27.力の暴走
「竜王の影?」
謁見の広間、ミミスの報告に引っかかった。
いつもと違って、よっぽど大事な事なのか、ミミスは最初から詳細を報告する準備をしていた。
「さよう。王国より通達があり、決して刺激せぬよう、との事でございます」
「なんなんだその竜王の影は」
「早い話がドラゴン種のモンスターですな。その力はとてつもなく強大――ながら刺激しなければ決して暴れ出すことはない」
「へえ」
「されどひとたび怒らせれば人間の一国など簡単に滅ぶ、とも言われておりますな。それもあって、決してちょっかいを出すな、との勅命にござりまする」
「わかった、刺激しない」
俺は頷いた。
物騒な話だが、放置しろって事ならそうする。
命令通り放置するだけだ。こんなに楽な命令はない。
が。
「……なあ、王国が討伐を命じてくる、なんて可能性はないか?」
今までの事で疑心暗鬼になった俺はミミスに確認した。
確認するこの行為さえもフラグになってしまいかねないが、それでも確認せずにはいられなかった。
それを、ミミスはまったく迷いなく、きっぱりと言い放った。
「ありえませぬな。触らぬ神にたたりなし。ここ200年、王国に限らず、世界は竜王の影に同じスタンスを取っておったのです。下手に手を出すと世界の敵になりかねませんな」
「そうか」
それを聞いて安心した。
俺はホッとして、執務を続ける。と言っても話を聞くだけだが。
その後は特に何もなく、むしろ普段よりも執務が早めに終わった。
家臣団がぞろぞろと謁見の広間から立ち去るのを眺めて、考える。
普段よりも早めに終わったし、今日はどっか遊びにいくか。
久しぶりにオルティアの所に行ってやるか。
そろそろ、「一生のお願いだよヘルメスちゃん」って言ってきそうな時期だしな。
よし、そうしよう。
俺は立ち上がろうとして、椅子の肘掛けに手をかけた瞬間。
バキッ。
装飾付きの肘掛けが、音を立てて折れてしまった。
「うん?」
折れた手すりを掴んだままそれを見つめる。一部が粉々になってる。
この椅子、こんなにガタが来てたのか?
……いや違う! と、ある事を思い出した俺の鼻に、粉々になった部分の木くずが飛び込んできた。
結果。
「――へっくしゅ!」
ドゴーン!!!
くしゃみ一発で、謁見の広間が半分ほど吹っ飛んだ。
「くっ! また暴れ出したか!」
何事かと家臣や兵士が声をあげてぞろぞろ集まってくる中、俺はまず、この場を離れる事だけを考えていた。
☆
ピンドスから数十キロ離れた、何もない岩山の頂上。
俺は一人でそこに座っていた。
周りに何もない、誰もいない。
人間はおろか、動物も、はては植物も何もない。
そんな巻き添えを出さない所に避難してきた。
また、この時期が来た。
何年かに一回の頻度で、力を完全に制御出来なくなる時期がある。
制御出来ないというのは例え話じゃなくて、文字通り制御出来ない。
力の出力が、完全に一定の量で固定されてしまう。
今までも何回か経験した結果、これが大体五日間続くと分かった。
初日はあらゆる事に100%の力でされてしまう。
例えば――。
ドォーーーーン!!!
久しぶりだからセーブが出来なくて、唇を湿らせようと舌を出した瞬間。
舌と唇の摩擦で出た衝撃波で、山が大揺れするほどの爆発を起こした。
制御が出来ないのだ。
初日は何をしても100%の出力、その後一日ごとに20%ずつ下がっていって、五日間耐えれば元通り力を制御出来るように戻る。
その間、特に最初の三日間とかはじっと息を潜めてるしかない。
動くのは厳禁、寝るなんてもってのほかだ。
子供の頃、初日になにも出来ないからふて寝した結果、寝返りを打っただけで山が一つ吹っ飛んだ。
文字通り制御出来ない、何もしてはいけない。
今も鼻で息をするだけで突風が巻き起こっている。
とにかく最初の三日間はじっとする、それしかない。
俺は山の上でじっとした。
飲まず食わずで、寝ないように気をつけて。
とにかく、ただひたすらじっとしていた。
じっとしてるだけなのは結構つらかったが、今までの経験で、何もない岩山を選んだから、何も起こらなかった。
前に森の中に隠れたことがある。
すると動かない俺に小動物が集まってきて、羽ばたいた鳥が落とした羽に鼻をくすぐられて、くしゃみで森の前半分を吹っ飛ばしたことがある。
洞窟もダメだ、ほこりっぽい密閉空間とかありえない。
だからこういう、開けているし何もない岩山に来た。
一日目、何も起こらなかった。
二日目、雨が降ってきそうなくらい空が曇ったけど、なんとか降られずにすんだ。
三日目、いい加減なりだした腹の虫。それが鳴る度に雷鳴かってくらい轟音が周りに轟いたが、60%の腹の虫だから、爆竹程度の音ですんだ。
四日目は何も起きなかった。40%まで落ちてくると、足を組み替える位の余裕は出てきた。
心に余裕も出来てきた、途中でスライムが現われて襲いかかってきたが、俺に触れた瞬間消し飛んだ。
制御出来ないでダダ漏れの力にモンスターは反応するようだ。
そうこうしているうちに、特に何事もなく迎えた最終日。
制御出来ないままながらも、全力の20%まで落ちてきたから、立ち上がって伸びも出来るようになった。
立った時に地面を踏み抜いてちょっとした落とし穴っぽいのが出来たが、今までの事を考えればかわいいもんだ。
あと一日、今日乗り切れれば明日からまた日常が――。
「……あっ」
立ち上がって伸びしたせいで、目があってしまった。
岩山の下、それ自体が小さな山のような巨体。
体が黒く、しかし皮膚の下から赤い光が明滅を繰り返してるドラゴン。
そいつと目があった。
そして、そいつの向こうに人間が見えた。
兵士の一団だった、数は300弱――一個中隊レベルか。
そいつらの行動を見るに、遠巻きにドラゴンの後をついてる感じだ。
討伐中なのか? いやそれにしては兵士達に闘気が感じられない。
完全に様子見モードって感じだ。
不思議な光景だ――
「――あっ」
思い出してしまった。
力の暴走が始まる直前に、ミミスから聞いた話。
竜王の影。
刺激しちゃまずい相手、ちょっかいを出すな。
あの兵士たちは守っているのだ。
人間から、竜王の影を。
刺激したら暴れ出すから、そうなりそうな前にちょっかいを出す方を排除する。
そのためにいるのだ。
「ぐおおおおお!!」
竜王の影が天を仰いで咆哮した。
まずい、咆吼だけでも強いのが分かる。
さすがに強い、ちょっかいを出すなって言われてるだけの事はある。
そいつは俺に飛びかかってきた。
山を一瞬で飛び上がって、空中で方向転換して俺に向かって突っ込んでくる。
「くっ! 俺を脅威と見たか!」
昨日のスライム同様に、俺の力に反応して――刺激されて襲いかかってきた。
くそっ、普段だったら何も問題ないのに!
「気配を消す」くらいの事はできるが、それも今は出来ない。制御出来ないのだ。
そうこうしているうちにドラゴンが目の前まで迫った。
血走った目、怒り心頭の表情。
巨大な口を開け放って噛みついてくる。
考える間も無かった、体が勝手に反応した。
強い、手加減出来る相手じゃない、反撃せざるを得ない。
噛みついてきた口の牙を掴んで受け止め――引き裂く。
ドラゴンのあごを上下に引き裂いた。
直後に兵士達が追いついてきた。
証拠隠滅する暇もなかった。
ドラゴンを引き裂いて、血まみれになっている俺。
300人の兵士はそれを見てポカーンとした。
「竜王の影を……嘘だろ?」
先頭の隊長らしき男がつぶやく。
くっ、やっぱり竜王の影か。
今からでもどうにかして誤魔化せないかこれ。
……無理か。
こいつらを誤魔化せても、力を辿られれば結局ばれる。
竜王の影ほどのが倒されれば絶対調べられる、そしてアイギナは一瞬で俺に辿り着く。
くそっ! あと一日で何事もなく終わったのに。