34.悪党を脅す
「王都より第三王子殿下、およびリナ様がお見えになります」
「へ?」
謁見の広間で、ミミスの報告を聞き流していたが、聞き逃せない名前が立て続けに出た。
ショウ・ザ・アイギナ、そしてリナ・ミ・アイギナ。
二人とも王族で有力者、その上俺に目をかけているありがた迷惑な人達だ。
その名前が同時に出たことに俺は背中に汗が噴き出すのを感じた。
「なんで……二人して?」
「お話を聞いてなかったのですかな」
ミミスはあきれ顔をした。
いや、俺が執務中話をほとんど聞き流してることは知ってるだろうに……まさか。
ミミスの呆れも、事の大きさの裏返しだった。
「正式にご当主様、そしてカノー家の子爵への陞爵が決まったという話ですぞ」
「……くっ」
ついに来たか。
最近そういう話が出てたから、ある程度は覚悟していたつもりだけど、とうとう来たか。
「その式典の為に、王子殿下とリナ様がお越しになるのです」
「……そうか」
「お二方の到着は明後日、それに先立ちまして、サコス・ヴェニスが明日到着して、諸々の準備を整えていくとのこと」
「だれそれ」
「……宰相閣下の腹心ですな」
ミミスは呆れた目をした。
「実務面で有能な男と聞いておりますな」
「なるほど」
その後の報告はやっぱり聞き流した、というか耳に入ってこなかった。
ショウにリナ、そして宰相の腹心で実務が有能らしい男。
男爵から子爵に陞爵……いよいよ来たか……。
☆
次の日、応接間。
俺は中年の男と向き合っていた。
「お前がカノー男爵か」
「……ああ」
開口一番そう聞いてきたのは、宰相の腹心だというサコスなる男だ。
その言葉使いと態度に正直驚いてる。
「私はな、状況は認識しているつもりだ」
「ん?」
「スライムロード討伐だけで二度の十字勲章。王子殿下たちにどれくらい積んだ」
にやり、といやらしく笑うサコス。
まわりくどい事は一切省いて、ストレートに切り込んできた。
なるほど、そう思ってるのか。
まあそう思う人間もいるだろうな、と納得していると。
「まあいい、それは聞かないでおこう。重要なのはそんなことではない」
「ん?」
じゃあなんだ?
と思ってサコスの次の言葉を待ったが、彼はニヤニヤするだけで、何も言わなかった。
なんだ? どういうことだ? ――って不思議がること十数秒。
ピンときた。
俺にも賄賂を渡せだ。
言われてないが、はっきりとそれが聞こえた気がした。
王族の二人に賄賂をしたのは分かってる、だったらわかってるよな。
と言ってるのだサコスは。
俺はそんなことしてないし、当然こいつに積む気もない。
「あしたはどうすればいい」
と、式典の事を聞くと、サコスの顔色が変わった。
「……それは無礼ととっていいのか? それとも無知と取るべきなのか?」
「何を言ってるのかわからん」
すっとぼけると、サコスはますます不機嫌な顔になる。
俺を睨んで、茹でたタコかってくらい顔を真っ赤にした。
今にも爆発しそうな顔をしたが、それをぐっと堪えた感じで。
「いいだろう、今夜一晩待つ」
まるで捨て台詞の様に言って、応接間を後にした。
今夜一晩待つ、ってのは言うまでもなく、「今夜中に賄賂持ってきたら許してやる」って意味だな。
当然渡すつもりはない。
サコスの件を無視して、そのまま夜が明けた。
☆
ピンドスの街。
年に一度の収穫祭とかに使われる大広場に、突貫工事でリングが作られた。
前乗りも含めて二日くらいの突貫工事だが、王都の闘技場に見劣りしないくらいの出来映えになった。
「なんで闘技場?」
「式典の余興ときいておりますな」
答えたのはミミス。
次々と闘技場の客席に街の住民が入ってくる中、それを眺めている俺たち。
「余興?」
「さよう、ご当主が子爵に陞爵するきっかけになったスライムロードを実際に退治していただくためと聞いておりますな」
「なるほど」
つまり人前でもう一回スライムロードを倒せと。
まあそれはいい。
俺がスライムロードを討伐したのは知る人ぞ知るレベルの話になってるし、リナの観察の時にもミューの人形相手に同じことをした。
それを大勢の前でやっても大丈夫だ。
「ではご当主、私は式典の準備に……」
「ああ」
頷き、ミミスを送り出す。
しばらくリングを眺めていると、案の定というか、サコスがやってきた。
後ろから近づいてきて、真横に並んでくる。
「男爵様は強情ですな」
昨日と違って屋外、どこで聞き耳を立てられてるかわからないからか、サコスは慇懃な言葉使いをした。
「最後にもう一度お聞きします。よろしいのですな」
遠回しなんだかストレートなんだか。
そんなよく分からない賄賂を要求して来るサコス。
「何の事だ?」
当然すっとぼける俺。
「そうですか。後悔しますぞ」
最後まで慇懃な言葉遣いを崩さず、しかし顔や声色は明らかに怒った状態で、サコスはずんずんと立ち去った。
何かしかけてくるのか?
そう思ってちょっとだけ警戒した。
しかし何もなかった。
ショウとリナが来て、それに挨拶して、期待の言葉を掛けられて。
王族二人の前で何かしかけてくるのかと思ったが、そんなことはなかった。
やがてリングの周りは住民でいっぱいになって、王族二人は正面の貴賓席についた。
リングの上にスライムロードが放たれた。
スライムロードは跳ね回るが、見えない壁に阻まれてリングからでられない。
このスライムロードを衆目の前で倒して、その後に王子から子爵昇進の言葉を受け取る、ってのが一連の流れだ。
まずはスライムロードだ。
ここでの正解は、前と同じ、手加減しつつスライムロードを時間を掛けて倒すこと。
その体感を思いだしつつ、リングに向かう。
その途中にサコスがいた。
最後にまた聞いてくるのか、とうんざりしつつ、無視してリングに上がった――その瞬間。
力が抜ける、何かが体に重くのしかかってくる。
リングに上がった瞬間これだ。
なんだこれは。
「結界ですよ」
リングの外で、さっきすれ違ったサコスが言ってきた。
人前だから表情は恭しかったが、声は悪意たっぷりだった。
「この結界の中ではカノー様の力は十分の一、それにたいしモンスターは倍。そうなる結界なのですよ」
「……お前がしかけたのか」
「ええ。まだ、今からなら間に合いますぞ」
にちゃあ……って感じの気持ち悪い笑顔が見えた。
本当に気持ち悪い、もうこれ以上話していたくなかった。
俺は、真っ直ぐ進んだ。
結界に阻まれて、あっちこっち飛び回ってるスライムロードに向かっていく。
「死ぬ気ですかな?」
「……」
俺は答えなかった、答える必要はなかった。
俺は十分の一、スライムロードは倍、だったな。
『古に棲み、時を育む、とこしえなる不変の存在。わが意に集い不浄を焼き尽くせ! 始原の炎よ!』
詠唱の後、炎を放つ。
十分の一に制限された炎はたちまちスライムロードを包み込む。
俺の十分の一、スライムロードの倍。
それによって縮まった力の差は、いつも以上に手加減を楽にした。
スライムロードが炎に包まれる、じわりじわりと焼かれていく。
再生をちょっとだけ上回る速度で焼かれていく。
ちらっと振り向く、サコスが言葉を失っていた。
「ば、ばかな……結界の中だぞ」
驚愕したその顔も腹立つ顔だった。
少し脅すことにした。
スライムロードを焼きつつ、別の魔法を使う。
スライムロードが形を変えた。
非定形の魔物は徐々に姿を変えて、人間の見た目になった。
サコスと同じ見た目になった。
サコスになったスライムロードは焼かれて、苦しんだ。
前にやったのと同じ、手加減してじっくりと焼いた。
違うのは前は人形だったのが、今度はサコスの見た目をしていた。
ちらっとサコスを見た、そいつは「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした。
俺はそいつを見たまま、ぐい、とわざとらしく指を動かす。
すると炎が爆発的に膨らんで、スライムロードが完全に蒸発した。
そして、にやり。
口角を片方、器用に持ち上げた。
「ひいぃ」
サコスは尻餅をついた。
脅しは伝わったみたいだ。
これ以上俺に変なことをやるとあれと同じように焼き尽くすぞ――もちろんサコス程度の男にやる気はないが、脅しとしては充分伝わったようだ。
サコスは尻餅ついたまま震えだし、失禁したのか、尻を中心に水たまりが広がっていった。