02.陰謀を見抜く
数日後、謁見の大広間。
当主の椅子でふんぞり帰ってる俺の前に、ミミスが頭を下げてきた。
俺はあえて、威圧的な態度で話した。
「今のをもう一回言ってみろ」
「はっ、銀の精錬はしばらくは不可能です」
「なんでだ? 銀の含有量はかなりあるはずだ」
「それが……当家は当代でもっとも鉱山技術の高い家柄でございますれば」
「意味が分からん、自慢か? だったら銀を作れよ」
俺が更に威圧する。
ミミスは一瞬だけ不機嫌な顔をしたが、すぐにそれを引っ込めて説明した。
「100年ほど前までは鉱石を炉で溶かして、そこから金属を取り出す方法が主流でした。しかし、このやり方は非効率で、目的ではない金属の選別が非常にややこしいということで、今はもう使われていません」
「ああ、今は魔法なんだろう?」
俺がやったような、というのは言わなかった。
だったらお前やれとか、本気出せよとか言われたら面倒臭いからだ。
「はい。当家……いえ当家の領地全てあたってみたのですが、トリカラ鋼を精錬する魔法の使い手しかいませんでした」
「領民の中にもいないのか?」
「以前までは不要で、それが出来る者は早々によそに移住しておりまして……」
「ふむ」
そりゃ手に職があるのに食えない土地じゃ引っ越すしかないわな。
「如何いたしましょう」
「はっ? お前はアホか」
「え?」
「銀はそこにある、精錬の魔法を使える人間がいない。だったら人間を集めるだけだろ。それとも何か?」
ギロリ、とミミスを睨んだ。
「当主の俺に一人で頑張ってこい、とか言うつもりか?」
「め、滅相もございません!」
ミミスはあわてて頭を下げ、それから逃げる様に立ち去った。
去り際、目に不満の色があるのがちらっと見えた。
「これでよし」
本日の暴君、おしまい。
昨日よりは上手くできたな。
耳がいたいタイプの正論、これを蓄積していけば殺されずに失脚ルートに持ち込んでいけるだろう。
「ついでだ」
放蕩当主ってのもやっておくか。
☆
屋敷を出て、ピンドスの街をぶらついた。
カノー家が統治している領地の中で一番発展してて、人も金も物も集まってくる街だ。
そういう街だから、当然こういう物もある――
「ヘルメスー」
俺の名前を呼ぶ女の声、涼しげだが丁度いいあんばいで媚びが含まれている声。
キョロキョロあたりを見回し、真横の上に目を向けると、店の二階の窓際から笑顔で俺を見下ろしている女を見つけた。
顔見知りの娼婦、オルティアだ。
ちなみに娼婦にオルティアという名前はかなり多い。三人に一人はいるレベルで多い。
よく言えば「美貌を売る」娼婦という仕事をしてる女達は、歴史上ダントツで美しい賢者オルティアという美女の名をあやかってたら、いつの間にか娼婦はオルティアだらけになった。
――という事を、目の前のオルティアから聞いた事がある。
「ねえ、遊んでいって」
「いや今日はそういう気分じゃ――」
「遊んでかないとヘルメスちゃんがまだ童貞だって事ばらす――」
俺は娼館に飛び込んだ、出迎えのやり手婆をスルーして一気に階段を駆け上って、オルティアの部屋に飛び込む。
「いらっしゃーい」
「はあ……はあ……これで、文句、ないだろ……」
全力全開で世界記録を出せそうなスピードで駆け込んだから、一気に息が上がった。
追いついてきたやり手婆に適当にお金を握らせて、部屋でオルティアと二人っきりになった。
「頼むからああいうのを大声でやらないでくれ」
「ああいうのって?」
オルティアはイタズラっぽい笑みを作った。
「本気で二度と来ないぞこの野郎」
「きゃー、ヘルメスちゃんにすごまれちゃった」
そう言いかけて、俺にしなだれかかってくるオルティア。
「しょーがない、お客様の言うとおりにしたげる」
「はあ……まったく」
「いいじゃない、こっちは娼婦のプライドをちょこっと傷つけられたんだから、これくらいは許されるべきよ」
それを言われると弱い。
ぶっちゃけこの件で彼女に負い目も感じてるから、持ち出されると弱い。
更に弱いのは。
「ヘルメスちゃん、当主就任おめでとう」
ちゅっ、と頬にキスをしてきた。
言いはするが、ネチネチはしないオルティア。
もっと攻められれば逆ギレも出来るんだが、彼女のそれはスキンシップの域にちゃんと留めてる。
うまいよな、娼婦の技ってやつか。
「ああ、ありがとう」
「なに、嬉しくないみたいね」
「面倒臭いからな。当主なんてなるもんじゃない」
「そっか、でも、ヘルメスちゃんらしい」
「らしい?」
「娼館の女はみんなそう思うよ。女にガツガツくる人は、仕事もガツガツ行く男だってね」
「性欲と権力欲はほぼ同義だからな」
俺はそのどっちも薄いことをよく知っているオルティアは、太ももや肩といった、当たり障りのないところをマッサージしてきた。
綺麗な女の柔らかい手だ、例え普通のマッサージだとしてもそれはそれで気持ちのいい物だ。
このまま時間まで――と思ったら。
むぎゅ。
「む、胸が背中に当ってるぞ」
「当ててるの」
「その台詞好きだなおい! 毎回聞いてる気がするぞ」
「もはや基本テクニックだからね。最初に編み出した人はまちがいなく天才だけど」
「なんの基本だよ!」
心臓が胸を突き破る位ドキドキした。
それを我慢して、普通に振る舞った。
「そういえば、ヘルメスちゃん早速色々やってるのね。改革? っていうのかしらこう言うの?」
「改革? 何が」
「あれ? ヘルメスちゃんがらみじゃないの?」
「よく分からん、一から話せ」
「うん。最近ね、銀精錬の魔法使いが増えたのよ。うちに来る人達もかなり羽振りが良くてね、みんな口を揃えてまた来るって言ってるの」
「また来る」
おうむ返しにオルティアの言葉をつぶやく。
娼館は決して安いものじゃない。
羽振りが良くて「また来る」って言うのなら、その先の収入も見えてるって事だ。
「それがあって、新しい領主様になってトリカラ鋼から銀に方向転換するってもっぱらの噂よ」
「なるほど。まあそういうことだ」
「そっか、じゃあタダイアス様にもちゃんと取り入っておかないとね」
「タダイアス? 誰だ」
「魔法を使える人を集めてる商人の事だよ。元締めだね」
「……元締め、だと」
「あれ? どうしたのヘルメスちゃん、顔が怖いよ」
俺にマッサージをしたまま首をひねるオルティア。
顔が怖いのは、今の話に引っかかりを覚えたからだ。
☆
数日後、屋敷の庭。
はじめて見る顔の連中が集まって整列してて、山ほどの鉱石が運び込まれている。
そいつらはミミス指揮の下、魔法を使って、鉱石から次々と銀を抽出した。
一通りやって、鉱石から純銀を取り出したデモンストレーションが終わったあたりで、ミミスが俺の所にやってきた。
ものすごいドヤ顔で。
「ご覧いただいた通り、銀精錬の使い手を集めました」
「そうか」
俺は整列してる連中に近づく。
全員が俺を見ている。
当主の前だから、全員が何も言わずに、こっちが話しかけるのを待っている。
一通り、視線を流してから、一番左前にいる男の前に立って、言った。
「アラーラ」
「……え?」
男は最初何の事か分からなかったが、俺がつぶやいた名前の意味に気づいて、ハッとした。
次はその横の男の前に移動して。
「ハグネ」
「なっ!」
「ヴァンナ、ゼナ、テミス」
移動するのもおっくうになって、途中から指を指しながら読みあげることにした。
大半は驚き、恥ずかしくなったのか顔を赤くした。
が、まだ意味を理解してないようだ。
「ご当主様も好きですな」
一人ひょうきん者っぽいヤツが、口元を押さえたにやけ笑いで言ってきた。
察しの悪い連中だな、仕方ないもう一歩踏み込むか。
「お前ら、金の出所は?」
「「「……」」」
そう言うと、全員が一斉に黙り込んだ。
何人かは顔を青ざめた。話を少しでも深く理解してる連中だ。
「な、なんの話ですかなご当主様」
「こいつら全員、タダイアスが集めてきた奴らだ」
「ほう、タダイアスが」
ミミスは「感心感心」って感じの顔をした。
こいつ、救いようのないアホだ。
「いいか? こいつらは全員タダイアスの息が掛かってる。それもこっちに内緒にしてな。そういう奴らを使ってみろ、銀を精錬するもしないも向こうの思うがままだろうが」
「……あっ」
懇切丁寧に説明して、ようやくミミスは事の重大性に気づいた。
「さ、探し直します!」
☆
屋敷の中、応接間に戻ってきた。
応接間の中にはオルティアがいた。
「ありがとう」
部屋に入るなり、俺は彼女にお礼を言いながら、耳から小指大の装置を外した。
「もういいのね」
オルティアも手元の装置をテーブルの上に置いた。
簡単な魔導具、発信装置に向かって喋りかければ耳に仕込んだ受信装置に声を届ける物。
魔法を使えない一般人でも使える道具だ。
それを使って、オルティアから男のひいきにしてる娼婦の名前を教えてもらって、奴らに突きつけた。
「おかげで完勝だ」
「そか。でも良かったのあれで」
「ああ」
獅子身中の虫を入れる訳にはいかん。
いくらミミスがアホでも、直前のやらかしをもう一度は繰り返さないだろう。
「ありがとう、これはお礼だ」
そう言って、ずっしりと銀貨の入った袋をオルティアの前に差し出す。
「いいよ、いらない」
「いらない?」
「あたしは娼婦、それ以外でお金はもらわない事にしてるの」
「はあ」
「また遊びに来て、それでいいから」
「分かった。今度店ごと貸し切る」
「待ってる」
オルティアは俺のほっぺにキスをしてから、立ち上がって応接間を出た。
その後ろ姿を見送ってると。
「見ましたよ」
部屋の隅っこから女の声が聞こえて、振り向いたら姉さんだった。
「うわ! ね、姉さん。いつからいたんだ」
「さすが、といった所ですね。やっぱり私の見込んだとおり、領主にふさわしかったのですよ、ヘルメスは」
「持ち上げるのやめてくれ」
「でも残念、あなたが本気を出せば、こんな搦め手じゃなくてもすぐに解決出来たのではありませんか?」
「だからだよ」
もう、姉さんにほめられるのは諦めた。
だけど、姉さんのところで留めて、それ以上広まらせないようにと決めた。
「本気なんか絶対に出さない」
俺は宣言する様に、姉さんの前につぶやいた。