表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/167

34.悪党を脅す

「王都より第三王子殿下、およびリナ様がお見えになります」

「へ?」


 謁見の広間で、ミミスの報告を聞き流していたが、聞き逃せない名前が立て続けに出た。


 ショウ・ザ・アイギナ、そしてリナ・ミ・アイギナ。

 二人とも王族で有力者、その上俺に目をかけているありがた迷惑な人達だ。

 その名前が同時に出たことに俺は背中に汗が噴き出すのを感じた。


「なんで……二人して?」

「お話を聞いてなかったのですかな」


 ミミスはあきれ顔をした。

 いや、俺が執務中話をほとんど聞き流してることは知ってるだろうに……まさか。


 ミミスの呆れも、事の大きさの裏返しだった。


「正式にご当主様、そしてカノー家の子爵への陞爵が決まったという話ですぞ」

「……くっ」


 ついに来たか。

 最近そういう話が出てたから、ある程度は覚悟していたつもりだけど、とうとう来たか。


「その式典の為に、王子殿下とリナ様がお越しになるのです」

「……そうか」

「お二方の到着は明後日、それに先立ちまして、サコス・ヴェニスが明日到着して、諸々の準備を整えていくとのこと」

「だれそれ」

「……宰相閣下の腹心ですな」


 ミミスは呆れた目をした。


「実務面で有能な男と聞いておりますな」

「なるほど」


 その後の報告はやっぱり聞き流した、というか耳に入ってこなかった。


 ショウにリナ、そして宰相の腹心で実務が有能らしい男。

 男爵から子爵に陞爵……いよいよ来たか……。


     ☆


 次の日、応接間。

 俺は中年の男と向き合っていた。


「お前がカノー男爵か」

「……ああ」


 開口一番そう聞いてきたのは、宰相の腹心だというサコスなる男だ。

 その言葉使いと態度に正直驚いてる。


「私はな、状況は認識しているつもりだ」

「ん?」

「スライムロード討伐だけで二度の十字勲章。王子殿下たちにどれくらい積んだ」


 にやり、といやらしく笑うサコス。

 まわりくどい事は一切省いて、ストレートに切り込んできた。


 なるほど、そう思ってるのか。

 まあそう思う人間もいるだろうな、と納得していると。


「まあいい、それは聞かないでおこう。重要なのはそんなことではない」

「ん?」


 じゃあなんだ?

 と思ってサコスの次の言葉を待ったが、彼はニヤニヤするだけで、何も言わなかった。


 なんだ? どういうことだ? ――って不思議がること十数秒。


 ピンときた。


 俺にも賄賂を渡せだ。


 言われてないが、はっきりとそれが聞こえた気がした。

 王族の二人に賄賂をしたのは分かってる、だったらわかってるよな。


 と言ってるのだサコスは。


 俺はそんなことしてないし、当然こいつに積む気もない。


「あしたはどうすればいい」


 と、式典の事を聞くと、サコスの顔色が変わった。


「……それは無礼ととっていいのか? それとも無知と取るべきなのか?」

「何を言ってるのかわからん」


 すっとぼけると、サコスはますます不機嫌な顔になる。

 俺を睨んで、茹でたタコかってくらい顔を真っ赤にした。


 今にも爆発しそうな顔をしたが、それをぐっと堪えた感じで。


「いいだろう、今夜一晩待つ」


 まるで捨て台詞の様に言って、応接間を後にした。


 今夜一晩待つ、ってのは言うまでもなく、「今夜中に賄賂持ってきたら許してやる」って意味だな。


 当然渡すつもりはない。

 サコスの件を無視して、そのまま夜が明けた。


     ☆


 ピンドスの街。

 年に一度の収穫祭とかに使われる大広場に、突貫工事でリングが作られた。


 前乗りも含めて二日くらいの突貫工事だが、王都の闘技場に見劣りしないくらいの出来映えになった。


「なんで闘技場?」

「式典の余興ときいておりますな」


 答えたのはミミス。

 次々と闘技場の客席に街の住民が入ってくる中、それを眺めている俺たち。


「余興?」

「さよう、ご当主が子爵に陞爵するきっかけになったスライムロードを実際に退治していただくためと聞いておりますな」

「なるほど」


 つまり人前でもう一回スライムロードを倒せと。

 まあそれはいい。


 俺がスライムロードを討伐したのは知る人ぞ知るレベルの話になってるし、リナの観察の時にもミューの人形相手に同じことをした。

 それを大勢の前でやっても大丈夫だ。


「ではご当主、私は式典の準備に……」

「ああ」


 頷き、ミミスを送り出す。

 しばらくリングを眺めていると、案の定というか、サコスがやってきた。


 後ろから近づいてきて、真横に並んでくる。


「男爵様は強情ですな」


 昨日と違って屋外、どこで聞き耳を立てられてるかわからないからか、サコスは慇懃な言葉使いをした。


「最後にもう一度お聞きします。よろしいのですな(、、、、、、、、)


 遠回しなんだかストレートなんだか。

 そんなよく分からない賄賂を要求して来るサコス。


「何の事だ?」


 当然すっとぼける俺。


「そうですか。後悔しますぞ」


 最後まで慇懃な言葉遣いを崩さず、しかし顔や声色は明らかに怒った状態で、サコスはずんずんと立ち去った。


 何かしかけてくるのか?


 そう思ってちょっとだけ警戒した。


 しかし何もなかった。

 ショウとリナが来て、それに挨拶して、期待の言葉を掛けられて。


 王族二人の前で何かしかけてくるのかと思ったが、そんなことはなかった。


 やがてリングの周りは住民でいっぱいになって、王族二人は正面の貴賓席についた。


 リングの上にスライムロードが放たれた。

 スライムロードは跳ね回るが、見えない壁に阻まれてリングからでられない。


 このスライムロードを衆目の前で倒して、その後に王子から子爵昇進の言葉を受け取る、ってのが一連の流れだ。


 まずはスライムロードだ。


 ここでの正解は、前と同じ、手加減しつつスライムロードを時間を掛けて倒すこと。


 その体感を思いだしつつ、リングに向かう。


 その途中にサコスがいた。


 最後にまた聞いてくるのか、とうんざりしつつ、無視してリングに上がった――その瞬間。


 力が抜ける、何かが体に重くのしかかってくる。

 リングに上がった瞬間これだ。


 なんだこれは。


「結界ですよ」


 リングの外で、さっきすれ違ったサコスが言ってきた。

 人前だから表情は恭しかったが、声は悪意たっぷりだった。


「この結界の中ではカノー様の力は十分の一、それにたいしモンスターは倍。そうなる結界なのですよ」

「……お前がしかけたのか」

「ええ。まだ、今からなら間に合いますぞ」


 にちゃあ……って感じの気持ち悪い笑顔が見えた。

 本当に気持ち悪い、もうこれ以上話していたくなかった。


 俺は、真っ直ぐ進んだ。

 結界に阻まれて、あっちこっち飛び回ってるスライムロードに向かっていく。


「死ぬ気ですかな?」

「……」


 俺は答えなかった、答える必要はなかった。


 俺は十分の一、スライムロードは倍、だったな。


『古に棲み、時を育む、とこしえなる不変の存在。わが意に集い不浄を焼き尽くせ! 始原の炎よ!』


 詠唱の後、炎を放つ。

 十分の一に制限された炎はたちまちスライムロードを包み込む。


 俺の十分の一、スライムロードの倍。

 それによって縮まった力の差は、いつも以上に手加減(、、、)を楽にした。


 スライムロードが炎に包まれる、じわりじわりと焼かれていく。

 再生をちょっとだけ上回る速度で焼かれていく。


 ちらっと振り向く、サコスが言葉を失っていた。


「ば、ばかな……結界の中だぞ」


 驚愕したその顔も腹立つ顔だった。


 少し脅すことにした。

 スライムロードを焼きつつ、別の魔法を使う。


 スライムロードが形を変えた。

 非定形の魔物は徐々に姿を変えて、人間の見た目になった。


 サコスと同じ見た目になった。


 サコスになったスライムロードは焼かれて、苦しんだ。

 前にやったのと同じ、手加減してじっくりと焼いた。

 違うのは前は人形だったのが、今度はサコスの見た目をしていた。


 ちらっとサコスを見た、そいつは「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした。

 俺はそいつを見たまま、ぐい、とわざとらしく指を動かす。

 すると炎が爆発的に膨らんで、スライムロードが完全に蒸発した。


 そして、にやり。

 口角を片方、器用に持ち上げた。


「ひいぃ」


 サコスは尻餅をついた。

 脅しは伝わったみたいだ。


 これ以上俺に変なことをやるとあれと同じように焼き尽くすぞ――もちろんサコス程度の男にやる気はないが、脅しとしては充分伝わったようだ。


 サコスは尻餅ついたまま震えだし、失禁したのか、尻を中心に水たまりが広がっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ