやり過ごせたことのすごさを称賛していて。
「どうすりゃよかったのさ……」
と、うなだれたのだった。