25.それでも俺はやってない
「なあ、どうしてまたこの街にいるんだ?」
「そなたは何故、実力をひた隠そうとする」
ピンドスの街、観劇の酒場。
前と同じ席で、俺はリナと同席していた。
「質問を質問で返すなよ」
「私の質問の方が遙かに先なのだと記憶しているが」
「むっ」
最初の監察の時のことか。
確かにあの時から彼女はずっと同じ疑問を俺にぶつけている。
「まあよい。私がここにいる理由は簡単だ。そなたがなぜそこまで実力をひた隠しにするのか、それを知るためよ」
「……別に隠してるとかじゃない」
「うむ、分かっている」
くっ、あしらわれた。
リナは王族らしく鷹揚に返事をしたが、実際のニュアンスは「はいはい分かってる」ってのに近い。
多分この世で姉さんに次いで、俺の実力にあたりをつけてるのがこのリナだ。
彼女が「はいはい分かってる」ってなるのも分かる。
分かるけど、だからといって「実は――」って言い出す訳にもいかない。
特に今は。公衆の面前で言い出す訳にはいかない。
だから俺は黙った、黙殺した。
「……ふぅ」
リナは顔を舞台に向けたまま、ちらっと横目で俺を見て。
やれやれって感じでため息をついた。
「はいはい分かってる」の次は、「やれやれいつ素直になるんだか」って言われた、そんな気がした。
☆
「スライムの暴走」
翌日、謁見の広間。
いつもの様にミミス以下家臣団から適当に報告を聞いて執務をしていたが、何となく引っかかるキーワードが耳に入った。
スライム――スライムロード。
俺が前に倒したモンスターの同族って事で、話が気になった。
それはある意味正解だった。
ミミスが更に報告を続けた。
「はっ、ご当主が以前スライムロードを討伐されて以来、カノー家の領内におけるスライムは一時静かになっておったのですが」
「それが暴走したってのか?」
「統率する王を無くし、求心力を失った結果ですな」
「なるほど」
「どうなされますか」
ミミスが聞いてきた。
俺が珍しく聞き流したりしないで、詳細を問うたから、予定したやり方じゃなくて俺の判断を仰いできた。
「暴走っていっても、ただのスライムだろう?」
「はっ、数こそ少し多いようですが、スライムの域を出ておりませんな」
「だったら任せる」
「御意」
☆
「……」
午後、執務が終わった後、俺は庭でくつろいでいた――が。
頭の中はミミスが報告した、スライムの暴走がこびりついていた。
なんというか、虫の知らせみたいな物だ。
勘、とも言うかもしれない。
この件、何か普通じゃない事が起きそうな気がする。
俺の勘がそうささやいてる。
何も俺に関係のないことだったら気にはしなかったが、ちょっと前にスライムロードを俺が倒してしまってる。
それが巡り巡って何かがおきるんじゃないか? って感じがする。
「……仕方ない」
もしも本当に俺のせいで何かがおきるってんなら見過ごせないな。
☆
エーゲ草原。
前にスライムロードを倒した所に、俺はやってきた。
こっそりと、一人できた。
誰にも知らせずに、単身で。
もしも何かをする時に見られるのは避けたいからだ。
もっとも、見られなくても痕跡でばれるのだが、それでも念の為に一人で来た。
草原をしばらく歩き、報告にあった暴走したスライムのいる場所に向かって行く。
「おー、わらわらいるな」
しばらく歩いてると、食料に群がってるスライムの群れを見つけた。
数だけで言えば、前にスライムロードを倒した時の倍はいる。
が、全部がただのスライムだった。
「……本当だよな」
念の為に。
念には念を入れて観察してみた。
うん、やっぱりそうだ。
ここにいるのは全部、ただのスライム。
民が遠ざけるために差し出した食料に本能のまま群がってる、ただの、最弱のモンスタースライムだ。
しかも。
「あれ……共食いか?」
よく見たら、スライムの数が多すぎて、食料が足りないせいか、一部ではスライムとスライムが戦って、勝ったスライムが負けたスライムを取り込んで――くっている。
それのせいもあって、スライムは徐々に数が減っていった。
ただでさえ最弱のスライム、しかも自滅中と来た。
ますます俺が出るまでもないな。
俺は安心して、何もしないまま、エーゲ草原から立ち去ったのだった。
☆
次の日、劇場の中。
何故かまた同席してきたリナ。
「聞いたよ、話を」
「何の事だ?」
「スライムを討伐したそうだな」
「え? いやいや、やってないぞ俺は」
俺は自信を持って答えた。
そう、なにもやってない。
俺は見に行っただけでなにも――。
「現地でそなたの姿を目撃した情報がある」
「むっ」
見られてたのか。
いやでも、問題ない。
今回のは自信を持って言える。
「俺は何もしてない」
「……はあ」
リナはため息をついた。
聞いた事のあるため息だ。
「分かってる、そういう事にしたいのだな」
「え? いやいやいや」
リナはどうやら盛大に勘違いしてるみたいだ。
「本当に何もしてないんだ、信じてくれ」
「そなたはいつもそうだ。私にくらい隠さずとも良いと思うのだがな」
「いやいや、だから本当にやってないって」
俺は焦った。
リナは信じ切っている、思い込んでいる。
暴走してスライムをやったのが俺だって。
その反応は前と同じ、「はいはいわかってる」って反応だ。
「しかし、そなたの念の入りようには恐れ入るよ」
「念の入りよう?」
「痕跡がまったく無かった」
それはだって本当になにもしてないからなんだが。
「念入りに痕跡まで消していくとはな。スライム相手に、そこまで貫き通せば感心すらする」
「本当に違うんだって」
「……ふぅ」
また、ため息だ。
「はいはい分かってる」の先になる、「やれやれいつ素直になるんだか」の、あきれたため息。
「まあ、事実は事実、一応ほめておく。些細なことでも自ら出て行く、貴族として、領主として模範的な姿だ」
ほめられた。
リナの目は呆れながらも、「俺がやったこと」そのものに対して好意的な色をのぞかせていた。
「本当に俺はなにもしてないんだって」
抗弁したが、リナはいよいよ
「はいはい、わかっているよ」
と、言葉に出した俺をあしらったのだった。




