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18.今日の事は絶対に言わない

 ピンドスの街、演劇をやってる店。


 正面に舞台がある。

 それと向かい合わせに、ほとんど酒場の様なスペースがある。


 その酒場で客は飲み食いしながら劇を楽しむという、ここ十年で流行りだしたスタイルの店だ。


 そこで適当につまみ食いしながら、イオという伝説の大魔道士の冒険譚を眺めていると。


「奇遇ね」


 同じテーブルの横に女が座ってきた。

 こういう店だと相席はすごく珍しいし、周りはまだ空いてる席があるから俺はびっくりした。


 なんで? って思って横を向くと更にびっくりした。


「あんた……じゃなくてあなた……」


 言い換えたのは、相手がそういう身分だからだ。


 リナ・ミ・アイギナ。


 ちょっと前に監察官としてやってきて、カノー家が属するアイギナ王国の王族の一人だ。

 そのリナが、何故かピンドスの街に出現している。


「作法は無用よ」

「……わかった」


 正体を隠したいって事か。

 王族だとばれると特別扱いされるからな。そういうのがいやなタイプもいる。

 特にこういう店、娯楽の場だとなおさら多い。


 俺は店員を呼んで、軽く料理を追加注文した。

 運ばれてくるまでの間、彼女の機嫌を伺う程度の感じで話しかけた。


「どうしてここに? また監察?」

「何をとぼけているの? 来週のあなたの就任の式典に来たのよ」

「……あぁ」


 苦笑いした。

 男爵家であるカノー家は、新当主就任にもそれなりの儀式をしなきゃいけない。

 上の兄さんが三人まとめて死んだ事もあって先延ばしにしてたのを、そろそろやるって事になった。


 形式的に王族や貴族に一通り招待状を出すのだが、普通は男爵程度の式典、使いの者に言葉と祝いの品を持ってこさせておしまいだ。

 それをリナ本人がきた。


「ありがとう」


 とりあえずお礼を言っといた。


 彼女は反応せず、何も喋らずに劇を眺めている。

 料理にも手をつけず、飲み物だけ唇を湿らす程度に留めている。


 寡黙で、基本物静かな人間なのかもしれない。


 ならばほっときたいところだが、そうもいかないのが難しいところ。


『いつかその底知れぬ器の大きさと、そなたの本気を見せてくれ』


 前の時、リナに言われた言葉を思い出した。

 彼女は気づいてる、俺が実力を隠してることに。


 そんな彼女とどう接していいのか迷う――なんて思っていると、向こうから切り出してきた。


「そなたは、いつ本気をだす?」


 ド直球をぶっ込んできた。

 なんの飾りもない剛速球だが、真っ直ぐ来てくれた分助かる。


「出さない」

「ずっとか?」

「ずっとだ」

「男爵以上の地位に興味は?」

「まったくないな」

「何か欲しいものは? 金か、女か? 王族随一の美女も欲しいならくれてやってもよい」


 リナは完全に俺を口説きにかかっている。

 金、女、権力。

 どれか一つだけで普通の人間がくらっとする様な好条件を、これでもかってくらい並べている。


「悪いけど」

「時期尚早か」

「時期の問題じゃないな」

「私は執念深い」


 参ったな、本当に執念深そうだ。

 とはいえ、前回もそうだったが。


 リナはこの場でどうこうするって雰囲気じゃない。

 気長に待つ、って雰囲気がある。


 そう言うのなら、まあ問題ない――


 ゴトッ。


 小さな音を立てて、何かがテーブルに落ちた。

 見ると、リナが持ち上げて唇を湿らせていたコップがテーブルの上に転がって、中身がぶちまけられている。


 コップを取り落としたリナはというと、片肘ついて、うつむき加減でプルプル震えている。


「おい、どうした!」

「さわぐ、な……いつもの事」


 そう話すリナ、しかし顔面蒼白だ。

 とても無事には見えないぞ。


「また、な……」


 リナはふらつきながらも立ち上がろうとする。

 このまま立ち去ろうってことなんだろうが、立ち上がれず、浮かせかけた尻が椅子に戻ってきた。


 立つ事すら困難なくらい苦しそうだ。


「病気か? 医者を連れてこようか」

「大丈夫……いつもの事」

「そうは見えん!」

「静か、に」


 人差し指を出して、俺の口を押さえるリナ。

 周りの人間は劇に夢中でこっちを見てない――がこれ以上騒げばそれも怪しい。

 注目を集めるような行動はやめろとリナは言っている。


 彼女は俺の唇から手を離すと、服をちょっとめくった。


 服とスカートの境目、ヘソの真横のあたりに、黒い人間の顔のようなものがあった。


「これは……」

「寄生の魔物よ、古い魔物だから名前は知らない」

「寄生」

「魂と肉体の両方に寄生して、延々と魔力と体力を吸い続ける。そういうもの。大丈夫、死にはしない。宿主が死ねばこいつも死ぬから」


 リナは紙の様な顔色をしているが、堪えてるだけで、確かになれてる感がする。


「……何でそんなものに」

「幼さ故の過ち、だ。城の宝物庫で遊んでいたら、呪いを持つ宝物の封をといてしまったの」

「なるほど」

「……くっ」


 さっきよりも苦しそうに呻くリナ。

 苦痛にも波があるみたいで、今のは一際大きい波だ。


「どうした!」

「私としたことが、苦しいせいでつい……誰にも、いうな」


 顔を上げて、キッと俺を睨む。

 かなり辛いのにもかかわらず、それ以上の目で俺を睨む。

 よほど恥ずかしいんだな。


 ……これなら言わん(、、、)か。


 リナを苦しめてるヤツを本で見たことがある。

 対処も、分かってる。


 俺はリナが取り落としたコップを手にとった。


 一割……でいいか。

 縁を持って、手のひらから垂らしたものでコップを満たして、リナに差し出した。


「誰にも言わない。それよりも水を飲め。少しは楽になる」

「……ん」


 よほど苦しいのか、リナは言われた通りコップから水を飲んだ。

 自力で持てなくて、俺が病人にしてやるように飲ませた。


 コップ半分の「水」を飲み干した後、リナの体から蒸気が立ちこめる。

 同時に、彼女のへそのあたりから何かが飛び出してきた。


 予想してた俺は、そいつを手ではたいて地面に落とし、踏みつける。

 煙草の火にする様に、そいつをもみ消した。


「……」


 リナは自分の両手をまじまじと見た。

 顔色がさっきと比べ物にならないほど良くなっている。

 というか普通の人の普通の状態だ。


 それを自分でも自覚しているから、いきなりの完治に驚いてるから自分の手を見ていた。


「どういう、ことなの?」

「そいつはパラシトスという魔物だ。人体に取り憑いて生かさず殺さす生体エネルギーを糧にする――ってのは長年体感してるあんたに改めて説明するまでもないことか」

「それに何をした。取り除けないと散々言われたのに」

「ああ、外から取り除く事は出来ない。そんな事をしたら魂が千切れる」

「なら」

「だが、向こうが自分から出て行くように仕向ける事はできる」


 俺はコップを取って、残った半分の「水」を見せた。

 一割程度の力を凝縮して作った、魔力を実体化した水。


「普段よりも高い濃度の魔力を一気に食わせればびっくりして出てくる。刺激物を大量に食べたら腹下すだろ」

「高濃度の魔力……魔力が具現化した?」


 俺が持ってる「水」を見て、驚愕するリナ。

 さて、彼女は助かったし、念押ししとくか。


「あんたのこれは黙っとくから、今日の俺の事も黙っといてくれ」

「……」


 リナは俺をじっと見つめた後。


「……分かった、リナ・ミ・アイギナの名にかけて。今日の事は誰にも言わない」

「おっ」


 瓢箪からコマかもしれない。

 言わないだろうと予想してたが、リナはその上更に自分の名に誓ってくれた。


 王族がそこまで言うのなら、大丈夫だな。


     ☆


 数日後、謁見の広間。

 王国から使者がやってきて、国王の勅命を俺の前で読みあげた。


「スライムロード討伐の功績を称え、ヘルメス・カノー男爵にクシフォス十字勲章を与えるものとする」

「……」


 俺はポカーン、となっていた。

 使者は随行の従者から豪華なトレイに乗せた勲章をトレイごと受け取って、俺に差し出す。


「カノー男爵、謹んで受けられよ」

「え? なんで? なんで勲章?」

「クシフォス十字勲章は王国のために戦った勇士に贈る名誉ある最上級の勲章。大いなる軍功をあげたものに授けるもの。本来スライムロード討伐程度では功績が足りぬ」

「だったら」

「ここだけの話なのだが」


 使者の声のトーンが落ちた、内緒話のつもりだ。


「監察官であったリナ殿下がどうしてもと陛下に頼み込んだという」

「……やられた」


 リナはあの件を誰にも言わなかった。

 代わりに、確かに俺がやったスライムロードの功績をごり押しして勲章を贈ってきた。


 はあ……まあしょうがない。

 スライムロードをやったのは事実だし、ここは受け取るか。


 なあに、勲章なんて、もらってタンスの奥にしまっとけば誰にもばれない。

 大事な勲章だからな、大事にしまっとくさ。


 いや、むしろ「スライムロード討伐で勲章もらったぜ」って触れ回って、「その程度でもらえる訳ないだろプゲラ」って風に持っていってもいいかもな。


 そう考えるとこの勲章いいかもしれない。


「そうだ、一つ言わねばならぬ事が――いや殿下の言付けを入れたら二つだ」

「うん? なんだ?」

「殿下はそなたの式典にご降臨なさるらしい。恐れ多くも兄弟姉妹をみな引き連れて」

「はあ」


 そういえば、そんな事言ってたっけ。

 いや、兄弟達とくるなんて聞いてないぞ。

 あの後決めたのか?


「もう一つ」

「うん? ああなんだ」

「十字勲章は最高位の勲章故、公式行事に出る時はつけることが義務づけられている」

「――へっ」

「当日はちゃんと身につけられよ、殿下もそれを望んでおられる」


 いや、ちょっと待て。

 当日、十字勲章、大量の王族……。


「やられたああああ!」

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