166.よかれと思って
あくる日の昼下がり。
この日も、昼ご飯の後は、屋敷の庭でいつものようにくつろいでいた。
この日はいつもより風が強かった。
安楽椅子の上に寝っ転がっているが、椅子ごと吹っ飛ばされてしまいそうな位の強い風だった。
それはそれで楽しくて、おれは安楽椅子の上で、風に吹かれてゆらゆら揺れるのを楽しんでいた。
「おいっこちゃーん」
「見切った!」
突然、聞こえてきた声に俺はカッと目を見開き、風に吹かれる勢いを利用して安楽椅子を半回転させて、「回避」した。
回避した直後、それまでいた場所の地面に何かが突っ込んで大爆発を起こし、土埃が盛大に巻き上がった。
「ぺっ、ぺっぺ。甥っ子ちゃんひどいのだ!」
土埃の中から、幼げな魔王が姿を現わした。地面に直径十メートルくらいのクレーターが出来たが、そのクレーターを体当たりで作った当の本人は全くの無傷だった。
俺は呆れて、ジト目を彼女にむけた。
「ひどいもクソもあるか、あんなタックルを毎回毎回喰らってたらそのうち本当に死んでしまう」
「大丈夫なのだ、甥っ子ちゃんなら余裕で耐えられるのだ」
「『耐える』のが必要な事をさせるなよ!」
声を張り上げて突っ込んだ。
というか耐えさせているって自覚あるのかよカオリは。
何も考えないでただじゃれてきてるだけなのかと思ったら予想外の鬼な事実を知ったぞ。
「まったく、甥っ子ちゃんはわがままなのだ」
「誰がだ誰が」
「でも別にいいのだ。今日は甥っ子ちゃんは無視するのだ」
「えー……」
カオリの宣言にちょっと引いてしまった。
タックルまでしてきて「今日は無視する」もないだろうと思った。
が、そのわがままさがカオリ――魔王なんだから、いちいち気にしてたら体が持たないだろうと思った。
仕方ないけど、気にするのはやめようと思った。
「それよりも甥っ子ちゃん、私の親友はどこなのだ?」
「親友? ああフルか」
俺は頷きつつも、ちょっとだけ驚いた。
この前は「友達一号」だったのが、更に昇格して親友になっているみたいだ。
俺はカオリをじっと見つめた。
「どうしたのだ?」
「いやなんでもない」
本当にカオリがフルの事を親友だと思っているのだとしたらこんなにいいことはない。
人には友達は必要だ。
特に「自分が好きで近づきたい相手」が友人なら尚更必要だ。
フルは、カオリにとってそういう存在になるかもしれない。
なら、カオリが明らかにダメな事をしでかすか、フルが本気でいやだって思わない限りは。
できるだけ、二人の仲を取り持ってやろうと思った。
「フルと遊びに来たのか?」
「そうなのだ」
「わかった、今呼ぶ。――フル?」
軽く息を吸い込んでから、ちょっと大きな声で呼んだ。
そこから十数秒、フルは屋敷からでてきて、こっちに向かってきた。
そして俺の前に立ち。
「お呼びですか、マスター」
「ああ。カオリが遊びたいんだってさ」
「そうでしたか」
フルはカオリの方をちらっと見た。
いつものように淡々とした表情だが、少なくとも嫌がっている、という事はないみたいだ。
だから俺は。
「遊んでやってくれないか」
といった。
「わかりました」
フルは小さく頷き、応じてくれた。
瞬間、カオリがパアァ、と大輪の花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべた。
「やったー、なのだ」
「今日は何をして遊びますか」
「おそろいの格好をするのだ」
「おそろいの格好、ですか?」
「そうなのだ、ちょっと待つのだ」
カオリはそう言って、軽く拳を握って、何もないところに向かってパンチを放った。
「おいおい……」
俺はちょっと呆れた。
カオリがパンチを放った何もないそこ、空中の何もない空間がひび割れ出した。
「もう一発なのだ」
そういって宣言どおりもう一発同じ所にパンチを放つと、ひび割れたそこが完全に砕け散った。
何もない空間が、窓ガラスのようにパリーンと音を立てて砕け散った。
割れた空間の向こうに、びっくりするくらいの「漆黒」がみえた。
あらゆる光を吸い込むかのように、この世に存在するどんな「黒」よりも漆黒だった。
不吉ささえ孕んでいるその空間の中に、カオリは無造作に手を突っ込んだ。
「あれ? どこなのだ?」
まるで狭いタンスの中に手だけを突っ込んで探しものをしているかのようだった。
カオリは片手を突っ込んで探っていたが、しまいにはその手を肩まで深く突っ込んで、空間の中を思いっきり探っていた。
しばらくして――
「あったのだ!」
と、またもや満面の笑みを浮かべて、空間の中から何かをとりだした。
「じゃじゃーん、なのだ」
「それは……服?」
カオリが取り出して、俺達に見せつけるように突き出してきた物を見つめた。
それは服だった。
可愛らしい、女物のドレスだった。
それが二着、サイズ的にカオリとフルの体型にそれぞれ合わせてこしらえたものらしかった。
「そうなのだ、私と親友の服なのだ。今日はこれで双子コーデをするのだ」
「ふたごこーで?」
カオリの言葉は初耳だったらしく、フルは盛大に首をかしげてしまった。
「ああ、聞いたことがあるな。二人でまったく同じ格好をしたり、あるいは限りなく同じだが、色だけが白と黒みたいな正反対にする格好のことだよな」
「そうなのだ!」
「なるほど、これは正反対のパターンだな」
カオリが持っている二着のドレスをつぶさに観察しつつ、小さく頷いた。
そのドレスは限りなく似ているが、片方は黒をベースにして白をアクセントに添えた感じのもので、もう片方は白ベースで黒がアクセントな感じのものだ。
それが分かると俺はなるほどと頷いた。
「親友ちゃんにはこれを着てほしいのだ。……お姉様と同じ格好なのだ」
カオリは最後に何かをつぶやいたが、たぶん聞こえなかったふりした方がいいのかなと思って深く追求しなかった。
「それで私はこっちのを着るのだ」
「着るだけでいいのですか?」
「着た後に遊びにいくのだ。お散歩したりピクニックとかするのだ」
「分かりました」
フルはそう言って――なんと。
この場で服を脱ぎだしてしまった。
「ちょっと!?」
「どうしたのですかマスター」
「いきなりここで服を脱ぐやつがあるか」
「なぜですか?」
「え? 何故って……」
平然と聞き返してくる。
あまりにも平然としているから、こっちが間違ったことを言ってるんじゃないかって言う錯覚になった。
「私は剣、つまり道具です。人間の見た目をしているけど、本質は人形と何も変わりません」
「むむ」
「マスターがおそらく思っているような事は杞憂です」
「それでもダメだ。人前で脱いだら」
「はい、分かりました。マスターがそうおっしゃるのならそうします」
フルはあっさりと受け入れた。
本当にどっちでもいいと思っているからこそあっさり受け入れたって感じがする。
「私も着替えるのだ」
「この流れでお前まで脱ぐなよ!」
カオリに思いっきり突っ込んだ。
俺とフルがあんなやり取りをした直後なのにも関わらず、カオリもこの場で服を脱いで、双子コーデの片方に着替えようとしていた。
「大丈夫なのだ、人間に裸を見られても平気なのだ」
「何『わんちゃんに裸見られても平気』みたいな言い草!」
一応突っ込んでみたが、この突っ込みも無意味かあ、とちょっと頭痛がした。
そうこうしているうちに、カオリもフルも服に着替えた。
色だけが反転している、意匠のまったく同じドレスを着た二人は、なるほど姉妹にみえないこともなかった。
「えへへー、なのだ」
カオリはフルに抱きついて、すりすりと頬ずりした。
カオリがこんなに「優しく甘える」のは初めて見るかもしれない。
俺にもある種の「甘え」をみせるけど、それは殺人的な強度での甘えだ。
こんな、誰が見ても「かわいい」って感想をいうような甘え方じゃない。
ちょっと新鮮だった。
「これから遊びにいくのだ」
「わかりました」
「あーちょっと待ってくれ」
手を引いて、飛びだそうとしたカオリを呼び止めた。
「どうしたのだ甥っ子」
「一つ頼みがある。この前フルと遊びたいからって俺に土下座しただろ」
「したのだ。それがどうしたのだ?」
「あれをな――」
「あっ、もう一度して欲しいのだ? わかったなのだ――」
「違うから待てぃ!?」
カオリはまったく躊躇することなく、この場でまた土下座するそぶりを見せたから、俺は慌てて大声を出して制止した。
ここでまたそんな事をされたらヤバいどころの騒ぎじゃない。
俺は慌ててカオリを止めた。
「しなくていいのだ?」
土下座を寸前で止められたカオリはきょとんとしていた。
土下座――という普通なら屈辱の極みの行為にも関わらず、彼女はなんとも思ってない様子だった。
それほどフルのことが、ってことなのか。
「いい。そうじゃなくて、あれを誰にも言わないで欲しい」
「? 別に誰にも言わないのだ」
「聞かれても言わないで欲しい」
「よく分からないけど――」
「誰かに言ったらもうフルと遊ばせないから」
「――絶対に誰にも言わないのだ!!」
直前まで気楽に返事していたカオリは一転、めちゃくちゃ焦った様子で俺にせまった。
「甥っ子ちゃん、他にも何かあるのだ? 言いつけがあるなら全部言ってほしいのだ」
「もうないよ」
俺はフッと笑い、カオリの頭を撫でてやった。
フルの事をたてに脅迫じみたことをしてしまったような気になって、ちょっとだけ申し訳なく感じたからだ。
「フルと二人で遊んでこい」
「ーーっ! わかったのだ! いこうなのだ!」
「はい」
カオリはフルの手を取って、前と同じように空を飛んで立ち去った。
俺は安楽椅子に座り直して、空に消えていく二人の姿を見送った。
カオリの反応に俺は心の底から俺はホッとした。
彼女ともかなり長い付き合いになる。
あの様子なら、カオリは土下座した事は誰にも言わないだろう。
その事は信用できる、と俺は思った。
だからホッとした。
「ふわー……」
安心したので、また眠気がぶり返してきた。
俺は大きなあくびをして、そのまま安楽椅子の上で眠りに落ちるのだった。
☆
屋敷から飛び立った、カオリとフル。
空の上で、カオリの力でどんな鳥よりも速いスピードで飛んでいった。
「……魔王」
「どうしたのだ? あっ、もしかして速すぎて息がしにくいのだ?」
「それは大丈夫です。私は剣、呼吸をする必要はありません」
「なるほどなのだ!」
「それよりも魔王、あなたは強いですか?」
「もちろんなのだ! お父様とお母様、それにお姉様をのぞけば世界一強いのだ」
「そうですか」
それは世界一とは言わないのでは? と、ここに別の人間がいれば突っ込んでいただろうが、あいにく一緒にいるのは突っ込みという発想を持たないフルだけだった。
そのフルはいつものような淡々とした表情と口調で、更に質問した。
「例えばですが、ヒュドラ級の魔物は倒せますか?」
「ヒュドラ? あんなクソザコ小指一本でちょちょいのちょいなのだ」
「わかりました。もうひとつ、あなたには変身する機能――いえ、能力はありますか?」
「変身なら魔法で出来るのだ」
「マスターに変身することは出来ますか?」
「甥っ子ちゃん? それならもっと余裕なのだ。甥っ子ちゃんくらいよく知ってる相手だとそっくりに変身できるのだ」
「ありがとうございます。最後にもうひとつ――ヒュドラか、それと同じくらいの魔物がどこにいるのか分かりますか?」
「もちろんなのだ――こっちなのだ!」
今ひとつ何を言いたいのか把握しきれないでいるカオリだが、話の流れからその魔物のところに行きたいらしい。というのは分かったから、彼女はフルを連れたまま、空中で180度回転して、反対方向に向かって飛びだした。
「その魔物を、マスターの格好になって倒してみませんか? わたしと一緒に」
「親友と一緒に!? もちろんやるのだ!」
「ではお願いします」
「まかせろなのだ!」
カオリが胸を叩いてそういい、フルは静かにうなずいた。
これは、ヘルメスの誤算というほかなかった。
彼は確かにカオリの事をよく知っているし、カオリが自分から余計な事をしないという推測は正しい。
だが、その一方で。
ヘルメスはまだフルの事をよく知らなくて。
フルもまだ、ヘルメスの事を実はよく知らない。
フルが、マスターを持ち上げたいという気持ちがある事をヘルメスは知らなくて。
ヘルメスが目立ちたくないという事をフルはまだ知らない。
たがいにそれを知らない中、フルは、ヘルメスのために強力なモンスターを討伐し、それをヘルメスの仕業に仕立てあげたのだった。
彼の、知らないところで。
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新頑張れ!」
とか思いましたら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!
何卒よろしくお願いいたします。