29.息を吸うように事態を悪化させる
「はあ……」
屋敷の書斎で、俺は机の上に並んでいる、二つの十字勲章を見て、深いため息をついた。
二つ目の十字勲章、名目はどっちもスライムロードの討伐。
「これは予想出来なかった……ってかグルだろあの二人……」
予想出来なかった展開と、自分のうかつさで頭が痛い。
「師匠! ヒマだったら稽古をみて下さい――おお!」
書斎に入ってきたミデア。
彼女は机の上に置かれてる二つの十字勲章を見て、目を輝かせた。
「これが今回もらったのですね。さすが師匠! クシフォス十字勲章をこの短期間で二つももらえるなんて! やっぱり師匠はすごい人です!」
「……」
突っ込む気にもならない。
無邪気なミデアの持ち上げに、逆にため息をつきたくなった。
コンコン、とノックの音がしてそっちを向くと、ミデアが閉めないで入って来たままのドアの前に姉さんがいて、姉さんは開いたドアにわざわざノックしていた。
「姉さん」
「こんな所にいたのですね。ああ、これが二つ目の十字勲章」
ドアを後ろ手で閉めて、書斎に入ってきた姉さんもミデアと同じ、まずは十字勲章に目がいった。
「師匠ってすごいですよね!」
「それはもちろんです。ところでヘルメス」
「どうした姉さん」
「どうしてこれをいただけたのですか?」
「うっ」
さすが姉さん、スライムロード討伐という理由を最初っから信じてないみたいだ。
そりゃそうだ。一個目でもいろいろ疑わしいのに、ましてや倍ブッシュの二個目だ。
聡明な姉さんがそれを鵜呑みにするわけがない。
が、さすがにそれを言うわけには行かない。ごまかさなきゃ。
「いやあ……それは……」
が、何も思いつかなかった。
何も言わない方がいいって気もする。言ったら言ったで墓穴を掘りそうだ。
いやしかし、何も言わなければ言わないで、やっぱり墓穴掘りそうな気がする。
あれ? なんか詰んでる?
なんて、俺が悩んでいると。
「竜王の影ですね、わかります」
「知ってたのか姉さん!」
「え?」
「え?」
何故か姉さんがびっくりしていた。
俺もそんな姉さんの反応にびっくりした。
間にミデアをはさんで、俺と姉さんは間抜けな顔同士で見つめ合った。
「最近出没してるから適当にネタで言ったつもりだったのですけど……まさかあたるとは」
「うがっ!」
冗談だったのかよ! そして引っかかったのかよ俺!
なんて事だ……いや待て。
プラスに考えるべきだ。
ばれたのが姉さんで良かったと。
姉さんは俺のいろいろを知ってる、知られても今更だ。
問題は――話を聞いてるミデア!
「あの、師匠」
「なんだ」
「りゅうおうのかげ、ってなんですか?」
「…………知らないのか」
「はい、すごいんですか?」
あっけらかんと答えるミデア。本当に知らないのが分かる反応だ。
……。
まずい、それは非常にまずい。
知らないというのが非常にまずい。
竜王の影という存在の重大さを知らないと、「師匠が強いモンスターを退治したよー」くらいのノリで、無邪気に言いふらされるかもしれない。
がっつり口止めしなきゃ。
「ミデア、この事は内緒だ」
「この事って?」
「俺が倒したモンスターの名前のことだ。誰にも言うな」
「えー、でも師匠の格好いいところをみんなに教えないと――」
「言ったら破門な」
真顔で脅迫するようにいうと、ミデアはパッ、と自分の口を押さえた。
「ふぁふぁひふぁひぃふぁひひふぁへん」
「分かりました言いません、だな? 口押さえて話さなくてもいいから」
「はい! ちゃんと墓の中まで持って行きます!」
さすが孫、あのじいさんとおなじ言い回しをしてら。
ミデアは素直な子だ、問題はないだろうが、念の為にもう一押し。
「本当だな? 言ったら即破門だぞ」
「いいません! 信じて下さい!」
「わかった」
ミデアの目はものすごく真剣だった、若干の怯えもあった。
破門を恐れてるのなら言わないだろう。
強めに脅したのがちょっと良心が痛むが、致し方なし。
「私、稽古してきます! 師匠達の大事な話はこれ以上聞きません!」
ミデアはそう言って、書斎から出て行った。
聞かなければ漏らせない。
ミデアが約束をまもるつもりがあるとわかって、俺はちょっとホッとした。
廊下に出て、ドアを後ろ手で閉めるミデア。
「あっ、ミデアちゃん。ねえねえちょっと聞いていい?」
直後に、壁越しに若い女の声が聞こえてくる。
この屋敷で姉さんとミデア以外の若い声、メイドだ。
メイドはミデアに、
「ご主人様の勲章、あれ何でなのか聞いてない? 弟子なんだから聞いてるよね」
げっ、いきなり来たか。
まあでも、ミデアは言わないって言ったし――
「し、知らないです! 師匠がなんかすごいのを倒したとか全然知らないです!」
「おお、やっぱり何かすごいことしたんだ。ねえなになに、それってなに?」
「うわわわわわ!」
「嘘が下手か!」
椅子を倒して立ち上がる程の勢いで突っ込んだ。
「彼女はそうでしょう」
姉さんが微苦笑した。
俺は追いかけて外に出たが、ミデアは既に逃げる様にどこかへ去った後だ。
この日、次々とミデアに内情を聞こうとする者が現われて、ミデアはあの調子で否定し続けた結果。
二つの勲章の噂は、ますます泥沼にはまってしまった。