26.人材発掘
「税?」
謁見の広間、ミミスから受けた報告の一つが引っかかった。
ここ最近になって、ミミスも俺との付き合いかたが分かってきたのか、報告のやり方が前と変わってきてる。
基本は概要だけ、俺が食いついた事だけを詳しく説明する。
今も俺が「税」っていう言葉に食いついたから、改めて別の家臣から資料を受け取って、それに目を通しながら詳しい説明を始めた。
「シロメロ、という村なのですが、ここ最近になって税の支払いをのらりくらりとかわすようになりましてな」
「なんか理由があるのか?」
「特にこれといって、強いていえば村長が代替わりした事くらいですかな」
「なるほど」
俺がそう言ったきり、深く突っ込まない事をみて、ミミスは何も言わず次の報告にうつった。
税、か。
☆
一日分の執務が終わった後、俺はピンドスの街に繰り出した。
賑わっているピンドスの街を歩きながら、頭の中ではシロメロの事を考えていた。
ミミスの話を聞いた瞬間、何かに使えそうな気がしたんだ。
放蕩領主といえば、多くの場合、税の取り立てで失敗しているのは過去の歴史で知っている。
俺の目的はそこそこにヘイトを買って、領主から自然に追い落とされる事。
税をまともに払わないシロメロをうまく利用出来ないもんかな、と思いながら歩いていた。
「……放置が一番無難か?」
税の取り立ても出来ない領主、それはそれで無能な烙印を押される。
特に何かするまでもなく、放置するだけでもいいのかもしれない。
「バカかてめえは!」
いかにもガラの悪い怒号と、何かで殴った音が聞こえてきた。
周りにいる通行人は一斉にぎょっとしたが、声がする方角をちらっと見ただけで、誰もが我関せずって感じでそそくさに立ち去った。
何事なんだろう、と、俺は逆に声の方に向かって行った。
すると、路地裏でチンピラ――いやヤクザな商売をしてる連中の姿を見つけた。
数は5、そのうち一人が明らかに親分だか兄貴だか、そういう立場の男だ。
そいつは怒ってる顔で、五人の内一番気弱そうな男の横っ面を張った。
「なんださっきのあの取り立ては、てめえ素人か!」
「す、すいません! で、でもそっちの方がいいって思――」
「ああん? でも? なんだでもってのは、てめえ俺が間違ってるっていいてえのか?」
「――っ! そ、そんな事ないダス――」
弁明しかけたところで、気弱そうな男はまた親分の男に頬を張られた。
張られた勢いでよろめいて、壁に頭をぶつける。
ぶつかったところを押さえてうずくまった。
「まったく、とんだ使えねえ能なしだ。行くぞおめえら」
「「「へい!」」」
親分はそう吐き捨てて、他の子分を連れて立ち去った。
残された気弱そうな男。
この置いていかれ方、事実上見限った、見捨てられた。という感じがする。
「あはは……オラ……やっぱりダメダメだ……」
気弱そうな男は地面にへたり込んだまま、気落ちしていた。
本人もそれを感づいているようだ。
思うところがあって、俺は、男に近づいて声をかけた。
☆
近くの飯屋に入って、二人向き合って座る。
「あ、あの……おらに何の用ダスか?」
「頼みたい事がある。ああその前に、俺はヘルメス・カノー。お前の名前は」
「おらはナッソス……へ? カ、カノー……?」
俺の名前を聞いて、ナッソスと名乗った男は一瞬キョトンとなってから。
「えええええ!?」
と、椅子をひっくり返して、転げて地面に尻餅をつくほどびっくりした。
「か、か、かか……」
「かか?」
「かかカノー様って、もしかして領主様ダスか!?」
「ああ、そうだ」
「えええええ!?」
「そう驚くな。それよりもちゃんと座れよ。お前に頼みたい事があるんだ」
「は、はあ……」
ナッソスは椅子を起こして、おっかなびっくりな感で座り直した。
俺が領主と聞いて怯えてるのか、尻は椅子に半分しかつけてない、見るからに居心地の悪そう座り方をしてる。
まあいい、それよりもこっちの話だ。
「まず確認、お前は借金取りをやってたのか?」
「え、ええ……でも、おらなんか落ちこぼれで。さっきも兄貴に叱られてたダス……」
「ふむ」
俺が目撃した現場ってやっぱりそうか。
借金取りの一味、それで取り立てに行ってたんだけど、このナッソスという気弱な男がなにか失敗やらかしてお仕置き喰らってたんだな。
それも。
「おらはダメダス……」
「そうなのか?」
「はいダス、昔からみんなおらのことをそういうダス……」
「なるほどな」
どうやら、普段からそうみたいだ。
いける。
彼を使えば失敗出来る。
「なあナッソス、お前を見込んで頼みたいことがある」
「オラに?」
「ああそうだ。シロメロって村がある、そこの税の支払いが滞ってる、それを取り立ててきてくれないか」
「え?」
「やってきたら五分――いや一割をお前の取り分にしてやる」
「えええええ!?」
ものすごくびっくりするナッソス。
別におかしい話じゃない。
今も貴族の中には、部下じゃない商人とか、取り立ての専門家に税の取り立てを外注するやつはいる。
聞いた話だと何人かに入札をやらせて、「一番多く納めさせる」ってのに任せるやり方もあるらしい。
それを俺がナッソスにやらせようとしてる。
俺の見立てが間違ってなければ、こいつは失敗する。
そして失敗すれば頼んだ俺の責任になる。
規模がちょうどいい。
シロメロという村の税の取り立てで一回失敗してもカノー家そのものが揺らぐ程のダメージにはならない。
そこそこに失敗して、そこそこに俺の評価を下げられるってわけだ。
「で、でもおら……」
「お前なら出来る」
「え?」
俺は押すことにした。
ナッソスほど、失敗がはっきり見えるヤツは珍しい。
ここはおだてて、やる気になってもらわないと。
「おら……出来るダスか?」
「ああ、お前なら出来る。俺はそう信じてる」
「おらを信じる……?」
「というか見込んでる、お前の力を」
マイナスな意味で――ってのは言わなかった。
目を見開かせるナッソス。
驚愕したと思ったら、次の瞬間からだがわなわなと震えだした。
挙げ句の果てに泣き出した!
「お、おら……そこまで言われたのは生まれて初めてダス」
「そうなのか?」
「兄貴も、おっとうもおっかあも、おらの事ダメだって言われ続けてきたダス。そんなおらを……そんなおらを……」
ナッソスは涙を手の甲でぬぐって、キッ、と言う顔で俺を見つめてきた。
「やるダス! おら、ヘルメス様のために命を賭けるダス!」
「そう来なくっちゃ!」
うまく乗せることが出来たと、俺は心の中でしめしめと思ったのだった。
ちなみにやり方の指示はしなかった。
俺が何かやり方を指示して成功する――それだと今までのパターンだ。
全部、ナッソスに任せる。
俺は失敗を予想して、いけると確信した。
☆
半月後、謁見の広間。
「……へ?」
俺は、ミミスの報告に絶句した。
「むぅ、こうなるとさすが御当主と言わざるを得ますまいな。我々では到底、それを思いつけなかったのですからな」
「いや待て、ほめるのは後にして――いやほめるのも無しで」
俺は混乱していた。
執務の時間、朝一で謁見の間に入ってきたミミスは何って言った?
「シロメロの税金、取ってきた、のか?」
「きっかり全額」
「だれが?」
「ナッソスという若者が。ご当主が命じたと本人は言っておるのですが?」
違うのか? って顔をするミミスに。
「それは、そうだけど」
え? どういうこと?
ちゃんと税を取ってきたってこと?
失敗するはずじゃなかったのかナッソス。
俺、なにか間違ったことやっちゃった?
そんな俺の混乱を、まるで説明するかのようにミミスが。
「いやはや一見して気弱そうな若者だが、あれはほめれば伸びるタイプですな」
「え?」
ほめたら……伸びる?
「しかも聞くところによれば今までろくすっぽほめられた事がないとか。それなのに見いだしてくれたご当主様に恩義を感じているとか。それで死に物狂いでやったのですな」
「……」
「さすがですなご当主。いやはやご教示願いたいところですな。生涯ろくずっぽほめられなかった――すなわち誰も気づかなかった男の才覚をどうやって見いだしたのか、その秘訣を」
「……うそーん」
俺はますますポカーンとなった。
ナッソスの活躍で、それを取り立てた俺の評価が、家臣の中で上がってしまった。
しかも。
「統治者としてもっとも大事な能力ですな」
一番あげちゃいけない所が上がってしまったらしい。