163.魔王の土下座
「で、殿下……」
まずい、これはまずいぞ。
ショウが子供の様な無邪気な目でこっちに向かってきている。
もともと距離を取っていたショウ、そうしたのは竜王の影の様子を把握出来る様にしたかったからだ。
つまり、常に視認できる距離にいた。
それで俺がフルで竜王の影を斬ったところを見られた、それはいい。
竜王の影を倒したのは二回目だからだ。
しかし、その直後にフルが竜王の影を吸収したのも見られてしまった。
それは――まずい。
フルのそれはまだ完全に把握していない。
何がどうなっているのか、どうしてそうなのか、全貌を把握出来ていない。
今この状況で聴かれても、ごまかす事すら出来ない。
ショウが駆け寄ってくるのを見つめながら、俺は必死にどうしようかって考えた。
「今のはスレイヤーでやったのだな? どういうことなんだ? 教えてくれカノー卿」
「あっ! バイトの時間だ!」
「え?」
俺はわざとらしくそう言って、ショウに「シュタッ」と古典的なジャスチャーをした。
「すみません殿下、今日はこれで!」
そういって、空を飛んで逃げた。
ここは逃げの一手に限る。
訳わからないうちに余計な事を言ったんじゃ墓穴を掘る可能性が高い。
「バイトって……貴族なのに?」
だから、ショウがきょとんとしているのも、あえて見なかったことにした。
ものすごい勢いで飛んで、「現場」から遠ざかった。
『マスター、何か不手際がありましたでしょうか』
「……いや、フルは悪くない。こっちの問題だ」
『そうですか』
フルはいつものように淡々と話した。
竜王の影を吸収した直後の興奮は、すっかり冷水をかけられてしまったかのようだ。
うーん、あっちを立てばこっちが立たず……いやどっちも立ててないのか?
「むむむ……」
どうしようか、と。
俺は空を飛びながら、頭を悩ませたのだった。
☆
屋敷に帰ってきて、俺専用のリビング。
竜王の影を斬って、人間の姿に戻ったフルと向き合っていた。
「つまり、エネルギー生命体なら吸収できる、ってことか」
「その認識で間違いではありません、マスター」
「ふむ……」
俺は頷き、深くソファーに体を沈めた。
戻ってきた後に、フルから詳しい説明を受けた。
どうやらフルや一部のスレイヤーには、エネルギー吸収の能力が備わっているようだ。
それは純粋なエネルギーに限らず、実体を持たない、いわゆるエネルギー生命体にも出来るみたいだ。
そうなった理由は――。
「全てを斬るために、エネルギー体を斬る事も必要でした。その過程で、エネルギー体は斬ったあと吸い取った方がいい、と当時の開発者は考えたようです」
「なるほど」
「ですので、私にもその機能が搭載されています」
「フルだもんな」
「その通りです」
心なしか、フルはちょっとだけ誇らしげにした。
「フル」であることに誇りを持っている、ということなんだろう。
それはまあ、それでいいとして。
「その力って、俺の力に影響されるのか?」
「おっしゃる意味がよく分かりません」
「つまり、例えば俺以外の人間がフルで竜王の影を斬ったとして、それで吸収できない、なんてことは?」
「それはありません。エネルギー吸収は私の標準機能です、マスター以外のマスターはいませんが、一億歩ゆずって他の人間がマスターだとしてもそこは変わりません」
「うん」
俺は少しホッとした、そして膝を打った。
なら、その通りにショウに伝えよう。
俺の力と関係のない、フルの力だというのなら問題ない。
この場合竜王の影を斬ったのは俺の力って事になるんだけど、竜王の影を倒したことは前にもショウにも見られているから、そこは問題にはならない。
「評価が上がる」事にはならない。
だったら問題ない、と、俺はホッとした。
――のも、つかの間。
「甥っ子ちゃーん」
「――っ!」
気を抜く間もなく声が聞こえてきた。
ぎょっとしてとっさに身構えた。
「ぐふっ!」
腹に衝撃が来た。
とっさに身構えたからそこそこのダメージですんだ。
「やめ……」
「私エラいのだ、ちゃんと声より遅くなるように抑えたのだ」
「おおぅ……」
抗議の声も出なかった。
確かに前回、声を超えてタックルするのはやめろって言った。
そしてそれをカオリは守ってくれた。
だからといって、ダメージがないわけではない。
魔王がほぼ音速で突っ込んでくるタックルをもろにうけて、俺は悶絶と(これからも続くという)絶望のダブルパンチに苦しんだ。
とはいえしょうがない、カオリは言って聞くような相手じゃない。
タックルの前に声が聞こえる様になったのだ、前よりはマシになったと思うことにした。
俺は深呼吸して腹の痛みをごまかした。
ここでリビングのドアがあいて、何人かのメイドが入ってきた。
メイド達は俺にしがみつくカオリと、カオリがぶち破って崩れた壁を一度交互に見渡した。
もはやいつもの事だから、メイドは特に何も言わず、人手を呼んで壁の後片付けを始めた。
「あれ?」
そんな中、カオリは俺の腰にしがみついていたが、ふと離れて立ち上がった。
そして、側に立っているフルの方を見た。
「お前……なんなのだ?」
「なに、とは?」
「……スンスン」
カオリはフルに近づき、子犬の様に鼻をならしてフルの匂いを嗅いだ。
フルは避けるでも無く、カオリに好きな様にさせた。
しばらくすると、カオリが驚いた顔をして。
「お姉様の匂いとそっくりなのだ」
「どういう事だ?」
「甥っ子ちゃん! このスレイヤーが前と違うのだ! 何があったのだ?」
「えっと……」
反転して俺に詰め寄ってくるカオリ。
いつも(良くも悪くも)無邪気な彼女にしては珍しい反応に俺は戸惑った。
「前と違うっていわれても、変化になるようなことは……、あっ」
「なにかったのだ?」
「竜王の影を吸収したから?」
「なんなのだそれは!」
カオリが更に詰め寄ってくるので、俺はフルで竜王の影を切って、その竜王の影を吸収したことを説明した。
すると、カオリは目を見開きつつも。
「だからなのだ」
と、納得したような顔をした。
「どういう事だ?」
「お姉様と同じなのだ。お姉様は魔剣で、竜王と契約し、魂を支配して使役していたのだ」
「え? 竜王とって、その魔剣も竜王の影をきったのか?」
「違うのだ、竜王のオリジナルなのだ」
「へえ……」
俺はまたちょっと驚いた。
カオリが話す「お父様」「お母様」「お姉様」というのは、うちの――カノー家の初代当主と同じ時代の人物のこと。
つまり数百年前の出来事だ。
その話をするときは決まって予想もつかない事柄が飛び出してくるもんだ。
今のもそうで、「竜王の影」は何度か目にしたけど、影があると言うことはオリジナルもどこかにあるか、あったということだ。
その竜王がカオリの姉と関係があったのがちょっと驚きだ。
「なあカオリ、ちなみにその竜王って……いまどこだ?」
「オリビアさんはお姉様とずっと一緒なのだ。死が二人を分かつまで、なのだ」
「そ、そうか。ならいい」
なんかのっぴきならない関係性っぽいが、俺はホッとした。
なぜなら、そういうことなら俺と直接関わる可能性は非常に低いだろうと思ったからだ。
竜王の影であれだから、竜王のオリジナルなんて面倒臭いの塊でしかない。
関わらないですみそうだから、俺は心からホッとした。
「……」
俺がホッとしている間、カオリはじっとフルを見つめていた。
「どうしたカオリ」
「そ、そこのスレイヤー」
「……」
「友達にしてやるのだ」
カオリは何故かちょっとつっかえながらも宣言した。
俺はちょっと驚いた、カオリの「友達」という言葉にだ。
ちなみにフルは無表情のままだ。
「カオリ、友達って、あの友達ってことか?」
「そうなのだ、友達第一号なのだ!」
「ええっ!」
俺はびっくりした。
カオリには、下僕第一号から第一千号くらいまでいる。
かくいう俺も下僕の中の一つだ。
今までカオリと接した感じだと、「下僕」でも彼女にとって特別な存在なのが分かる。
カオリが直接そう発言したことはないが、実際の所「認めたやつしか下僕にしない」という感じだ。
その下僕でさえなく、「友達」といった。
しかも「第一号」だ。
「……ああ」
少し考えて、納得した。
カオリは、「お姉様」と似ているフルの事が気に入ったのだ。
今まででも断片的にあったけど、よっぽどその「お姉様」の事が好きなんだな、って改めてわかった。
「友、達?」
興奮気味のカオリに対して、フルはいつもと変わらず、感情の起伏がほとんどない顔で、ちょこんと小首を傾げた。
「そうなのだ! 友達だから一緒に遊んであげるのだ」
「いい」
「え?」
「遊ばなくていい」
「……」
絶句するカオリ、まさか断られるとは思ってなかったって顔だ。
まあ当然だろうな、今まで「魔王の頼み」を断れるやつなんていなかったんだろう。
そりゃあショックも受けるし固まるってもんだ。
「あ、遊んで欲しいのだ……」
「私は遊びたくない」
言い方を変えて、すがりつくような目をするカオリだが、フルはやはりとりつくしまもなかった。
「ど、どうすれば遊んでくれるのだ?」
「……」
「どうしてもだめなのか?」
今にも泣き出しそうなカオリが不憫になったので、俺からも――って感じでフルに聞いてみた。
すると、フルはまっすぐと俺の方を向いてから。
「マスターの命令なら」
「俺の命令」
「はい、マスターの命令なら何でもします」
「あー……」
なるほどって俺が思った――よりも更に早く。
「甥っ子ちゃん頼むのだ!」
なんとカオリがパッと俺に向かって土下座をしてきたのだ!
まったく躊躇のない土下座に、カオリの本気度が伺える。
それにはさすがに焦って、カオリをおこしながらフルにいった。
「一緒に遊んでやってくれ」
「分かりましたマスター」
フルはあっさりと受け入れた。
そしてカオリも満面の笑顔で飛び上がった。
そのままフルの手を引いて、来たときにブチ割った壁の穴から出て行った。
魔王のものすごい速度で、二人の姿はあっという間に見えなくなった。
「ふう……やれやれ」
焦ったぜ。
まさかカオリがなあ……って思った次の瞬間。
カオリが飛び出していった壁の穴のまわりにいた、片付けをしていたメイド達の顔が見えた。
全員が、死ぬほどびっくりしている。
なぜだ――。
「みた、いまの」
「すごい……あの魔王が」
「魔王がご主人様に土下座した」
カオリの土下座の余波が、大きな尾を引くことになってしまうのだった。
「面白い!」
「続きが気になる!」
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