17.ピンポイント評価
「あら、ヘルメス身を固める気になったのですか?」
屋敷のリビングで取り寄せた指輪を眺めていたら、部屋に入って来た姉さんが嬉しそうな顔をしていた。
「そんな予定はないよ」
「あら? だったらその指輪は?」
「これか。これははめるとその人の能力を100分の1以下に抑える指輪で――」
「そーい」
姉さんは流れる様な動きで俺から指輪を取り上げ、足を振り上げる豪快なフォームで指輪を窓の外に投げ捨てた。
綺麗なアーチを描いて、星となって消えた指輪。
「あーあもったいない」
「もったいないとかじゃありません。もう、そういうことにばかり頭をつかうんじゃありません」
姉さんはぷんぷんしながらリビングからでていった。
「ふっ……」
姉さん、甘いな。
姉さんがそーいるのは予想がついている。
ポケットにそっと触れる。
そこには姉さんが捨てたのとまったく同じ指輪がある。
さて実際につけて試してみよう――
「もう、ヘルメスのせいで言い忘れてしまいましたよ」
「うわっ!」
前触れ無く戻ってきた姉さん、指輪をつけようとしたからびっくりした。
「どうしたのですかヘルメス」
「い、いやなんでもな。それよりも言い忘れたことってなんだ姉さん」
「そうでした。ヘルメス、あなたは監視されてます」
ああ知ってる――というか気づいてる。
今も窓の外、離れた所にある民家の上からこっちを監視してるやつがいる。
ちなみに二重尾行だ。もし俺が一人目に気づいても本命のより隠れる二人目が見定める、という構造だ。
その事には気づいているが、はてどう姉さんに返事するべきか。
「それのせいなのですよ」
「え?」
「ヘルメスがそうやって色々すっとぼけるから、カノー家の当主は無能でふさわしくないという噂が流れているのです」
「それはそれは」
「嬉しそうな顔しない」
叱られた。
しかしそうか、それはいいな。
「一方でヘルメスを評価するものもいる。リナ様のように。それは当たり前なのですが」
「むぅ」
「相反する二つの評価。そこまで割れていれば、どっちが本当なのかと気になるのは当たり前ではありませんか」
「なるほど、って事は俺が本当にダメ人間なのか、監視・確認してるのがいるって事だな」
「そういうことですね、いいですかヘルメス」
姉さんの顔が迫る。
真に迫る顔で俺に迫ってきた。
「くれぐれも、変な事をしないように」
念押ししてから、今度こそ立ち去った。
姉さんがいなくなった後、俺は座ったままポケットに手を入れた。
テルメの真珠の一件の失敗を踏まえて、俺はこの指輪をこっそり作った。
気をつけても気をつけても、最後の一瞬で状況に迫られてやった事が裏目に出る。
それを防ぐには、根本的に俺の能力を下げればいい。
あの真珠にしてもそうだ。
あの瞬間に俺の能力が低ければ、真珠は粉々にかみ砕かれてそこで話が終わった。
だからこの指輪だ。
ポケットの中に手をつっこんだままこっそり指輪をつけた。
体が重くなったのを感じる。
さっきまで感じる事ができた監視者の視線と存在を感じなくなった。
☆
指輪をつけたまま街に出た。
能力を抑えた以上、屋敷でだらだらしてる意味はない。
なぜなら監視がついている、それも二重にだ。
抑えた今の能力が真の実力だって見せつける必要がある。
なにかないか、何か。
そう思って、街中をぶらついていると。
「スリよ! 誰か捕まえて!」
突然、女の悲鳴混じりの叫び声が聞こえた。
声の方を見ると、全力ダッシュで逃げるぼろっちい格好の少年と、追いかけてヘロヘロになってる中年女の姿が見えた。
少年は猛ダッシュしながらものを倒しながら逃走してて、周りは近づけないでいる。
スリか、丁度いいところに来た。
よし捕まえよう……いやいや。
ここは慎重に。
ただの貝だと甘く見たあの苦い想い出が蘇る。
指輪で能力を抑えているが、ピンチになったら本能的に引っこ抜いてしまうかもしれない。
そういう事態にならないように、まずはじっくり観察。
能力を抑えてても、眼力と判断力は元のままだ。
逃げる少年、身のこなしはすばしっこく、逃走のために周りのものを倒したり破壊したりする事に躊躇はない。
そういう意味ではやっかいだが、それだけだ。
ただの少年、ただのすり。
それは間違いない。
念の為にぎりぎりまで再確認、穴が空くほど観察。
よしこいつなら大丈夫。
そうしているうちに少年が目の前まで来た。
俺は少年にタックルした。
「うぉ」
久しぶりの感覚、少年にタックルしても完全に止めきれなかった。
少年ともつれ合って、一緒に転がる。
「なにすんだよおっさん! 離せ! 離せよ!」
少年はジタバタする、俺は心の中でヨシッと叫んだ。
やっぱり見立て通り、何の力もないただの少年だ。
その少年にしがみつく。
少年が止まったことで野次馬が集まって、スられた女も追いついてきたから、少年を捕まえたまま立ち上がる。
「ほら、すったものをだせ」
「ちぇっ!」
少年は観念して財布を地面に叩きつけた。
女がそれを拾う、中身を確認してホッとする。
それで解決と判断した俺の気が緩んだ一瞬の隙をついて、少年は俺の拘束を振りほどいて逃げ出した。
人混みを割って逃げた後。
「おぼえてろー」
と、捨て台詞を残して逃げていった。
逃げられた――事をこっそり喜んだ。
力を指輪で封じてなければいくら油断しても少年は逃げられなかったんだ。
そしてそれを見た周りの人間が「なんで逃がしてんの?」ってせめる目をしている。
よしよし、これでいいんだ。
この詰めの甘さがいいんだ。
これをちゃんと監視してくれてる事を祈った。
スリの一件が解決して、俺は再び街中を歩き出した。
実は少年ともつれ合った時腕をすりむいている。
これも無能アピールになる。
だから他にもっと何かないかと願いつつ歩いた。
「おおぅ? てめえ何ぶつかってんだよ!」
「そっちだろぉぶつかってきたの」
今度は男同士、ケンカしてる所と出くわした。
今度もよく観察する。
やりとりと身のこなしを一分くらいじっと見た結果、確信する。
真っ昼間なのに酔っ払って、ケンカしてるだけだ。
さっきの少年と同じだ、何の力もない。
しかも今度は二人が相手だ、止めに入れば一発二発は殴られるだろう。
「よし」
俺はそれをするために、男達のケンカ仲裁を買って出た。
☆
次の日、屋敷の応接間。
俺の目の前に初めて見る男がいた。
「一等監察官のハリ・フリストスと申します」
名乗った中年の男は、貴族の服と立派な髭を蓄えてる中年男だった。
その名乗りで、俺は直感的に昨日の監視をつけた張本人だと理解したが、言わなかった。
反応しなかった。
反応したらワナだ、とはっきり分かる。
だから、俺は「見えてる」ものだけで聞いた。
「一等監察官って、前に来た王女殿下と関係が」
「いいえ、直接にはありません。ただ最近、カノー家のご当主の悪い噂といい噂が混じり合っておりますので、それを確認しに来た次第で」
「へえ」
姉さんの言うとおりだったな。
だがまあ、問題はない。
昨日俺がやったのは「普通」だ。
能力を100分の1以下に抑えて、成人男性なら誰でも出来る。
それだけの事しかしてない。
意図して広めてる悪い噂と、不本意だけど広まってしまったいい噂。
その落差で目がつけられてるんだから、実は普通だった、というのをやった。
昨夜何度も行動を振り返った。
やる前とやった後何度も何度も考えた。
問題はない、昨日の俺の行動は普通だ。
「さすがですな」
「――へっ?」
今なに言ったのこの人。
サスガダナってどういう意味?
「為政者というものは、時に臆病な位が丁度いい。私の持論ですな」
「……」
「失礼ですが昨日は男爵様の事をつけさせてもらいました。いやあ若者では中々あり得ない慎重さ、もはや深謀遠慮と言ってもいいレベルですな」
……。
なに言ってんのこの人。
っていうかなに、この流れ。
「何事も深く観察してから動く」
「……あっ」
「しかして臆病という訳ではない。観察して動ける時は動く、自分の分を超えた事は他人に頼る」
確かに頼った。
だって100分の1に力を抑えてるんだ、できない事もある。
そういう時はちゃんと周りを頼った。封印してなければ力を示してしまった所だと安心してた――んだけど。
本当なに、この流れ。
「為政者として、最高の資質であると言わざるを得ませんな」
「えっと」
「周りの噂はまったく頼りになりませんな。そもそも貴族、為政者の個人の武力などどうでもいいのです。その眼力と判断力と据わった肝がもっとも重要」
「ちょっと待――」
「上へはそう、ありのまま報告致しますぞ。では失礼」
止める間もなく、ハリは屋敷から立ち去った。
眼力と判断力……?
ピンポイントで残ってるものを評価されるのかよおおおおお!!!