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31.絶対に守る

 街中を散歩していた俺は、気になる会話が耳に飛び込んできて、思わず足を止めて聞き耳を立てた。


「なあ聞いたか、例の娼婦の相手の話」

「お? 正体がいよいよ分かったのか」

「はっきりとした事はわかってないが……ここの領主のカノー様じゃないかって言われてる」


 ……げげっ。


「領主様? 本当なのか?」

「わからんが、最近カノー家って銀山で潤ってるだろ?」

「ああ。何だっけあの商人……タダイアスか。そこから借りた金を完済したって噂だな」

「だろ? あの有名な娼婦、なんでここに来て帰らないのかって言うと、領主様の金目当てなんじゃないかって噂だ」

「なるほどな」


 話を聞いて、俺はちょっとほっとした。


 俺がどうこうしたからばれたとかじゃないみたいだ。

 カノー家の羽振りがいい、だからヘスティアが食いついた。


 よくある、突飛とは言えないただの連想ゲームだ。

 こんな噂なら問題ない、大歓迎だ。


 念のためにもう少し聞き耳を立てた。


「そういえば最近、旅人の失踪が増えてるな」

「それなら知ってる。都に向かう街道でだろ」

「なんかにさらわれたって話だ。盗賊とかかね」


 話はまったく関係のないところに行った。俺と関係がなくなったから、その場を立ち去った。


 ヘスティアとの噂か。

 さっきの二人のようなパターンの噂なら放っておいても良いけど、放っておいたら良くない噂もある。

 どうにかしたいところだ。


 それを考えながら歩いていると。


「そこにいるのは主様でありんす?」

「え?」


 娼婦特有の独特な言葉遣い。

 声に振り向くと、そこにヘスティアがいた。


 ヘスティアは俺だとはっきり認識すると、しずしずと優雅な足取りで向かってきた。


「主様にあえてよかったでありんす」

「俺を探してたのか?」

「そろそろおいとまをするので、発つ前に礼を言いたかったでありんす」

「おいとま? 発つ?」


 俺はびっくりした。


「あの噂でありんす?」


 むっ。

 顔に出てたみたいだ。


 そう、俺は驚いた。

 噂ではヘスティアはこの街にとどまるみたいな話だったのに、本人がもう発つというので驚いた。

 それをヘスティアが見抜いて、口元を押さえてくすくすと笑った。


「アクシデントがあったから、ちょっと長居しただけでありんす」

「アクシデント?」

「ええ」


 頷くヘスティア。

 表情がちょっと真剣になる。


「わっちを護衛してくれるはずの方が行方不明で。それを待っていたのでありんす」

「なるほど、そうだったのか。そいつは戻ったのか?」

「いいえ」


 ゆっくりと首をふるヘスティア。


「今でも行方不明、しかしそろそろ向こうに戻らないといけないでありんす」

「なるほど」

「これから新しい護衛をやとって向こうへ。それで主様に挨拶をと思ったのでありんす」

「……俺が護衛してやろうか」

「え?」


 ヘスティアは驚いた。


「主様が?」

「ああ」

「領主様にそこまでして頂くのは……」

「気にするな」


 むしろやりたい、やらなきゃいけない。


 彼女に何かあればまた変な噂が立つ。

 それに新しい護衛がダメなヤツで、途中で引き返してくるかもしれん。


 途中で引き返してくる――考え得る限り噂が最悪な方にむかうパターンだ。


 俺が護衛になって、しっかり彼女を送り届ける。

 それが最善のはずだ。


「やらせてくれ」

「……わかりました」


 ヘスティアはしばらく俺を見つめて、しずしずと頭を下げてきた。


「主様に甘えるでありんす」


     ☆


 翌日、俺はヘスティアを連れてピンドスの街を発った。

 ヘスティアと俺だけ、二人っきりの旅だ。


 途中で何かがあるか分からない、目撃者を減らし噂の立つ確率を減らす為の二人旅だ。


「主様は剣が得意なのでありんす?」


 街道で肩を並べて歩いていると、ヘスティアが聞いてきた。

 視線は俺の腰、武器に持ってきたロングソードにそそがれていた。

 それなりの剣だ。護衛するからにはちゃんとした武器をもって安心してもらおう、って意味合いで持ってきた。


「それなりにな――大丈夫だ、何があってもお前は無事に送り届ける」

「わかったでありんす」


 納得したのかしてないのか。

 ヘスティアはそれ以降、何も聞いてこなかった。


 二人で歩きながら、特にどうってことの無い雑談をする。

 数日前と同じ、俺が防波堤になってた日々と同じ適当な会話だ。

 そんな雑談をしつつ、街道を進む。


 ふと、街道の真横、ちゃんとした道じゃない方から砂煙が巻き起こってて、それがこっちに近づいてくるのが見えた。


 おいおいまさか――と思ったら大当たりだった。


 人数は五人、全員が馬に乗ってる。

 それが一直線に俺たちに向かって来て、みるみるうちに俺とヘスティアを取り囲んだ。


「へえ、こりゃ上玉じゃねえか」

「さらってったらいい値で売れそうだな」

「兄貴、こっちの男の腰の物も高そうですぜ」


 どうやら盗賊のようだ。

 連中は言いたい放題で、俺とヘスティアを値踏みしている。


 全員ざっと確認、どうって事のない雑魚だ。


 ふと、俺はあることを思いだした。


「お前ら、こんなことをいつもしてるのか?」

「んん? だから何だってんだ」


 男の一人がにやけた顔をした。


 街で聞いた噂、旅人が失踪してるってヤツ。

 それはこいつらの仕業なんだな。


 どうやら常習犯、言っても聞かない連中とみた。


 俺の推測は当った。


「男は殺せ、女は連れて行く」


 男達はすぐに方針が決まって、なんとかしなきゃならなくなった。


 俺は剣を抜いた、男達はにやけた笑いで同じく剣を抜きはなった。

 全員が雑魚だ、その気になれば一秒足らずと瞬殺出来る。


 ――が、ヘスティアが見てる。

 瞬殺して「すごい」ってなるのは避けたい。


 ギリギリの勝負、もちろんヘスティアには傷一つつけない。


 方針を固めた俺、まずは飛び込んでいった。

 男達と切り結ぶ、力を抑えて良い勝負(、、、、)をする。

 途中で腕にわざとかすり傷を負って、それから五人を撃退した。


「ふぅ……」


 最後に、苦戦を演出して、大きな息をついた。


 ちらっとヘスティアを見る、彼女は眉をひそめている。

 よし、うまく誤魔化せたようだぞ。


     ☆


 その日の夜、街道そばで、たき火を起こして野宿した。


 大石を背にして、たき火を起こして夜を明かす。ありきたりな野宿。

 たき火をはさんでヘスティアと向き合って、干し肉を戻したスープを作って、ヘスティアによそって差し出す。


「……」

「どうした」

「……」


 差し出したスープをヘスティアは受け取らない。


 眉をひそめてまま、昼間の盗賊の件か?


 ――いや、違うぞ。


 よく見たら違った、ヘスティアはほんの少しだけ体が震えている。

 寒さとかじゃない、怯える人間の震え方だ。


「どうしたヘスティア、何かあったのか?」

「……」


 ヘスティアは首を振った、しかし顔色がますます青ざめた。

 なんでもない――とすら言えないヘスティア。


 何かがあった、そしてその何かは間違いなくあの盗賊連中。


 俺は苦戦を演出したが、ヘスティアに危害は一つも加えてない。

 むしろ誘導して戦いをヘスティアからそれとなく遠ざけたくらいだ。


 だったらなぜ?

 ふと、あることを思いだした。


 街中の噂、昼間の連中。

 そして――娼婦。


「お前、さらわれて娼婦にさせられたクチか?」


 ヘスティアは青ざめたまま、ほんのわずかに頷いた。


 よくある話――ではある。

 それまで普通の娘だったのが、ある日いきなりさらわれて、日常と運命が一変したと言う話。


 ヘスティアはそれで、過去にさらわれて、それがトラウマになってるようだ。


 俺は彼女に近づき、そっと抱きしめた。


「安心しろ。お前はさらわせない、俺が絶対に守る」

「ぬ、主様は……」

「ん?」

「ケガを……苦戦してたでありんす」

「……ああ」


 だから怯えてるのか。

 あの程度の人さらいどもに苦戦した、もし何かがあれば自分の運命は――そう、ヘスティアは怯えてるって訳だ。


 それは俺が悪かった。

 完全に俺が悪い。


 だから――。


 俺はゆっくり剣を抜いた。

 俺が背にしていた大石に向かって、剣を振った。


 目にも止まらぬ斬撃、大石がたちまち粉々に砕かれた。

 それだけじゃない。

 物は、ものすごく小さな粒子、いわゆる粉よりも更に細かい粉にすると燃える。

 例え石といえども燃える――燃えた。


 大石が粉々になって、その屑に火がついた。


 大人の人間が背もたれに出来るほどの大石が、跡形もなく消え去った。

 それを見たヘスティアの顔から怯えが消え、変わりに驚きが浮かび上がった。


「事情があってあんな戦い方をしたが、あれは違う」

「違う?」

「ああ」


 頷き、真っ直ぐ見つめ返して、言う。


「俺はまだ、本気を出していない」


 ヘスティアはますます驚いたが、それはほんのちょっとだけ。

 驚きの潮が引いていくと、代わりに上がってきたのは安堵。

 安心感だった。


 ヘスティアは力を抜いて、俺の腕の中に体を預けた。


「主様……」

「ん?」

「ありがとう、で、ありんす……」


 そう言って、目を閉じて俺にキスをしてきた。


 そこで緊張の糸が切れたのだろう、彼女は俺の腕の中で眠りに落ちた。


 怖がらせてしまったわびもかねて、俺は彼女を抱き留めた。

 何があっても守るという意味合いも込めて、彼女を抱き留めた。


 そして俺も眠りにつく。

 もちろん警戒に頭の一部は起こしたまま、ヘスティアを抱いたまま眠りにつく。


 しかし夜中になって、俺はハッとして目が醒める。

 安心しきって、熟睡しているヘスティア。

 俺にぎゅっとしがみついてきているヘスティア。


 彼女にキスされた俺の唇にそっと触れて。


 嘘から出た実。


 ヘスティアに好きな人ができた――その噂を、俺の手で本当にしてしまったじゃないかと頭を抱えてしまうのだった。

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