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165.義母の願い

 夕方になって、俺は庭から屋敷の中に引っ込んだ。

 今日は何事もなく、一日のんびりすることが出来た。


 毎日こうだといいのになあ、と思いながら今度は自分の部屋でだらだらしてようと、廊下を歩いて自分の部屋に向かった。


「あっ、息子くんだ!」


 廊下の向こうからノンが現われた。

 俺を見つけたノンは、嬉しそうな笑顔でパタパタ駆け寄ってきた。

 少し遅れてアライも現われて、こっちはゆっくりと歩いて戻ってきた。


「息子くん、何してたんですか?」

「だらだらしてた。二人は?」

「私はメイドちゃん達とお話してたんですよ。みんな物知りだから色々話出来て楽しかったです。それからお茶とケーキもおいしかったですね」

「おいしかった? 味わかるのか?」


 俺はちょっと驚いた。

 前に味がわからない見たいな事を言ってたのに。


「いえいえ、雰囲気なんですよ息子くん。みんなでアフタヌーンティーしておしゃべりしてたら楽しくて、たのしいからおいしく感じるんです」

「そういうものなのか?」

「はい! 想像してみてください息子くん」

「んん?」


 何をいいだすんだ? とノンを見る。

 ノンは人差し指をたてて、まるで女教師みたいな仕草で言った。


「ものすごく高いお肉で焼いたステーキだけど、ドッグボウルに乗せてテーブルに出されるんです。そうしたらおいしいってなりますか?」

「あー……なるほど言いたいことはわかった」


 ほんのちょっとだけ納得した。

 ノンのそれは極論だし論点がそもそもちょっとずれてるけど、分からなくはない。


 どんなにおいしい物でも、使う食器がダメならおいしいって感じないものだ。

 それと同じで、普通位のおいしさでも、その場の雰囲気次第でめちゃくちゃおいしいって感じる事もあるもんだ。


 だからまあ、うん、分かる。


「おいしい酒、がそれなんだよな」

「息子くんお酒飲むのですか」

「まあ、嗜む(、、)くらいはな」

「そうなんですね。……ちなみに『おいしいお酒』ってどんな感じですか?」

「ふむ」


 俺は少し考えた。

 俺を見るノンの目がきらきら輝いていた。

 メイド達とのアフタヌーンティーが楽しかったから、俺の口からでたおいしいお酒が気になってしょうがないって顔だ。


 俺は少し考えた。


「お酒は……飲めるんだよな」

「もちろんです」


 ノンはそういい、俺は頷く。

 スレイヤー達はあくまで「味が分からない」だけで、飲み食い自体は出来るって事らしかった。

 だったら酒も問題ないのだろう。


「よし、じゃあ行こうか」

「行こうって、どこへですか?」

「おいしいお酒にする天才のところ」


 俺はそういい、ノンにウインクをした。

 ノンは一瞬不思議がったが、顔にますます期待感があふれ出していた。


     ☆


 娼館の中、いつものオルティアの部屋。

 ノンを連れてここに入って、オルティアに事の顛末を説明した。


「それでここに連れてきたんだヘルメスちゃん」


 最後まで説明を聞いたオルティアはあきれ顔になった。

 そんな顔をしたせいか、俺の横に座ってるノンが不安げな表情をしてしまう。


「ヘルメスちゃんくらいだよ、ここをそういう風に使うのって」

「そうか? 接待にお得意様つれてくるやついるだろ」

「そりゃあいるけどね」


 オルティアはそういい、ノンの方をみた。

 ノンは「?」って感じで、小首を傾げてオルティアを見つめ返した。


「二連続で女の子を連れてこられるとは思ってなかったな」

「悪い」

「息子ちゃん同じことをしたことあるんですか?」

「息子ちゃん?」


 オルティアがノンの言葉に引っかかった。

 ノンをしばし見て、それから俺をじっと見つめて。


「なんのプレイ?」

「プレイじゃない! 彼女はフルの親戚なんだよ」

「ママです、はい!」


 ノンは得意げな表情で胸をはった。


「あっ、そういえば似てる」

「だろ?」

「へえ……」


 オルティアは俺とノンを見比べた。

 どういうわけか、徐々にジト目になっていく。


「どうした」

「ヘルメスちゃん、母娘丼がすきだったんだ」

「へ? ――って違う! そういうんじゃないから」

「大丈夫、母娘丼とか姉妹丼とか全然普通寄りの普通だから照れなくていいよ」

「照れてるんじゃない!」

「母娘はいないけど、うちの店にはリアル姉妹いるんだけど、どうする?」

「どうもしないから!」

「あの……息子くんってそういうのがいいんですか? だったら私とお姉ちゃんで――」

「乗っからなくていいから!」


 振り向きざまノンにも突っ込みを入れた。

 彼女には「お姉ちゃん」「お姉様」と呼び合う、同じスレイヤーのアライという仲間がいる。

 それでオルティアのネタに乗っかってきたんだろうが。


「その話はいいから。今日はノンにおいしいお酒を飲ませたいんだ」


 話を強引に打ち切って、来意をもう一度オルティアに伝えた。

 オルティアはニコニコしながら。


「あはは、分かってるってば」


 といった。


「まったく……」

「じゃあ、おいしいお酒(、、、、、、)出しちゃって良いの?」

「ああ」

「あたしも飲んでいい?」

「だからここに連れてきた」


 目を輝かせるオルティアに微笑み返した。

 彼女がいう「おいしいお酒」は俺が言う「おいしいお酒」とは意味合いが違う。


 ここで何回も飲んだりおねだりされた事のある、純粋に「高い酒」のことだ。

 さすがに高い酒を出すのには客の許可が要るからと聞いてきたんだが、そんなの何の問題もない。


 お金はむしろある程度無駄使いした方が評価が下がるからな。


 それに――。


「まずはお前が楽しく飲める酒じゃないと、だろ?」

「ああんもう! ヘルメスちゃん格好いい! いい男! ぬれちゃう!」

「はいはい」

「じゃあお酒を持ってきてもらうね」

「ああ」


 立ち上がって、一旦部屋から出て行ったオルティアを見送った。

 よくあることなら、簡単な合図で店側に伝えるのだが、高価な注文はパターン化した合図とかじゃ無理だから、ちゃんと伝えるためにオルティアが直接いった。


 部屋の中、俺とノンの二人っきりになった。


「持ってきたよ」

「――って早っ!」


 ノンにオルティアの事を少し説明しとくか――と思う間もなくオルティアは戻ってきた。

 手にボトルと、三人分のグラスを持っている。


「そんなすぐに用意できるものなのか?」

「まあまあ、それよりも飲もう。ねっ、ヘルメスちゃん」

「まあいいけど……」

「ノンちゃんも、はい」


 オルティアはグラスに酒を注いで、まずはノンに渡した。

 このあたりの気遣いはさすがだな、と俺は思った。


 オルティアが客にまず注ぐのは当たり前だが、そこで俺じゃなくてさらりとノンに先に手渡すのはさすがだった。


 今日の目的を考えれば、俺よりもまずはノンに渡すべきだ。

 もちろん俺から先に、というのは間違いじゃない。

 でもノンからの方がよりよい選択肢だ。


 それを正しく選択出来るのがオルティアという女だ。


 そうこうしているうちに、二杯目は俺に、三杯目でようやく自分にと、オルティアはこの場にいる全員にお酒が行き渡る様にした。


 そして、俺を見る。


「じゃあ、乾杯しよう」


 そう話すオルティアの表情はいかにも飲みたくてうずうずしてる、って感じだった。

 自分も飲みたいのに仕事にまず徹したオルティアがおかしくて――ちょっと愛おしかった。


「ああ、乾杯しよう。今日はいくらでも飲んでいいからな」

「本当!? ありがとうヘルメスちゃん、大好き!」

「はいはい。じゃあ乾杯」

「かんぱーい」

「か、乾杯?」


 三者三様のテンションで乾杯をした。

 俺とオルティアはやり慣れているからいつも通りで、ノンは初めてだが俺達のやり方にあわせて、グラスとカチンとあわせて乾杯をした。


 それを皮切りに、俺達は飲み始めた。

 オルティアとの酒はいつも通り楽しかった。


 最初は困惑しつつもついて行けないって感じのノンだったが、次第にオルティアに引っ張られて、楽しく飲み始めた。


「おっ、ノンちゃんいい飲みっぷりだね」

「そうですか?」

「しかも顔も赤くならない、もしかしてすごく強い?」

「どうなんでしょう、わからないです」


 ノンは「分からない」って言うけど、まあ強いだろうな、と俺は思った。

 人間じゃないんだから、酒がそもそも効かない体質って可能性がある。


「ヘルメスちゃんも飲んで!」


 ノンの事を考えていると、横からオルティアが酒を注いできた。


「ノンちゃんにまけてるよー、もっと飲んで飲んで」

「そうだな」


 俺はにっこりと笑って、注がれた酒を一気に飲み干した。


「いい飲みっぷり! さすがヘルメスちゃん」

「さすが息子くんですね」

「そうだ! ねえヘルメスちゃん、こう言う飲み方はどうかな」

「んん?」


 どういう事だ? とオルティアを見た。

 オルティアはグラス二つを半分までそそいで、一つは俺に渡して、もうひとつは自分でもった。

 そうしながら、腕を絡めてきた。


 よくある色気のある組み方じゃなくて、互いに肘を前に突き出し、フックのように肘を引っかけるような絡め方。


 肘は絡めているが、手はそれぞれ自分の方を向いている。

 口元に持っているグラスが来ている。


「なるほど」

「かんぱーい」


 グラスを合わさずに、それぞれ持っているグラスを、肘を引っかけたまま飲み干した。


「ぷはー、うん、おいしい」

「ああそうだな」

「……息子くん、それ、おいしいですか?」

「ああ、楽しいぞ」

「私もいいですか?」

「いいよー。あたしとやってみよ」


 オルティアはそういって、また二人分の酒を注いで、自分とノンにそれぞれ持たせた。

 そして同じように、肘を引っかけて互いにのんだ。

 オルティアは最初からぐいっといって、ノンはおずおずとちょっと迷ってから飲んだ。


 どちらも、グラスを一気に飲み干した。


「どうだ?」

「……楽しいかもしれないです」

「やったね! じゃあドンドン飲もう! いいよねヘルメスちゃん」


 オルティアはそう言って、9割方なくなったボトルをちらつかせた。

 追加の注文いいよね、っていうおねだりだ。


「どうしようかな」

「えー。あっ、そっか。うふふ」


 オルティアは一瞬だけ不満そうに唇を尖らせたが、すぐに何かを察して、俺にしなだれかかってきた。


「ねえいいでしょう、一生のお・ね・が・い」

「しょうがないな」

「わーい」


 ちょっとしたお約束を挟んで、追加の酒を許可した。


「今のは?」

「おねだりだよノンちゃん。ノンちゃんも何かあったら、『一生のお願い』っていってヘルメスちゃんにおねだりすればいいよ」

「いやいや、そんなんされても」

「息子くん……一生のお願いです」

「むっ」

「もっと、いろいろ斬りたい、です」


 オルティアに唆されて、ノンはうるうるした上目遣いの瞳で俺に迫ってきた。

 楚々とした感じで迫られると叶えて上げなきゃって気になってくる。


「そ、そのうちにな」

「はい」

「ダメだよノンちゃんそこで引き下がっちゃ。もっとこう、おっぱいも当てておねだりしなきゃ」

「こ、こうですね」

「うっ……」


 ノンはオルティアに言われて、更に俺にしなだれかかってきた。


「の、飲もう! まず飲もう!」


 恥ずかしくなって、俺はぐい! っとグラスを空にした。


「おー、いい飲みっぷりだね。もっと飲んで飲んで」

「おう」


 オルティアは更に注いできて、俺はそれを飲み干した。

 こういう時は飲んでごまかすに限る、と俺はおもったのだった。


     ☆


「うぅ……」


 朝日がまぶたを差す。

 その朝日がまぶしくて、身をよじらせて逃げようとしたが――。


「う……、ん……」


 体の上に何か重しのような物が置かれていて、寝返りがうてなかった。


「なんなんだいったい……え?」


 目を擦りながら開けてみると、それがノンだということがわかった。

 ノンは仰向けになっている俺の上に寝そべっていた。


「なんで!?」

「うーん……あっ、息子くんだ。おはようございますぅ……」


 俺が動いたのに起こされたのか、ノンはうつ伏せのまま少しだけ顔を上げて、ふにゃ、っとした笑みを浮かべてきた。


 なんで? なんでノンが――って思っていると、更に大きな異常に気づいた。

 なんと、俺達は野外に寝そべっていたのだ。


 なんで? って思いながら、できるだけノンを起こさないように体を起こすと――更にびっくりした。

 なんと、俺達のまわりに「首」がいくつも転がっていた。


 それだけで大人よりもでっかい首が4……5……6、7。

 7個も転がっている。


 それにこれは……ヒュドラの首じゃないか。


「こ、これは一体……」

「どうしたんですかむすこくん……?」

「ノン、これはどういう事なんだ?」

「はい?」

「なんでここにいるしなんでこんなに首が転がってるんだ」

「……息子くんおぼえてないんですか?」


 体だけ起こして、俺の上で馬乗りの姿勢になるノン。

 さっきまで半分寝ぼけてたっぽいかんじだったのが、目も顔もシャキッとした。


「覚えてない、何を?」

「お願いを叶えてくれたじゃないですか」

「へ?」


 お願い……?


「って、あれ?」

「はいです。私がもっと色々斬りたいっていうお願い」

「うっ……」


 まったく何もかも思い出せないけど、推測はついた。


 ノンは色々斬りたい。

 オルティアはノンに「一生のお願い」を教えた。

 そして、俺は酔っ払った。


「おっふ……」


 がっくりきて、地面に大の字になってしまう。

 飲み過ぎて、またやらかしてしまったようだった。

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新頑張れ!」



とか思いましたら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!

何卒よろしくお願いいたします。

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