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21.世間一般的な父親

「これで良し」


 屋敷の中で作らせた新しい書斎の出来映えに俺は満足していた。

 内装は最新のトレンドで、とにかく「流行ってる」感じで仕上げてもらった。


 それとは別に、書斎だからって事で、本をたくさん入れた。

 とにかく入れまくって、壁一面の本棚に入りきらずに机の上にまで山積みになってる、そんな状況。


 俺がイメージした「文化人を気取りたいだけ」の書斎そのままだ。


「ヘルメス、こんな所にいたのですか」

「姉さん」


 振り向く、姉さんが入り口の向こうに見えた。

 いつものドレス姿の姉さんはしずしずと入って来て、中を見回す。


「まさかヘルメスが書斎を作るなんて思いもしなかったですよ」

「そう?」

「哲学、建築学、魔導工学……博物学者にでもなるのですか?」


 姉さんは本棚にある背表紙を一つずつ見て行って、不思議そうに聞いてきた。

 博物学者ってのは別名万能学者。

 学問が専門化された今はもういないが、昔の天才がなんでも出来た時代に存在した呼び名だ。


 今はもう存在しない人種だが……暗に「ヘルメスなら出来る」って言われてる気がする。

 姉さんは特に俺の事を買ってるからなあ。


「いや、そんなことはない」

「だったらどうしてこれほどの本を……?」


 姉さんは不思議がりながら、一冊の本を手にとった。

 表紙に『オリビア伝説』と書かれている、かつての竜王の事を記した、れっきとした第一級史料だ。


 ただし、表紙だけは。

 それをパラパラめくった姉さんは。


「何ですかこれは!」


 と、いきなり怒りだした。


「どれどれ? ああこれは年度別オルティアの写真集。過去三十年で毎年のベストオブオルティアを載せたやつなんだ。全員美女なんだけどやっぱり時代ごとの美女の違いってあるよな――」

「そーい!」


 姉さんは窓を開け放って、豪快なフォームで本を外に投げ捨てた。

 歴代のオルティア達は星になってしまった。


「なんですかあれは!」

「知りあいから聞いたんだよ、こういう写真集を隠す時表紙をすげ替えると良いって」

「思春期の子供ですかあなたは!」

「けど面白いだろ」

「面白くありませ――まさか他のも?」


 姉さんはハッとして、眉をひそめた。

 俺は机の上に積まれている本を適当に一冊とって、パラパラめくって中身を確認してから。


「街にどら焼きっておかしが流行ってるの知ってるな姉さん。それと同じ遺跡で発掘した、ユウキって人が発明したらしい、ブルマっていう服だ。このビチビチなのとこのハミパンが――」

「そーい!」


 姉さんは俺の手から奪って、再び豪快なフォームで本を星にした。


「まったく、どうしてヘルメスはいつもこうなのですか」

「それより、姉さんは俺に何か用があったんじゃないのか?」


 さっき「こんな所にいたのか」って言ってた。

 この部屋の事を姉さんに突っ込まれたら全部の本が流星群になりかねないから、話をかえる事にした。


「……そうでした」


 姉さんはため息ついてから、ゆっくりと俺に近づいてきた。

 目の前にやってくると、そっと俺の手を取って。


「ありがとう、ヘルメス」

「へ?」


 さっきとはうってかわって、心からの「ありがとう」に俺はちょっと戸惑った。


「タラトスの事です」

「あ、ああ。その事か」

「本当にありがとう、二度も守ってくれて……」


 姉さんは俺の手を取ったまま、静かな喜びを見せた。

 さっき(そーい)とのギャップに戸惑った俺は。


「き、気にするな。そ、そう、父親として当たり前の事をしただけだ」


 思わず、いい訳じみた台詞を口にしてしまった。

 あまり良くない反応だ、照れてるように聞こえる。

 が、引っ込みがつかなかった。


「そう父親。お前の様なクズに娘をやれるか! ってやつだ」


 一気に言ってから、「あれこれ普通のことじゃね?」といい訳の自然さに気づいて、それを気に入った。

 姉さん相手にいい訳する必要が今更ない、ってのは気づけなかった。


「父親?」

「父親」

「そうですか、父親」


 姉さんはクスッと笑った。


「では弟父様(おとーとうさま)、これからもダメな求婚者から私を守って下さいね」

「ああ、わかった」


 言われなくてもそれはなんだかんだでするつもりだ。

 姉さんには、家臣団の謀反の時に備えて、カノー家に居続けてもらわないとな。


     ☆


 数日後、謁見の広間。

 一通りの執務が流れ作業で終わった後、ミミスが「そういえば」って感じで切り出した。


「例の件、布告は領内すべてに広めましたぞ」

「例の件? なんだそりゃ」


 心当たりはありすぎて分からない。

 毎日かなりの数の報告を聞いて、それを全部聞き流している。


 その中のどれかなら、何も覚えてないと胸を張って言える自信がある。


「それは――」

「師匠おおお! 私じゃだめだったよ!」


 パン! とドアを壁に叩きつけるくらいの勢いで開け放って、ミデアが飛び込んできた。

 いきなり俺の前に駆け込んできて泣きついた。


「どうした、だめって何が?」

「今日の挑戦者、私より強かったんだ!」

「挑戦者? なんじゃそら」


 なんの話かまったく見えないぞ。


「求婚しにきた挑戦者ですな」


 ミミスが代わりに答えた。


「は? 何それ」

「もしかしてご存じない? いやしかし、ソーラ様はご当主様に言われてとおっしゃってましたが……」

「いいから一から説明しろ」

「先ほどの例の件、でもあるのです。『娘と結婚したいやつは俺を倒してからにしろ』と、領内全て――いえ王国全土に通達いたしましたぞ」

「……は?」


 何それ、なんでそんなことになってるんだ?

 俺が困惑してるのを理解したのか、ミミスが更に説明する。


「ソーラ様が『ダメな求婚者から守ってくれる』とおっしゃっていたのだが……」

「あれかあああああ! 謀ったな姉さん!」


 あれなのか!? ってあれを領内――というか王国全土に広めたのか!

 姉さん!!!


「それで来たのザコばっかだから師匠の前に私がふるいをかけてた――ああっ! 挑戦者が入ってこようとしてる!」


 謁見の広間の窓にへばりついて、外を見て声を張り上げるミデア。

 というか知らない間に防波堤になってくれてたのか。


 俺も窓に向かい、外を見た。


「ちっ」


 一目でわかる、確かにミデアよりも強かった。

 しかも、雰囲気がある、装備にも特徴がある。


 アレはーー有名人だ。

 倒しちゃうと更に噂で広がるけど――やらざるを得ない状況。


 せめてぎりぎりの辛勝ってことにしようと。

 俺は相手の力と同じ程度に抑えて、地味に返り討ちにしてお帰り願った。

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