23.記憶喪失で不可抗力
「ちょっといいですかヘルメス――って、それは何?」
書斎に入ってきた姉さん、俺が持って眺めている小瓶に眉をひそめた。
「ビンに丸薬……まさかまた媚薬の類ですか?」
「いやちがう。これは記憶を消す薬だ」
「記憶を消す薬?」
姉さんはゆっくりと俺の前に来て、ますます不思議そうな顔で小瓶をのぞき込んだ。
「ああ。昨日、うっかりやってしまって、使用人達に色々ばれそうになってしまってさ、それを消すための薬――」
「そーい!」
姉さんは俺の手から小瓶を奪い取って、クイックなフォームで窓の外に投げ捨てた。
「もう! またそういう事をする、まったく、あなたって人は!」
姉さんはプリプリしながら、俺の書斎から立ち去った。
……計算通り。
俺は机の引き出しからもう一つの小瓶を取り出した。
さっきのと同じように、ビンの中に丸薬が入っている。
それを一粒取りだして、手のひらの上で転がす。
姉さんがそうするのはわかり切ってる。
だからダミーの偽物を用意した。
姉さんに投げ捨てられても大丈夫なように。
しかし、取り寄せたはいいものの、これはどれくらいの効果があるのだろうか。
念の為に一つ試してみるか?
「……なんてな」
「もう、ヘルメスが変なものをもってるから大事な事を忘れたじゃありませんか」
姉さんが戻ってきた――ごっくん。
「……あっ」
やってみようと口元に運んでいた丸薬、姉さんの再登場でちょっと焦って、思わずそのまま呑み込んでしまった。
まず、これ確か即効性――。
☆
「ヘルメス? どうしたのというのですかヘルメス」
目の前にすごく綺麗な女の人がいた。
怜悧な美貌に上品なドレス。物語に出てくるお姫様そのものの様な見た目の人だ。
それはいいんだけど、それより。
「ここはどこ? 僕はだれ?」
「え?」
「お姉さんは、何者?」
「ちょ、ちょっとヘルメス? 何をふざけているのですか」
「ふざけてなんか無いよ。本当に何もわからないんだ」
「えっ……あっ、このビン」
お姫様は僕の前の机の上にある小さなビンを手にとった。
なんかの薬が入ってるビンだ。
「これって……まさかこれを飲んだのですか?」
「え? うーん、ごめん、それも分からない。本当に何もわからないんだ。あっ、でも」
「でも?」
「体の中で何か薬が作用してるのは感じる」
「分かるのですね?」
「うん。あっでももうそろそろ全部代謝しちゃいそう」
「代謝……? 効き目がなくなるってことですか?」
「うん。あと一時間? もっと短いかな」
「……チャーンス」
気のせいか、お姫様の目がキラン、と光ったように見えた。
そうしたあと、彼女は僕の手をとって、真っ正面から見つめて来た。
「話を聞いてヘルメス」
「僕ヘルメスっていうの?」
「それは後。今はまず私の話を聞いて」
「う、うん」
なんだかすごい剣幕だ、気圧されそうになる。
「私はあなたの娘――ええいややっこしい! 誰ですかこんな状況にしたのは!」
憤慨するお姫様。
一人でノリツッコミみたいな事をした。
「そうじゃなくて、私はあなたの姉。すぐには信じてもらえないかもしれない――」
「ううん、信じるよ」
「――けどって、え?」
戸惑うお姫様――いや僕の姉さん。
僕は彼女の手をそっと握りかえして。
「わかるよ、この手の温もり、僕は知っている気がする。僕の――大事な物のきがする」
「そ、そう」
ドキン。
ふと、そんな声が聞こえて、それとともに姉さんの顔が真っ赤になった。
「姉さん大丈夫? 今ドキンって胸の音が聞こえたけど」
「ドキン――ッ、そ、空耳ですそんなの! そんな声は出してません」
「出したよ。僕は耳がすごくいい方みたい、ほら、今もこの建物の反対側で犬があくびしてるみたい」
「そ・ら・み・み。です」
姉さんの顔が迫ってきた、ものすごい剣幕でそう言った。
「う、うん。空耳、だね」
「それよりもヘルメス、あなたにして欲しい、ううん、助けて欲しいことがあるの」「僕に? でも僕が姉さんを助けられる事なんてあるかな」
「ヘルメスは男の子、私は女の子。いくらでもあるでしょ」
「そりゃそっか」
姉さんの手の温もりに母性を感じちゃったからやれる事はないって思ってしまったけど、姉さんの言うとおり、僕が男で姉さんは女だ。
やれる事はいくらでもある。
「どうすればいいの?」
「ついてきて」
「うん」
姉さんに手をつながれたまま部屋から連れ出される。
どうやら結構すごい屋敷みたいで、廊下は天井が高くて絨毯もふかふかだ。
その廊下を一気に駆け抜けて、やっぱり屋敷だった建物の外に出て、一直線に敷地外に向かっていく。
その時。
「うっ……」
「どうしたのヘルメス」
「あ、頭が痛い」
「頭?」
「割れそうに痛いよ姉さん……なんか、思い出しそう」
「はやいですよ、もう時間がないって言うの? ……ヘルメスの力ならそうなります」
姉さんが何かぶつぶつつぶやいてるが、僕の耳には入ってこなかった。
頭が割れるように痛くて、視界もぼやけてまともにものも見えない。
「急ぐわよ」
「う、うん」
姉さんに手をつながれて、とにかく走る。
周りの音が多くなってきた、うるさくて頭が割れそうに痛い。
「ついたわ。やっぱりギルドも手を出せないのね」
「ね、姉さん……」
「ヘルメス、これを持って。あれを倒してきて」
姉さんに何かを手渡されて、背中を押して前に出される。
次の瞬間、何かが飛んで来た。
いっぱいいっぱい、飛んで来た。
ものすごい音の数、羽音だ。
それでますます頭痛がひどくなって。
「ぶんぶんぶんぶんうるさい!」
頭痛がひどくて力がほとんど入らないけど、とりあえず俺は剣を振るった。
☆
ちょっと寝ていた気がする。
中途半端な昼寝をした時の様な、頭がすっきりしないそんな気分。
なんで昼寝なんかしたんだ? ってすっきりしない頭のまま記憶を辿ろうとすると。
「「「おおおおお!!!」」」
「うぉっ!」
突然、耳をつんざく大歓声が聞こえてきた。
周りを見る、街中にいた。
周りはものすごい大観衆で、何故か俺に向かって歓声を上げている。
一方で俺はと言えば――
「……剣? それに……ハチ?」
何故か剣を持ってて、足元には拳と同じくらいの、メタリックなハチの死骸が大量に落ちている。
そして、地中に半分埋まってる蜂の巣っぽいのが近くにある。
「すげえ、一瞬であのメタルビーを全部倒したぜ」
「まるで暴風だったわ」
「ただのボンクラだって思ったけどあんなにすごかったのか」
なんというか、もしかして。
「俺、また何かやっちゃってた?」




