表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/167

19.噂の上書き

 夜、行きつけの娼館。

 オルティアに膝枕で耳掃除をしてもらいつつ、窓から見える小望月――明日満月になる月を眺めていた。


 柔らかいのといい香りなのと、風流なのを楽しんでいると。

 オルティアがふと、思い出したように聞いてきた。


「ねえねえヘルメスちゃん、あの噂って本当?」

「噂?」

「またまた、そこまでとぼけると逆に嘘くさいよ」


 ニヤニヤするオルティア。何が嘘くさいってんだ?


「街は今その噂で持ちっきりだから、さすがに知ってないとねえ」

「いや、本当に何の事なんだか」

「ほら、ヘルメスちゃんがオリクトJr(ジュニア)を退治してくれてるってあれ」

「はあ!?」


 びっくりしすぎて、オルティアの膝から飛び上がった。


「なんだそれ、どういう事なんだ?」

「あれ? もしかして本当になにも知らないの?」

「知らない、詳しく話を聞かせてくれ」

「それはいいけど……ほら、トリカラ鉱山って、最近ヘルメスちゃんが手を入れて、銀発掘の鉱山になったじゃない?」

「ああ」


 頷く俺。

 というかその一件にはオルティアも関わってる、協力してもらった。


「その鉱山にね、ちょっと前からオリクトJrって魔物がちょこちょこ出るようになったのね。で、みんなが迷惑してたんだけど、ある日退治されるようになったのね」

「されるようになった? 解決してない口ぶりだけど、複数いるのか?」

「不死身だって話だよ、倒しても再生するらしいの」

「なるほど」

「で、それをやってくれたのがヘルメスちゃんだ、って噂が。十字勲章の新しい領主様が不死身の魔物を剣一本で倒す、すごく格好いいって話だよ」

「なんてことを……」


 そんな噂初めて聞いたぞ。


 というか、迷惑にも程がある。

 不死身持ちとか、どう考えても強いモンスターだ。

 それを俺がやってるなんて噂……迷惑過ぎる。


 そんな噂、解いておかなきゃ。


     ☆


 次の日。

 ピンドスの街から20キロほど離れた、トリカラ鉱山。

 俺は一人でやってきて、鉱山の責任者に会った。


 鉱山の麓にある、役所の様な建物。

 そこで一人の男とソファーに座って向き合っている。

 男の名はゴーラス、いかにも鉱山の現場責任者といった感じの豪快でラフな、そんな感じの男だ。


「いやあ、まさか本当にあれ、領主様だったとはなあ」


 ゴーラスは上機嫌で笑った。


「まっ、俺も別にひけらかすつもりはなかったんだが、ここまで噂になってる以上な。いっそのことはっきりさせといた方がいいだろ」

「だな! 噂だけじゃみんな完全には安心しねえもんだ」


 豪快に、そしてフランクな口調で応じるゴーラス。


 俺はここにやってきて、彼に「今までのオリクトJrは俺がやった」と言った。

 するとゴーラスは「おおやっぱり!」となって、そこに俺が「証拠を見せる」と言って、今こうなってる。


「で、今日はそいつ出るのか?」

「わからねえ、今日は出て欲しくねえところなんだが」


 ゴーラスは困った顔で言った。

 よほど現場の人間から迷惑がられてるんだなその魔物ってのは。


「まあいい、出そうな場所を教えろ、俺が見回る」

「おう。これをみてくれ」


 ゴーラスは地図を俺たちの間にあるテーブルに広げた。

 このトリカラ鉱山の地図だ。


 その地図の上に、×がいくつもつけられている。


「山の東側に偏ってるな」

「その辺に巣か、それに近い何かがあると踏んでるんだ」

「なるほど、わかった、まずはそっちいってみる」

「あっ、領主様。一ついいかね」


 立ち上がって、部屋を出ようとした俺をゴーラスが呼び止めた。


「なんだ?」

「鉱山で働いてる連中の中に、領主様の噂に特にわくわくしてる連中がいるんだ。そいつらを見物人でいかせてもいいかね」

「……ああ、いいぞ」


 少しだけ考えて、俺は承諾した。

 むしろ渡りに船だ。



 トリカラ鉱山に来て、オリクトJr退治を申し出たのは理由がある。

 はっきりと証人がいる前で、退治に失敗したいからだ。


 噂では俺がやってる事になってる。

 それを解消するには、「噂に乗っかったけど実力が伴ってないバカ殿」を演じるしかない。

 噂を失敗で上書きするのだ。


 だから俺は実際にやってきて、退治を失敗するつもりでいる。

 つまり、見物人――しかも噂にわくわくして「俺」に期待してる人間が多ければ多いほどいい。



 俺は、野次馬達を連れて、負ける戦いに出かけることにした。


     ☆


 夜、トリカラ鉱山の中腹部。

 満月の下、ぞろぞろとこの鉱山で働いてる鉱夫達を引き連れて、オリクトJrの目撃情報があるポイントを探して回った。

 精錬魔法の使い手じゃなくて、鉱石を掘って運び出すまでをやる人間達。


 故に、全員が結構ごつくて、テンションも高かった。


「まさか本当に領主様がやってたとはな」

「それに実際に倒す所を見られるなんてなあ」

「今日は何があっても出て欲しくなかったけど、こうなったら是非とも出てもらわにゃな」


 地図につけられた×のポイントを周りながら、興奮してる連中の話に耳を傾ける。

 なるほど? 毎日出るって訳でもないのか。


 そりゃやっかいだ。

 連日ここに来るのはめんどくさいから、今日の巡回で、一発で出てくれる事を心の中で祈った。


 その祈りが通じたのか、魔物が現われた。


「うわあああ!」

「こ、こっちに出やがった」

「みんな散れ!」


 出たのは、俺の背後についてくる連中のところだった。

 満月の下、大岩のオバケみたいな魔物が鉱夫達を襲おうとしている。


 俺は剣を抜いた。

 噂では剣で倒してるって話だから、それを真似る必要があって、持ってきたのだ。


 剣を抜いて、飛び込んでオリクトに斬りかかろうとする、が――


「うわあああ!」

「クラウス!」


 鉱夫の一人が地面の凸凹に足を取られて、すっころんでしまった。

 しかも足がはまって、抜け出せそうにない。

 完全に一人だけ逃げ遅れた。


 そしてそいつにオリクトJrの攻撃が迫る。

 距離は――微妙すぎる。


 負けるために戦ってたら時間が延びて巻き込みかねない。


「ちっ!」


 俺は速度をあげて飛び込んだ。

 抜きはなったロングソード――一閃!


 さすがに硬い、って感じの手応えとともに魔物を両断。

 そいつはガラガラガラと崩れ落ちて、動かなくなった。


「……くっ」


 やってしまった。

 鉱夫が危険だったから助けようと思ったらつい倒してしまった。


 予定が完全に狂った。こんなはずじゃなかったのに。


 ……いや、ポジティブに考えよう。

 噂通りだ。

 もともと俺が倒してるって噂なんだ、それが本当になった。

 それだけの話だ。


 だが。


「すげえ、やっぱりすげえ」

「満月のそいつを倒すとか、実際に見られてよかったわ」

「ありがてえ、ありがてえ」


 拝む鉱夫も出た、なんか話がおかしい。

 鉱夫達の眼差し、尊敬の眼差しが出発前よりも強い気がする。

 ざわっ……なんだか悪い予感がした。


 俺は、一番近くにいるヤツに聞いた。


「満月のそいつってのはどういう意味なんだ?」

「あの化け物、月の満ち欠けで強さが変わるらしいんで」

「……へ?」

「満月だとマジやべえんで、飯場町一個丸ごとつぶされかねんから、ここにいるヤツは満月にでてほしくねえってみんな思ってたんだ」

「……」


 そういえば、ずっとそんな事いってたな。

 出て欲しくない、今日だけはでてほしくないって。


 それを俺は「いい加減出るな」って意味で捉えてたけど、「今日だけは出るな」って意味だったらしい。

 それを、倒してしまったって事は……。


 鉱夫達を見る、尊敬の眼差しがますます強くなる。


 俺は噂をより強い結果に上書きしちまったのかもしれない……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ