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16.鮮度抜群の真珠

 ピンドスの街、なじみの娼館。

 いつもの様にオルティアを指名してだらだら過ごしてたら、彼女が急に俺の前に居住まいを正して、手を合わせて頭を下げた。


「ヘルメスちゃん、一生のお願いがあるの!」

「あんたの一生は何回あるんだ」


 頬杖ついて寝っ転がっていたが、起き上がってオルティアを見る。

 頭を下げた彼女はちら、と上目使いでこっちの顔色をうかがう。


 娼婦のくせに色気よりも愛嬌の方があるオルティア、一生のお願いを度々されても


「しょうがないな、言ってみろよ」


 という気分になってくる。


「実は、テルメの真珠が欲しいの」

「テルメの真珠? アクセサリーにでもするのか?」

「うん、ちょっと色々あって。それがないと格好つかないの」

「ふむ」


 女にとってのアクセサリー、まあそういうこともあるだろう。


「そういう事なら詳しくは聞かないけど、いくらするんだ」


 金で解決出来ることなら楽だ、むしろ大歓迎だ。

 そう思ったのだが――


「もう売り切れてるの、どこ行っても。だから取ってきて欲しいの」


 オルティアが手を合わせたまままた頭を下げた。

 途端に俺は警戒した。


「取ってくるって?」

「テルメの真珠ってのはテルメっていう名前の貝の中にあるの。その貝を取ってきて欲しいの」

「……その貝を取るのって難しいのか?」

「えっと、男の人には簡単かな?」

「……」


 俺は迷った、本当に簡単なんだろうか。

 なんか罠がありそうな気もする……けど。


「要するにその真珠が欲しいって事だな」

「うん、この通り、一生のお願い!」

「分かった、なんとかする」


 オルティアのお願いを請け負うことにした。


     ☆


 娼館を出て、屋敷に戻る。

 途中で色々考えた。


 罠があると思ったが、本当にそれが難しいっていうなら、金に物を言わせてどうにかすればいい。


 庶民が売り切れで手に入らなくても、男爵の身分ならどうとでもなる。

 むしろわがまま当主を演じるのには丁度いい。


 だから請け負ってきた。


 まずはきいてみる、実力がばれる恐れのあるものなら金で解決。

 そうまとまったところで、屋敷に戻ってきた。


「お帰りなさい師匠!」


 屋敷の前でミデアが俺を待っていた。

 飼い主を見つけた子犬の様な、キラキラした目で駆け寄ってくる。


「ただいま」

「何処に行ってたんですか師匠」


 それを聞く時も目はキラキラしていた。

 こんな目をした女の子に、「娼館に行ってきた」とはさすがに言えない。


「それよりも、ミデア、テルメの真珠を知ってるか?」

「はい、テルメの貝の中にある真珠ですよね。すっごく綺麗で、夜とか暗闇の中でも光るっていうすごいものです」

「むっ……それって取るのは難しいのか?」

「テルメの貝はすごく簡単ですよ」

「へえ?」


 夜に光るっていう特性で高価な物、それ故に実力がばれることに繋がるんじゃないかっておもって身構えたが、やっぱり簡単なのか?


「どうしてそんな事を聞くんですか師匠」

「いや、ちょっと必要になったから取ってこようと思ってな」

「えええ!? そんなのダメだよ!」


 ミデアがいきなり怒りだした。


「あんな誰でも出来る事なんて師匠の使用人に任せればいいんですよ。師匠がいったら聖剣で大根を切るような物ですよ」

「大げさだがもったいないって事はわかった」

「大げさじゃないです!」


 ミデアが更に主張する。

 ふむ、彼女がそこまで怒り交じりにいってくるって事は本当に簡単なことなんだな。


 なら、軽く取ってきてオルティアに渡すか。


     ☆


 次の日、俺は聞いた話をまとめて、領内にあるリカイオン山にやってきた。

 話を聞くと、テルメの貝は海じゃなくて、温泉がある所に生息しているらしい。


 また動物をモンスター化する温泉じゃないだろうな、と警戒しつつ、硫黄のにおいが強くする山に登った。


「えっと……温泉が流れ出てる所をさがしゃいいんだな?」


 情報を元に山の中を探して回る。

 すると、間欠泉の如く、水柱のように温泉を吹きだしてる所を見つけた。


 吹き出す中心地に近づいてみると――あった。


 直前に温泉が噴き出し、周りが水浸しのグチョグチョになってるそこに貝があった。


「面白いな、本当に貝が編み目になってる」


 これまた事前情報通りだった。

 テルメの貝はハマグリとかのような二枚貝だが、その二枚の貝はびっちり閉じているものの、編み目になっている。

 それ故、立ったままでも、地面におちてる貝の中身に何かが光ってるものがあるのが分かる。


 屈んで、貝を一つ取る。


「本当に簡単だったな」


 山を登って、温泉が出てるところを探して、拾う。

 本当に簡単だった。


 強いていえば、インドアの極致である娼婦には難しいって程度のレベルだ。


 よし、これを持ち帰るか――と思ったその時。


 貝がちょっとあいて、中の本体がぴゅっ! と何かを吐いてきた。

 さっと避ける、吐かれたのが地面に飛び散った。


 まさか毒液? と思ってしゃがんでそれを確認したが。


「ただの温泉か」


 一瞬また警戒したが、またまた肩すかしを食らった。

 そろそろ、もう。


「警戒するのもアホらしくなってきた」


 と、苦笑しながらつぶやいた。


 そもそも、ミデアの反応で警戒解いてもいいんだよな。

 もはやミデアは俺の信者かってくらい俺を信奉してる、そのミデアがああやって怒った以上貝を取ってくるのは本当に簡単なことだろう。


 苦笑いした、が、簡単な分には何も問題はない。


 簡単な事を普通にやる。

 何もプラスにもマイナスにもならないことだ。


 貝がまたぴゅっと液を吐いた、手をかざして受け止めた。

 ただの温泉、それを口に含んではいてるようなもんだが……これはウザイ。


 真珠が欲しいんだったな、だったら真珠だけを持って帰ろう。


 俺は貝を開いた。

 ハマグリよりも遥かに簡単に開いた。


 貝は二段構造になってた。

 二枚貝の中に一回り小さい二枚貝がある、それがギザギザの歯のようになってる。


 開いた瞬間奥の貝が真珠に噛みつこうとした。

 サッと手を伸ばして、真珠をひったくった。


「あっぶねえ、なんだよ、取られそうになったら自壊するのか」


 真珠を取り出したテルメの貝を間欠泉のそばに投げ捨てて。

 俺は、真珠だけを持って山を降りた。


     ☆


 娼館の中、オルティアの部屋。


「ほい、テルメの真珠。これでいいんだよな」

「ありがとう! ――ってえええええ!?」


 一応宝石箱に入れてきた真珠。

 受け取って宝石箱を開けたオルティアが声を上げた。


「こ、これ! テルメの真珠!?」

「そうだけど?」


 あんたが頼んだんじゃないか、何を驚く。


「どうやって取ったの?」

「どうやってって……」


 …………まさか。


 背中にいやな汗がつー、と流れるのを感じた。


「なあオルティア、貝から真珠ってどうやって取るんだ? 普通は(、、、)

「干上がらせるんだよ。普通に開けようとすると貝が真珠を壊すから、一ヶ月かけてゆっくり乾燥させて、貝が死ぬのを待ってから真珠を取り出すのよ」

「……普通に開けたらダメなのか?」

「ダメじゃないけど、すっごく速く。パンチだと一秒に100回殴れるくらいの速さじゃないと貝が――うそ! これってそうなの!?」


 やば、気づかれた。


「いやいやいやそんな事ない」

「うそぉ……ちょっとまって」


 オルティアは宝箱を置いて、部屋の窓を次々と閉めて回った。

 何をする――のかはすぐに分かった。


 完全に部屋を閉め切って暗くなると、真珠が光った。

 ものすごく、ひかった。


 まるで部屋の中に小さな太陽があるかのように、光り輝いていた。


「すごい! 本当に乾燥じゃない」

「乾燥だとどうなるんだ?」

「輝きが落ちるんだよ。死んだ後に取り出すんだからさ」

「……げっ」


 って事はなにか、テルメの真珠の事をしってるヤツは、暗いところで見たらとりだし方まで分かるって事か。


 それはまずい、非常にまずい。


「なあオルティア、それは俺が上げたことはないしょ――」

「ちゅっ」


 オルティアは近づき、俺のほっぺにキスをした。


 テルメの真珠の光の中、オルティアの顔はいつにも増して綺麗に見えた。


「ありがとう、ヘルメスちゃん。すっごく嬉しい」

「……うぅ」


 艶然と微笑むオルティア、そんな顔をされると言うなと言いにくいじゃないか……。

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