33.ヘルメスの塩対応
「次、これはご当主に裁可を頂かねばならんのですが」
「うん?」
だらけてた意識が引き戻された。
謁見の広間、家臣団がずらりと並ぶ日々の執務。
珍しく、ミミスが回答必要だと前置きをしてきた。
「なんだ?」
「タダイアスがご当主に面会を申し入れておるのです」
「タダイアス……例の商人か?」
「然り」
頷くミミス。
タダイアスというのは、俺が当主になる前に、前の当主がトリカラ鉱山再生のために金を借りた商人の名前だ。
ちなみにその時借りた金は金貨で五万枚だが、トリカラ鉱山を銀山に変えた収益で既に完済している。
つまりはもう関わりは無いはずだが。
「借金の件か?」
「それは利子も含めて全て解決しておるはずですな」
ミミスは渋面で答えた。
認識は同じ、そしてミミスも相手の目的が読めてない。
ふぅむ。
「どうなさいますか」
「……会ってみよう」
相手の目的が気になって、俺はとりあえず会ってみようと思った。
☆
屋敷の応接間に入った。
中に一人の中年男が待っていた。
でっぷり肥えて、指輪やら宝石やら、いろいろ身につけてていかにも商人らしい見た目だが、時折のぞかせる眼光が鋭く、油断ならん相手なのが分かる。
その男は俺が部屋に入ると同時に立ち上がって、恭しく一礼してきた。
「初めてお目にかかりますヘルメス様。手前の名はタダイアス・サラマス、以後お見知りおきを」
「ああ、宜しくな」
俺がタダイアスの向かいに移動して、椅子に座るまでの間、タダイアスはずっと立ったままでいた。俺が座るのを待ってから、向こうもようやく席に着いた。
「で、今日は何のようだ?」
俺は単刀直入に聞いた。
「はは、本日はこれらの物をヘルメス様に献上致したく――」
恭しく言いながら、タダイアスはパンパン、と手を叩いた。
すると応接間のドアが開いて、何人もの使用人風の男が箱を担いで入ってきた。
装飾のついた箱――宝箱だ。
それを一通り並べた後、あごをしゃくって合図を送るタダイアス。
使用人達が箱を開けると――金ぴかなまぶしさが襲ってきた。
眼を細め、手をかざしつつ何事かと確認。
金貨だった。
箱はどれも、金貨がびっしり詰め込まれていた。
「なんだそれは」
「手前のほんの心づくしでございます」
「心づくしって……」
ざっと目測で数えてみる。
金貨の大きさ、箱の数、かさ上げがなくて普通に詰め込んだ状態と仮定した。
ざっと、五万枚って所だ。
って五万枚?
その数に心当たりはある。
トリカラ鉱山の一件で、カノー家がこいつから借りたのと同じ額だ。
「借金の押し売りか?」
「いえいえ、手前のほんの気持ちにござりますれば」
「意味がわからん。くれるってのか?」
「受け取っていただければ幸いにございます」
「……」
本当に意味がわからん。
タダイアスは下手に下手に出てる。
それを見ると、本当に俺にこれをもらって欲しいだけに見えてしまう。
見えてしまうが、それはあり得ない。
ただより高い物はないってのは三歳児でも知ってることだ。
そんなことを考えながらためらっていると。
「小耳にはさんだのですが、ヘルメス様はクシフォス十字勲章を二つも頂いてるとか」
「ん? ああもらったな」
「でしたら子爵様になるのも時間の問題ですな」
「子爵に? 今の男爵から一つ上に陞爵するってことか」
「またまたー、いや、正式に勅命が下されるまで話せないヘルメス様の立場もよくわかります」
「……」
なんか……見えてきたぞ。
少し答え合わせしてみるか。
俺は金貨がびっしり詰まった箱に目を向けたまま、タダイアスに話す。
「商人って、情報と風向きに聡い生き物だな」
「恐縮にございます」
タダイアスは下手に出ながらも、満足げな表情をした。
なるほど、そういうことか。
これはつまり賄賂だ。
前代未聞の十字勲章二つ。
しかも両方スライムロード討伐という理由で授与された。
ある程度の人脈があれば、リナとショウ、王族の二人が推薦したってのはすぐに分かる。
たいした功績でもないのに、王族の二人に推されて勲章二つ。
俺が王族に気に入られてると見て、ごまをすりに来たって訳だ。
大体の事がわかって、俺はほっとした。
そして考える、これをどうするべきか。
ある程度ダメ領主を演じるんだ、賄賂は受け取ろう。
いや、もう少し要求しとこう。
金に目をくらんだ男の方だダメさが際立つ。
よし、もうちょっと――
「――っ!」
「いかがなさいましたか?」
「何でも無い。……これは受け取った、ご苦労」
「手前になにか不手際が?」
「安心しろ、そんなのはない」
俺はそう言って、中座して応接間を出た。
とっさに勘が働いた。
あそこで要求すれば、風が吹いて桶屋の如くまた俺の評価が上がってしまう所だった。
きっとそうなる、俺が領主になってからずっとそうだ。
悪い事をしようとすると決まってそうなる。
だから、要求はしない。
突っ返しもしない。
俺はそこまで馬鹿じゃない。
突っ返したらプラスの方に、正当に評価が上がるのはわかり切ってる。
そんなヘマはしない。
くれるというのならもらう。
そのかわり喜ぶことも不愉快になることもなく、フラットな表情で話を終わらせる。
これが一番無難にすませる方法だ。
「さすがですね、ヘルメス」
部屋に帰る途中、ドレス姿の姉さんにつかまった。
姉さんは感動したような顔をしている。
「見てたのか」
「ええ」
「そうか。いやしかしさすがってことはないだろ。向こうが勝手に持ってきたものだから」
「ううん、その事じゃないのよ」
「へ?」
じゃあどういう事だ? と首をかしげて姉さんを見る。
「今、すごく塩対応をしましたね」
「塩対応……? ああ、それがどうした」
「難癖をつけるのは袖の下の増額を要求する時の常套手段ですけど、もっとさりげない高等な手法があるのですよ」
「高等な……?」
やばい、なんかやばい気がする。
「満足をしない、それだけ。向こうから来たときはただそれだけで向こうが忖度してくれる。しかも誰かに突っつかれたときも、何もいってないと言い逃れが出来るのです」
「……」
「さすがヘルメス、袖の下への対応も完璧ね」
「いやいや、えー……」
まさかとは思った、そんな馬鹿な話はいくらなんでもないだろと思った。
だって、俺は何も言わなかった。
言わなかっただけなんだぞ?
それで更に増額するってのか?
いやそんな馬鹿な――
って、思っていたんだけど。
その日の夕方に、匿名で、更に五万枚の金貨が送られてきた。
合計で十万枚になった金貨の前で唖然とする俺。
そして、満足げな姉さん。
「動きが速い、さすが商人ですね」
「いやいやいや、さすがにこれは……送り返した方が良くないか?」
「送り返す? どこに?」
「へ?」
「匿名で送られてきたものを、どこに送り返すっていうの?」
「それは……」
「それに」
「そ、それに?」
「送り返したら更に増えるわよ」
「うがっ!」
そっちは分かる。
分かるが……。
「さすがヘルメス、表情一つで金貨五万枚の稼ぎね」
予想外の成果に、言葉を失ってしまう俺だった。