167.弱者になりたくて
とある昼下がり、屋敷の庭。
この日もいつものように、俺は安楽椅子の上でゴロゴロして、だらだらと過ごしていた。
寝っ転がったまま、頭上に最新のオルティア写真集を広げた。
今開いているのは最近手に入れたばかりの、「冬のオルティア大全集」と銘打った素晴らしい逸品だ。
世界各地のオルティアたちが、冬服のおしゃれでそれぞれの魅力が大爆発してる素晴らしい写真集である。
俺は最高にゴロゴロしながら、最高の写真集を観賞していた。
「それは」
「うん?」
「読んでて楽しいの息子ちゃん?」
俺の横で、昼下がりのティータイムを楽しんでいるノン・スレイヤーが口元にクリームをくっつけた状態でそんな事を聞いてきた。
実体を取り戻した彼女は結構な食いしん坊で、しかもかなりの甘党だという事が最近わかった。
普段から明るい性格の彼女だが、スイーツを口にしている時は一段と明るくなる。
そんなスレイヤーズ(俺命名)の中でも一際明るい性格の彼女は、食べているスイーツをいったん放り出して、不思議そうな顔をしながら横から写真集をのぞきこんでくる。
不思議がっている彼女に俺はストレートに答えてやった。
「もちろんだとも。この世で一番楽しいことさ」
「へんなの、どこも出してないのに」
写真集を腹に置いて、体を起こした。
どういう意味だ? という顔でノンを見る。
「出すって何を?」
「こういうのはもっと肌色成分が多いのが普通じゃないですか? 『ちち! しり! ふとももーッ!!』は男の子の永遠の夢だって聞きましたよ」
「ああ」
なるほど、と俺は頷いた。
と同時にちょっと呆れた。
ノンは全く分かっていなかった。
なーんも、わかっちゃいなかった。
「おまえ、なーんもわかっちゃいないな」
俺は手の平を両手ども上向きにして、肩をすくめて首をふり、思った事をそのまま口にした。
「ほわ?」
「オルティアには必ずしも肌色成分が必要ということはないんだ。むしろない方がいいオルティアもいる」
「そういうものなのですか?」
「そういうものなのですよ!」
俺ははっきりと頷いた。
ノンはスレイヤー、魔剣だ。
オルティアの真のすばらしさをまだ理解できなくてもそれはしょうがないことだ。
「エレノアから聞いた話とちょっと違いますね……あっでも、よく考えたらエレノアもその三つは全部なかったですし」
「そりゃ魔剣だし」
何を当然なことを、と俺はおもった。
魔剣エレノア、これまで噂や伝承――たまに直接あった者から話を聞く。
実際にあったことはないが、そこそこ知っている。
めちゃくちゃすごい魔剣なんだろうけど、魔剣は魔剣だ。
魔剣に「ちち」も「しり」も「ふともも」もなかろうよ、と俺は思った。
一方で、分からないなら教えてやらなきゃと思った。
腹にいったん置いた写真集を手に取って、タイトルの「冬の」のところをさして、ノンに見せた。
「ちちもしりもふともももない、なぜか」
「うん?」
ノンはキョトン、と小首を傾げる。
「冬だからだ。冬はおしゃれの季節、いつもはひとくくりにされてしまうオルティアたちがめいめいにコーディネートして、それぞれの特色を出せる季節だからな」
「へえ……服で違いを出すんですねえ」
「そういうこと!」
「大変なんですね、人間って」
「え?」
平然とそう話すノンに、俺はちょっとあっけにとられた。
この流れでの――
「大変って何が?」
「そこまでしないと特色が出せないんですね、って意味なのですよ」
「……ああ」
なるほど、と意外な話をされて、納得してしまった。
分かってしまった。
彼女達、スレイヤーズはむしろ逆だ。
何をどうやったところで、隠しきれないほどの「特色」しかない。
フル・スレイヤー。
ノン・スレイヤー。
アライ・スレイヤー。
俺の屋敷で棲まわせているスレイヤーズの三人は、ほとんど同じような格好をしている。
容姿も似ていて、全員並んでいて三姉妹だって紹介したら疑う人間はいないだろうってくらいそっくりな三人だ。
見た目はそっくりだけど、中身はというと、これが見事なくらいに全く違う。
全てを斬るフル、何も斬れないノン、味方だけを斬るアライ。
見た目で個性を出せなくても、持っている個性がそもそも強すぎる三人。
名前が同じで、おしゃれで個性を出そうとしているオルティアの写真集のコンセプトとは真逆だった。
が、それはそれで考えさせられた。
俺はもう一度写真集を目の前に広げて、しげしげに眺めた。
そして、頭の中に一人のオルティアが浮かび上がる。
一番よく知っているあのオルティアだ。
「本当の個性は服着たくらいじゃ隠せないのかもな……」
なんとなく、そんな感想が口をついてでた。
「え? 今なんかいった?」
「いやなにも」
話がまじめすぎる方に行っちゃいそうで、そんな事に「本気」を出しなくない俺は首をふって否定した。
特にそれにこだわるつもりもないノンは、「そ?」と一言だけつぶやいて、意識がティーセットの方に戻った。
ティーカップに口をつけて、三角に切り分けられたイチゴののったショートケーキを、ノンはノンは豪快に手づかみで丸ごと口の中につめこんだ。
豪快な食べ方で、まるで子供の用に口元にクリームがついてしまったが、そんな事が気にもならない位の至福な表情をしていた。
みてるこっちの目尻が思わず下がってしまう位、幸せそうにみえた。
「豪快な食べ方だな」
「えー、そうですか?」
「フォークあるんだから使えば良いのに」
俺はそういい、ショートケーキがのっていた皿の横についていた小さなフォークをちらっと見た。
それを言われたノンは「ああ」と得心顔を浮かべた。
「それはしょうがない事なんですよ息子ちゃん」
「しょうがないって、なんで?」
「私は何も斬ることの出来ないノン・スレイヤー。ケーキなんて切ろうとしたら――」
ノンはそう言いながら、フォークを手に取った。
別のショートケーキの上からフォークを押しつけた。
ショートケーキの普通の食べ方、三角に切って出されたそれを、更に小分けに切って口に運ぶ食べ方――なのだが。
ショートケーキは切れずにつぶれた。
「切る」という行為は「線」で、フォークとケーキなら通常それが出来る。しかしノンはそれが出来ずに、まるで何か平べったいものの「面」でしたかのようにケーキをおしつぶしてしまった。
それはかなり不思議な光景だった。
それをやったノンは、いつものこと、といわんばかりの表情をこっちに向けてきた。
「――こんな感じになるんですよ」
「へえ」
なるほど、と思った。
「剣としてじゃなくて、自分も何も斬れないのか」
「うん」
「フルも……そうだったっけ?」
今までのフルとの記憶をたぐってみた。
どうだったんだろうか。
フルも人型の時、適当なロングソード――いや適当なナイフでももてば「なんでも斬れる」のだろうか、と。
それならそれですごい事だぞ、と思ったのだが。
「あ、フルちゃんは大丈夫ですよ」
ノンはニコッと、フォークで押しつぶされてしまったケーキを掴んで口に運んだ。
さっきと同じように豪快に、そして綺麗にケーキを腹の中におさめた。
口元についたクリームをペロリと舐めてから、続けた。
「私はフルちゃんの前に作られた試作品、フルちゃんは私の失敗を踏まえて作られた完成品。だからフルちゃんはちゃんと『剣として全てを斬る』風にできてるし、人間としては普通に武器次第、って感じになってるんですよ」
「へえ、そうなのか。なんかすごいな」
「自慢の娘だもんね、えっへん!」
ノンはそういい、腰に手を当てて「えっへん」と大いばりした。
可愛い見た目だし絵になる構図だったが、口元は綺麗にしたが鼻先にクリームついたままなのがちょっとおもしかった。
「そっか。にしてもすごいもんだ」
「なにが?」
「剣の時のすがた。前に持たせてもらった時にも思ったけど、本当に何も斬れないように作られてるんだな、って」
「えー、息子ちゃんあれで斬ったのに?」
「あれはあれで地味に苦労した」
「へえ」
フルとちがって、ノンはコロコロと表情がよく変わる女の子だった。
今も感心したとおもったら、一瞬で悔しそうな表情に変わった。
「そっかー、そうだって知ってたらもうちょっと食べるの減らしたらよかったのかも。あっでも、多い方が結果的にいいのかも……?」
ノンはなにやらブツブツ言っていった。
かなり真剣な顔だ。
なんだなんだ? と俺は不思議に思った。
「食べるってケーキの話か? そんなのメイドに言えばいくらでもあるから遠慮なんて――」
「ちがうよー。私が出来るときに食べたリコイルドラゴンの心臓だよ」
「なんじゃそりゃ」
本当になんじゃそりゃ、な気持ちになった。
話の脈絡がどこかに飛んだような感じがした。
小説かなんかだと丸々一ページぶんすっ飛ばしてしまったんじゃ、という気分になるような展開だ。
そんな俺の疑問とは裏腹に、フルは「えっへん」のポーズのまま続けた。
「このノン・スレイヤーの仕上げになった素材なんですよ。もともとは結界をつくったり力を抑えたりする効果があるものでですね、何も斬れないようにする最後のかなめとして必要だったんですよ」
「……へえ」
「それで仕上げとして取り込んだんだけど、これがまずくってまずくって」
ノンはそういって、うげえ、って顔をした。
「まずいのか?」
「うん、生魚を砂糖にまぶして醤油ととうがらしを大量につかってドロドロになるまで煮込んだ後一年以上に放置したような味」
「調理関係なく腐ってるだけだろそれ!」
思わず突っ込んだ。
それでもフルはしみじみと「それくらいまずかったんですよー」といった。
まずくても食べたんだけど、苦労させる位なら食べる量を少なくしてもよかったかも、といった。
俺は写真集を置いて、ノンをまじまじと見つめた。
ノンは俺のそんな視線に気づいて、小首を傾げた。
「どうしたの?」
「力を抑える事ができるのか? その……りこ?」
「リコイルドラゴンの心臓?」
「そうそれ」
「そうらしいですよ。むかし暗殺者とかがそれを加工したマントを被って気配を消してたとか、どこかの王子が女風呂をのぞくために使ってたとか」
「それ、どこにあるんだ?」
「へ?」
のぞきのくだりをスルーされたノンは、声に出した言葉通りの「へっ?」っていう顔をした。
☆
空から谷の中に降り立った俺。
動植物がほとんどない、岩肌の谷。
あっちこっちの地面から蒸気が噴き出してて、硫黄の匂いがする。
岩肌な上、くさい蒸気があっちこっちから吹きだしているから、まるでこの世の果てか地獄かのように見える場所だった。
「ここであってるのか?」
『うん』
俺の手にある剣。
スレイヤーの姿になったノンが俺の質問に答えた。
『わかりやすいからすぐに見つかるとおもうよー』
「そうか」
俺は頷き、ノンを持ったまま谷の中を歩きまわる。
ノンの言うとおりだった。
なんとなくのブラつきで、岩壁の角を曲がると、そこに一頭のドラゴンが寝そべっているところと出くわした。
その辺の一軒家と同じかそれ以上のサイズで、体がこれでもか、って位黒光りしている。
生物の鱗のものというよりは、無機物チックで黒曜石のような輝きを放っている皮膚だ。
それで全身を覆っている、巨大なドラゴン。
そいつは地面に寝そべっていて、あっちこっちから吹きだしている蒸気をあびている。
魔界の瘴気を好んで浴びている魔物――そんな言葉が脳裏に自然と浮かんでくる光景だった。
『ねっ』
「なるほど」
俺は小さく頷いた。
ノンの言う通り、わかりやすかった。
どうやらこいつがリコイルドラゴンであっているようだ。
「よし」
俺はノンを構えた。
『斬るのです?』
「ああ、心臓だったよな、効果があるのは」
『そうだけど……みてわかると思うけど、硬いですよそれ』
「そうみたいだな」
『その上私はノンですし』
ノンはそういってきた。
硬さがウリのドラゴンに、何も斬れないノン・スレイヤー。
相乗効果で何もどうしようもない――とノンは言いたいようだ。
「まあやってみるさ」
俺はそういい、ノンを構えたままぐっ、と地面を踏み込んだ。
リコイルドラゴンが気配に気づいて、目をあげて顔をこっちにむけてきた。
ぎょろり、とにらんでくる。
向こうが何かするよりも先に、地面を蹴って飛び出し、リコイルドラゴンの顔面に肉薄した。
寝そべって地面についている顔だけでも、成人男性の全身に匹敵する位の大きさがある。
それに肉薄した俺はノンを振り上げて、大上段から振り下ろす。
リコイルドラゴンの顔面をノンで切った。
刃が顔面を通過した。
ズパッ! と、手応えはあったのだが。
みると、まったく斬れていなかった。
「グオオオオオオオオ!!」
一方で、斬れてはいないが、いきなり現れた人間に顔面を攻撃されたことで、リコイルドラゴンが一瞬でキレた。
寝そべっている状態から四つん這いで起き上がって、そのまま天を仰いで咆哮した。
大気が震撼する。
肌がビリビリし、周りの岩壁がボロボロと崩れ落ちるほどの咆哮。
『やっぱダメみたいですね』
「グオオオオオオオオ!!!」
『わわっ、こ、これはもしかしたら逃げた方がよくないです?』
「大丈夫」
ノンが提案してくる撤退を即座に却下した。
リコイルドラゴンは顔を突き出して、口をがばっと開ける。
人間がすっぽりと収まってしまう口の中、それほどの空間。
それほどの空間が、するどい牙とともに迫ってくる。
俺は後方に大きく飛び下がって、かみつきをよけた。
噛みつかれた地面は粉々に砕け散り、その一噛みで地形が変わるほどの威力だった。
中々の破壊力だな、と思いながら、ノンを更に構えて――言う。
「俺はまだ、本気を出していない」
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新頑張れ!」
とか思いましたら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!
何卒よろしくお願いいたします。




