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01.無能どもの尻拭い

 ピンドス。

 カノー家の領地で、一番人口が多く、一番栄えてる街。


 それ故にカノー家の本拠とも言える屋敷がここにある。

 由緒正しい貴族カノー家だから、屋敷はかなり立派なもんだ。


 その立派な屋敷の更に立派な部屋、王宮の謁見の間を一回りシンプルにしたような部屋に俺はいた。


 立派な椅子に座ってて、向こうに男が十数人立っている。

 カノー家家臣団だ。


 その家臣団の中にミミスの姿がある。

 ミミスを含めた全員が、難しい顔で俺を見ている。


「あー、知っての通り、今日から俺がカノー家の当主になった。宜しく」


 ざわざわ。


 フランクな挨拶をしてみたら、家臣団からいかにも不機嫌な声と表情が返ってきた。


「そういう事はやめるのですよ、弟父様」


 ざわざわを抑えて前に出て、話しかけて来たのはソーラ。


 ちょっと前までは姉で、今は養女という不思議な関係の(ひと)


「おとーとうさまって聞こえる、珍妙な呼び方はやめてくれ姉さん」

「弟だったけど今はお父様、そのままの呼び名ではありませんか」

「だからといってくっつけないでくれ。今までのままで頼むよ」

「分かりました、今まで通りヘルメスと呼びます」


 姉さんは頷いた。

 そして、すぅ、と壁際に引っ込んでいった。


「姉さん、何も言わないの?」

「私はヘルメスの娘なのです、ここで発言できる様な立場ではありません」

「えー……」


 ずるくない? その使い分けはずるくない?


「恐れながら申し上げます」


 姉さんの返事をお墨付きにでもしたのか、今までだまって――いやざわざわしてたから黙ってもいなかったが。

 ミミスが一歩前に進み出て、挑戦的な目で言ってきた。


「ご当主様には、早速ですがして頂かねばならない仕事があります」

「面倒臭いな……なんだ?」

「現在、当家には借金があります」

「借金? どれくらいだ」

「金貨にして、およそ5万枚」

「……なんだってそんな大金を」


 俺は眉をひそめた。

 金貨五万枚と言えば、カノー家の領地から上がってくる年間の税収を上回る数字だぞ。


「トリカラ鉱山をご存じですか?」

「ああ、絶対に錆びないっていうトリカラ鋼の産地だろ? カノー家が持ってる、まあ打ち出の小槌だ」

「そのトリカラ鉱山の鉱脈が数年前からつきかけているのです。先代ミロス様はまだまだ埋蔵量はつきてないと、商人達から資金を調達して、更に開発を進めておりました」

「そのための借金ってことか」

「それを商人どもが返せと言ってきておるのです。ミロス様が身まかり、そのまま踏み倒されるのではないかというのが表向きの理由です」

「へえ」


 そんな事をしてたのかミロス兄さんは。


「で?」

「……」


 ミミスは「そんな事も分からないのか」という、更に見下しきった目を俺に向けてきた。

 やがてあきれかえった口調になって。


「今トリカラ鉱山を取られる訳に参りません。ご当主様には商人どもと交渉をして頂きます」


 いただきますってお前、ほぼ脅迫だろそれ。


 うん? よくよく考えたらこれってむしろ好都合じゃないのか?

 俺は姉さんを見た。


 今や俺の養女――娘である姉さん。

 姉さんにも俺にも子供はいない、というかカノー家直系の血筋はもう俺たち二人だけだ。


 更に家臣団を見た。

 上手く誘導すれば、こいつらが姉さんを担ぎ上げて俺を降ろそうとするお家騒動にもってけるんじゃないのか?


 子を担いで親を倒す、お家騒動の黄金パターンだ。


 となると……よし、まずは暴君をやってみよう。


「知らん、お前がやれ」

「何ですと?」

「命令だ」

「申し上げます、商人どもの圧はかなりの物です。ここは当主様に出て頂かねば収拾がつきません」

「やらないってのか?」

「当主様以外では力不足です」

「じゃあお前クビ」

「……は?」


 ミミスがきょとんとなって、他の家臣達がまたざわざわした。


「当主を担ぎ出す以外になにも出来ない無能だしクビにする」

「お、お待ちを、それはいくら何でも」

「うん? なんだ、当主は家臣の一人もクビに出来ないってのか」

「そ、そうは申しませんが」


 慌てるミミス、視線をさまよわせた結果、姉さんと目があった。


 姉さんはため息をついて、一歩前にでた。


「ヘルメス」

「なんだ姉さん」

「ミミスは長年カノー家に仕えてきたの。いきなりクビはやり過ぎではありませんか」

「うーん」


 悩むフリをした。

 姉さんが出てきたのは好都合だった。


 こいつが姉さんに恩義を感じるようになる都合のいいシチュエーション、利用しない理由はない。


「じゃあ謹慎、一週間くらい家に籠もって反省しろ」

「……」


 ミミスはなおも不満げだったが、姉さんが微かに頷いたので。


「ありがたき幸せ」


 といって、すごすごと部屋から出た。


 よし、いい感じに残った家臣どもも俺に不満の目を向けてきてるぞ。

 こういうのを繰り返そう。


 上手くやって、家臣団が姉さんを担ぐようにヘイトを稼いで行く。


 もう一つ何かをやってヘイト稼ぐか、と思って何か材料はないかと周りを見る。

 すると、部屋の向こう、入り口近くに何かが積み上げられてるのが見えた。


「あれは何だ?」

「件のトリカラ鉱山の鉱石ですよ」


 姉さんが代わりに答えた。

 なるほど、俺を責める、動かすための材料に持ってきたんだな?


 俺は椅子から立ち上がって、鉱石に向かって行く。


 直前に暴君っぽいのをやったばかりだから、家臣団は警戒してる目で道を空けた。


 積み上げられた鉱石の前に立ち、その一つを手にとる。


「……あほか」


 思わず声がでた。

 呆れた、ものすごく呆れた。


 もう一個鉱石を手にとった。


「ドがつく阿呆だ」


 また同じ悪態がでた。


「どうしたのですかヘルメス」


 姉さんが近づいて聞いてきた。

 振り向く、姉さんの向こうに家臣団を見る。

 家臣団達は遠巻きに成り行きを見守るモードだ。


 それがますます。


「お前ら全員アホか」


 という言葉に繋がった。


「一体どうしたというのですかヘルメス。さっきよりもだいぶ感情が入っていますよ?」

「これ」


 俺は鉱石二つ三つ手のひらに乗せて、両手で押しつぶすようにした。

 もちろん腕力じゃない、魔法をかけて。


 俺の手のひらからボロボロの石くずがこぼれ落ちた、鉄にもならない金属のくずも落ちた。

 しばらくして、手を開ける。


 そこに――。


「これは……銀?」

「ああ、銀だ」

「この中に銀が?」

「大量にな」


 家臣団がざわつく。

 驚きがほとんどのざわつきだ。


「手にとるように分かるぞ、どうせトリカラ鋼を作るやり方しか試してないんだろ? それで大量に銀があるって事にも気づいてない。お前ら全員無能だ」

「……なるほど」


 姉さんが鉱石を一つつまんで、マジマジと観察してから、鉱石の山に戻した。


「みても分からないわ」


 と、前置きをしてから、家臣団の連中に。


「今すぐ銀があるのかを調べて」

「「「は、はっ!」」」


 命じられた全員が、慌てて飛び出した。


 たちまち、部屋の中に俺と姉さんだけが残った。


「さすがね」

「え?」

「一瞬で銀が大量にあるのを見抜くなんてさすがといったのですよ」

「あっ……」


 やって、しもた……。


 あまりにも連中が無能なのが腹立って、ついついやってしまった。


「やっぱり私の目に狂いはなかった。ヘルメスは本気を出せばすごいんだと常々おもっていました」

「ほ、本気なんか出してない」


 ちょっと慌てた俺はそんな言葉を口走った。


 本当に本気は出してないが、この言い方だと。


「ええ、分かってるわ」


 姉さんの笑顔は、俺がますます深みにはまった。

 そう、言ってるような笑顔だった。

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[気になる点] >「当主様以外では役不足です」 「当主でなければ相手に嘗められる」の意味で書いたのでしょうが、役不足は、 「持っている実力に対し、役割の格が低い」 ……の意味ですよ。 上記の台詞だ…
[気になる点] 当主は既に死んでいるのに、前話で当主(兄)が呼んでいる? てっきり父親が生きてるものと思った。
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