24.裸を見た代償
朝から降り続ける雨の音に誘われて、自分の部屋でうとうとしていた。
安楽椅子に寝っ転がり、雨の音の不思議な魔力に身を委ねていたら、
「ご当主様、失礼いたします」
ノックとともに、屋敷のメイドの声が聞こえた。
「ふわあ……なんだ?」
涙がにじむほどの大あくびをしつつ、聞き返す。
部屋に入って来た若いメイドが報告した。
「リナ・ミ・アイギナ殿下がお越しになられてます」
「リナが? なんの用だ?」
「さあ……私には……」
メイドは眉をひそめ、困り顔をした。
まあ、一介のメイドが王族に「何しに来た」なんて聞けるはずもないか。
にしてもリナ、本当に何しに来たんだろう。
長時間うとうとしてたから、頭がまわらん。
まあいい、本人に聞けばすむ事だ。
「どこにいる?」
「はい、今はひとまず廊下の突き当たりの客間にて――」
「客間だな」
居場所を聞いた俺は、ドア前のメイドの横を通って部屋を出た。
廊下に出て、一直線に教えてもらった突き当たりの客間に向かう。
にしても……なんで客間なんだ?
客が来た時に通すのは応接間だろうに。
これもなんかあるのか?
「ふわあ……まいっか」
歩きながら伸びをする、やっぱり今一つ頭が動いてない。
雨の音はするのに、世界は静寂と言ってもいい程止まってるように感じる。
雨の日の特性で、頭がますます働かない。
件の客間に辿り着いた。
ドアノブに手をかける――あれ、鍵が掛かってるぞ?
何で鍵が? 客なのに?
わからん、間違えたのか?
まあいい、この程度の鍵適当に――。
ノブをひねって、鍵を無理矢理こじ開けて、中に入る。
「……え?」
「………………」
回らない頭が更に回らなくなった、いやフリーズした。
頭も、そして体も固まってしまった。
だが俺以上に、相手も固まっていた。
リナ・ミ・アイギナ。
彼女は何故か、全裸で部屋の中にいた。
服を脱ぎ捨てて、新しい服を取って。
濡れた髪から一滴、ぽたり、と地面におちた。
止まった時間が動き出す。
絹を裂く悲鳴が屋敷に響き渡った。
☆
客間の中、俺とリナの二人っきり。
リナは濡れた服から乾いた服に着替えて、椅子に座って冷たい顔をしている。
一方の俺はと言えば、着替え中の彼女の全裸を見てしまった罪悪感から、椅子から数メートル離れた床で正座していた。
「見たの?」
「え? いやそれは……」
「見たのだな、はっきりと」
「……はい」
肩を落とし、小さくなってしまう俺。
あそこまでガッツリ見てしまって、目もあってしまったんだ、見てないなんていい訳は一切通用しない。
「はあ……」
リナはものすごいため息をついた。
「困ったな」
「こま、った?」
「未婚の王族、特に女の王族は貞節を重んじるもの」
そ、そりゃそうだ。
「夫となる男以外に肌を見せてはならない。夫であっても閨以外ではみだりに見せてはならない」
「み、見てしまったらどうなるんでせうか」
「相手を殺すしかない」
「なっ!」
リナはじっと俺を見つめた。
何かを考えた様な顔をした後、更に言う。
「問題はここから」
「え、更に?」
「相手が庶民ならそのまま無礼打ちすれば良いのだが、そなたは貴族、れっきとした我がアイギナ王国の男爵。殺すには、子細を陛下に報告しなければいけない」
「なっ!」
またまた絶句する俺。
が、筋は通ってる。
「そうなると、間違いなくカノー家お取り潰しになる」
「や、やめてくれそれは!」
さすがにそれはまずい、非常にまずい。
当主なんてまっぴらごめんだが、かといって家をつぶしたいとかそういうのはない。
何せ俺の理想は家をそのまま姉さんに渡すことだ。
で、俺がのんびりと悠々自適な生活に戻る事だ。
カノー家お取り潰しだけは何が何でも避けねばいけない。
「頼む! なんでもするから」
「うん?」
リナは小首を傾げ、ちょっと和らいだ眉で俺を見た。
これは脈ありか?
「今、なんでもすると言った?」
「あ、ああ。なんでもする。だから報告はやめてくれ」
「じゃあ私の頼みを聞いてくれる?」
「頼み?」
「そもそも、そなたに頼みごとをしに来た」
「何でも言ってくれ、俺に出来る事なら」
リナはふっ、と微笑んだ。
表情が和らいだ、これならいけるぞ。
「野良の悪魔、サンドロスというのが近頃また暴れ出している。私は陛下にその討伐を命じられた。だが、私の子飼いではそれに打ち勝つのは不可能。だからーー」
「そのサンドロスというのを倒せばいいんだな! どこにいる」
「ここにいる」
リナが四つ折りの紙を取り出した、受け取って開いてみると、地図にバッテンのついた物だった。
そう遠くない、日帰りでいける。
「まずは移動に三日ほどかかるが、足は用意してある――」
「行ってくる」
善は急げ、いや泥縄だからこそ最速作らにゃならん。
俺は屋敷を飛び出して、気合で降ってくる雨をフッ飛ばしつつ、全力で地図の場所に向かって駆けていった。
☆
「ヘルメス・カノー男爵。サンドロス討伐の任、大儀であった」
屋敷の謁見の広間、王国からの使者が延々と皇帝陛下のお褒めの言葉を並べていた。
形式張った修飾の辞令を抜いても、まだまだ全然長くて。
よほどメチャクチャ気に入られて、ほめられてるのが分かる。
本当にものすごいほめようだ。
リナに無条件で協力した俺を王国一の忠臣だとか、その働きは全貴族の模範となるべきだとか。
そういうのが延々と並べられている。
しまいには、
「王国の至宝と言っても差し支えないだろう」
とまで言われた。
使者が国王の代弁をしているあいだ、一緒についてきたリナはずっと使者の横で黙っていた。
30分にもわたる褒め言葉を伝えたあと、任務を果たした使者は謁見の広間から出て行った。
俺は他の家臣や兵士を下がらせ、リナと二人っきりになった。
「どういうことなんだ、なんで国王陛下に言った」
「何を言ってる。討伐というのは、痕跡で誰がやったのかまで分かる。スライムロードの時そうだったであろう?」
「……あっ」
「その時にそなたの力の痕跡は王国に伝わっている。そなたがサンドロスを討伐したのは検証すればすぐにわかる」
「そ、それはそうだが……そうだ! だったら別にあんなの付け加える必要無かっただろ?」
「あれ?」
「俺が無条件で協力したとかなんとか」
あれもすごい持ち上げだ、しかもこっちは事実無根!
「はあ……」
リナは呆れて、大きなため息をついた。
「ああ言うしかなかった。そなたが私の裸身を見たから力を貸した、と言えないだろう?」
「うっ……」
リナの言うとおり、俺がリナの裸をみて、口止めの条件に手を貸した事を言えない以上、ああいうしかなかった。
「ぐぬぬぬ……」
パニックになってリナの口止めをした結果。
俺はまた一つ、王国内での名声を上げてしまったのだった。