20.本気を出すに値しない
鉱夫達を先に帰して、俺はトリカラ山の中をぶらついた。
オリクトJrは倒したけど、一つ、大きな問題が残ってる。
俺しか気づかない、気づけない問題。
それは、今までオリクトJrを倒したのは誰か、という事だ。
オリクトJrを倒して、俺の功績だと噂を広めた人間。
ミデアではない。彼女は俺に心酔してて、俺=ナナスの名前を広めようとしてる。
ヘルメスがやった、と言うことにはしない。
ミデア以外の誰かだ。
「カノーの新当主は相当うかつと見える」
声に振り向く。
山の斜面、俺より高い所から見下ろしてくる一人の男。
鼻で笑って、顔が冷笑している。
「お前は……タラトス」
「やっぱり俺の事を知ってたか」
タラトスは冷笑の中に憎悪を滲ませつつ、俺を睨んだ。
タラトス。
前に姉さんに求婚してきた一人で、俺が「結婚と離婚を繰り返して成り上がってる」事を突き止めた男だ。
「噂を流したのはお前か?」
「そうだ、こうすればお前が自分で出てくると思ってな」
「オリクトを倒したのも?」
「その通り」
「なんでそんな事をする」
「なんで?」
ハッ、って感じでタラトスは鼻で笑った。
「おいしいんだ、今のカノー家は。俺様にとってはな。この顔と、この腕前に惚れない女なんていない。お前が邪魔さえしなければ、俺はあの女に気に入られて、結婚してカノー家を手に入れられたんだ」
「それを邪魔した俺が憎い、と?」
「そうだ、お前をここで消せば邪魔者はいなくなる。その後ゆっくりとお前の調査がでたらめだったと作り替えればいい」
なるほどなあ。
俺がため息をついてると、タラトスは剣を抜いた。
鞘走りの音が綺麗に聞こえる。本人が「この腕前」っていうだけある。
オリクトを倒したのもうなずける。
「観念してここで死ね。お前にもう希望はない」
「希望はない?」
「ふっ、剣を抜いてみろ」
勝ち誇ったタラトスの顔。
とりあえず言われた通り剣を抜いた。
抜きはなった瞬間、剣がボロボロに朽ちてしまった。
「不死身のオリクトJr、今まで倒した度に呪いをかけていたのよ」
「次に戦う相手の武器を破壊する呪いか」
「そのとおり。これでお前は丸腰だ。抵抗しないのなら痛みを感じさせずに逝かせてやってもいいぞ」
立ってる位置も上なら、投げかけてくる言葉もかなり上から目線だ。
調査である程度は分かっていたが、実際に会ってみると調査以上だって事に驚かされる。
久しぶりに見る清々しい程のクズだ。
「どのみちオリクトとの戦いで力は把握した、その程度の力でしゃしゃり出たのが間違いだったな。死ねえ!」
タラトスは小さく跳躍して、俺に斬りかかってきた。
頭上から振りかぶってくる唐竹割り、空気を引き裂いて襲ってくる斬撃を。
「……へっ?」
俺は、二本指でつまんで止めた。真剣白刃取り、の指バージョンだ。
そのまま手首をひねると、バキーン、と綺麗な音を立てて切っ先が折れた。
「くっ!」
タラトスは反応した、折れた剣を構えたまま後ろに飛び下がった。
折れた切っ先を投げる。
刃が空気を切り裂いて飛んでいく。
タラトスの折れた剣とぶつかって、キキキキキーン! と複数回の衝撃音が鳴った。
タラトスが着地した頃には、4分の3以上残ってた剣がバキバキに折れて、握ってる柄しか残っていなかった。
「ば、馬鹿な! こんなに強いとは。オリクトの時は本気じゃなかったって言うのか?」
「いいや、それは間違いだ」
「なんだと!?」
「今もまだ、本気を出してない」
「ば、化けも――」
タラトスは身を翻して逃げ出したが、逃がさない。
地面から適当なサイズの小石を拾って、指で弾いて飛ばし、やつに当てた。
駆け出した勢いと小石を背中から当てられた勢いで、タラトスは前方にすっ飛び、気を失って顔から地面に突っ込んだ。
ゆっくり近づいて、体をひっくり返して顔を上に向かせる。
どうしてやろうかなと思った。
こんなクズ、本気になるのも馬鹿らしい、手を汚すのもだ。
なんか適当にやるか……。
少し考えて、いいのを思いついた。
タラトスの額に手をかざす。
刑罰の一つで、罪人の顔に犯した罪を入れ墨で書き込むのがある。
それと同じように、俺はタラトスの額に入れ墨を入れた。
――俺は結婚詐欺師です。
と。
顔が自慢みたいだが、これでもう女をだませないだろう。
☆
「ねえねえヘルメスちゃん、あの噂って本当?」
「オリクトJrなら俺だけど?」
下弦の月を眺めながら、オルティアと美味しいお酒を飲んでいると、彼女が前と同じことを聞いてきたので、普通に答えた。
「そっちじゃないよ」
「うん? じゃあなんだ」
「タラトスって人、あれを懲らしめたの、オリクトを退治しにいったついでにヘルメスちゃんがやったって噂」
「ああ……」
そんな噂になってたのか。
まあ、あの夜俺はトリカラ山にいたし、その直後に入れ墨つきのタラトスが人目に触れればそういう連想にはなるか。
まあ、それは別にいっか。
姉さんとのいきさつもわかる人には分かるし、俺があの入れ墨を彫った、というのは悪評に持って行きようもある。
うん、それなら。
「まあ、俺がやった」
「そっかそっか。みんな噂してたんだよ。今まで手を出せなかったのをやっとやってくれた人がいてすっきりしたって」
「手が出せなかった?」
「うん、二つの理由があってね。一つはいいように利用されて捨てられた女達が悪く言わないのね」
「ハイレベルな詐欺師だなあ」
感心半分、呆れ半分で相づちをうった。
「もう一つはさ、手出し出来ないほど強かったからなのね」
「そんなに強いのか」
「うん! あの世代の五本指には入るくらいだって」
「……うそだろ?」
そんなに強いのかそいつ。
俺、知らなくてオルティアに「やった」と認めちまったぞ。
「それにさ」
「まだあるのか!?」
「その男が貴族の娘からだましとった名剣サイフォスが強いのなんの。鬼に金棒ってやつね」
「はあ? あれそんなに良い剣だったのか? 知らないで砕いちまったぞ」
「えええええ!?」
声を上げて叫ぶオルティア。
しまった、と思った。
「名剣サイフォスを砕いたって本当!?」
「い、いやそれは……」
「本当なんだ」
「いや違うぞ、そんな事はしてない」
「ヘルメスちゃん、嘘つく時鼻がヒクヒクするよ」
「――っ!」
パッと鼻を抑えた――のは失敗だった。
オルティアのそれが本当でも嘘でも、この行動だと認めてる様なもんだ。
俺は観念して、がっくりうなだれつつ、オルティアに頼んだ。
「一生のお願いだから、この話は他人に話さないでくれ」
「分かった、ここだけの話ね」
「……それは絶対嘘だろ」
俺にも分かる。
女の「ここだけの話」がここだけの話になったためしがない。
普通に「分かった」って言うだけなら付き合いの長さもあって安心したが、「ここだけの話」って言われると逆に絶望する。
一応口止めはしたが、無駄だった。
タラトスをやったのが俺だという噂が真実だと広まって、その上さらに名剣サイフォスを砕いたというオプションもついて。
俺を称える声があっちこっちから上がったのだった。