162.食事の時間
夕方、風呂から上がった俺は、廊下を歩いて自分の部屋に戻ろうとした。
途中で姉さんと出くわした。
「あらヘルメス、お風呂上がりですか?」
「ああ。……ちゃんとHHM48に洗わせたから」
「あら」
姉さんに何か言われる前に、俺の方から申告した。
「あら、あらあら」
姉さんはにやにやしながら俺を見た。
「どうでしたかヘルメス」
「いやまあ……うん」
俺は言葉を濁したが、実の所気持ちよかった。
風呂って意外と面倒臭いというか、疲れるものなんだ。
それでも綺麗にしてないとまわりに迷惑がかかっちゃうからはいるんだけど、もしもだれとも関わらない、無人島での一人暮らしなら一月に一回くらいでいい。
それくらい、疲れるし面倒臭いものだ。
それを一から十まで、至れり尽くせりでやってくれる。
楽だし……自分で洗うよりさっぱりして気持ちよかった。
「そうでしょうそうでしょう、お風呂でのご奉仕はちゃんと学ばせましたもの」
「そうなのか?」
「はい、大事ですからお風呂は」
「……そっか」
姉さんが言うと――HHM48と絡む事でそれを言われると色々とまあ意味深になる。
にやにやしながら言うとその感じが倍増する。
話がややっこしくなるから、俺は話題を逸らした。
「姉さんは何をしてたんだ?」
「さきほどサロンの方で、スレイヤーのお二人と話してましたよ」
「そうか、俺もちょっと顔を出してくるよ」
そういって姉さんと別れた。
HHM48の話になったから、そそくさと逃げ出した。
その足でサロンに向かう。
サロンというのは、屋敷に住む者達がくつろぐ場だ。
メイド達とか使用人達はこっちでくつろいだり、おしゃべりする事がおおい。
当主の俺は専用のリビングがあるから、こっちに顔を出すことはほとんどない。
そこに入ると、いくつもテーブルセットがあって、その中の一つでフルとノンが向き合って座っていた。
フルはいつもの無表情でまっすぐ前を向いて座ってて、ノンは窓の外を眺めている。
「……マスター」
俺が近づくと、足音なのか気配なのか、どっちかを感じ取ったフルがこっちを向いた。
声に出して呼ぶと、それにつられてノンもこっちをむいた。
「ああっ! 息子ちゃんだ!」
無表情で感情の起伏がほとんどないフルとちがって、ノンは俺を見てパアと顔をほころばせて、椅子から立ち上がってこっちに向かってきた。
俺の前に立って、すんすん、と鼻をならした。
「お風呂だったんですか?」
「ああ。二人は――あれ?」
俺はテーブルの上に置かれている二つのグラスに気づいた。
透明のグラスには明るい茶色の液体が入っていて、底に黒いつぶつぶみたいなのが沈んでいる。
「それ、タピオカミルクティーか?」
「うん! 流行ってたから買ってもらったんです」
「そうか、おいしかったか?」
「たぶん!」
ノンは満面の笑みで頷いた。
二つあるグラスの内、フルの物はまったく手をつけてないみたいだが、ノンのは残り半分くらいまで減っている。
飲んだはずのノンの方をみて。
「たぶん?」
と聞いた。
「あじ、分からないんです」
「そうなのか?」
「はい! でも楽しかったから、たぶんおいしかったです」
「私達は食物を摂取する必要はない、故に食物の味を判別する機能もありません、マスター」
感情が先行しがちなノンに補足するかのように、フルが淡々と端的に説明した。
「ふむ……」
俺はあごを摘まんで考えた。
何故――って感じでちょっと引っかかった。
だったら何故、人型になれるようにしたんだろうか。
インテリジェンスウェポンの必要性は分かる。
だけどそれなら人型になれる必要はなくて、喋れる様にすればいいだけだ。
その事が今更ながらにちょっと引っかかった。
「あっ、でもですね息子ちゃん、味は分からないだけで、食べること自体は出来ますよ」
「うん?」
「高速での回復やエネルギー補充などのために、エネルギーを急速で吸収し体内で変換する機能が備わっています、マスター」
「そっか」
俺はにこりと、二人を微笑み返した。
フルはどうなのか分からないが、ノンには気を使わせてしまったみたいだ。
俺は気を取り直した。
「だったら今度、ものすごい高カロリー――じゃなくて高エネルギー? なのを探してごちそうしてやるよ」
「本当ですか! ありがとうございます息子ちゃん!」
「心遣い感謝します、マスター」
ノンはパッと俺に抱きつき、フルもお礼の言葉を口にした。
俺は二人のグラス、飲みかけのタピオカミルクティーをちらっとみて、芽生えた疑問とともにいったん腹の中に収めた。
☆
「スレイヤーが何故人型のになれたのかの理由、ですか?」
翌日、書斎に姉さんを呼び出して、その事を尋ねた。
フルがやってきた直後に姉さんはスレイヤーの事を調べていたはずだから、何か知らないかと思って聞いてみた。
「どうしてそんな事を?」
「気になったから。よく考えたら人型になる必要はないはずなんだよな、って」
「そうですね……魔剣ひかりを参考にした、というのが理由のようですよ?」
「それがおかしいんだけどな。姉さんはそう思わないか?」
「……たしかに、そっちの方が難しいはず」
「ああ」
姉さんはそういい、俺は小さく頷いた。
スレイヤーが実際どういう過程で作られたのかはよく分からない。
だが、常識的に考えて。
何でも斬れる剣を作る。
何でも斬れるし、人間の姿にもなれる剣を作る。
普通に考えれば、後者の方が圧倒的に難しいはずだ。
「そう言われると……少し気になりますね」
「ああ。……知ってどうにかなるって事はないんだろうけど、気になるんだ」
「分かりました、私の方でも調べてみます」
「ありがとう姉さん。俺もカオリや、ショウ殿下リナ殿下に聞いてみます」
「はい」
姉さんはそう言って、書斎から出て行った。
直接姉さんとは関係のない話だろうが、姉さんが手を貸してくれる形になったら心強い。
とはいえ姉さんだけに押しつけるのも気が引ける。
せめて関係者――カオリかアイギナの殿下たちに話を聞くだけ聞いてみるか。
まずはどっちから――なんて思っていると。
「ご当主様! ここにおられましたか!」
「ミミス? どうした騒々しいな」
ちょっと悪い予感がした。
ミミスがこうして慌てて飛び込んでくる時はろくな事が無いからだ。
「王子殿下から救援の要請です」
「救援?」
「竜王の影です」
「なに?」
思わず眉をひそめた。
「あれは前倒したはずじゃ」
「分かりませんが、殿下からの要請は確かでございます」
「……わかった、場所は」
「こちらです!」
ミミスはそう言い、封書をさしだした。
俺はそれを受け取って、書斎から出て行きながら封を切る。
封書の中にはショウの手紙とともに、竜王の影が現われたっていう場所が書かれていた。
簡略化されているが要点がしっかり押さえられていてわかりやすい地図だ。
俺はそれを見て。
「10分くらいか」
飛んでいけばすぐだと思った。
ショウには世話になっているし、相手が竜王の影なら今更だ。
一度倒せた物を二度倒しても大してなにも変わらない。
いって、ショウを助けようと思った。
「マスター?」
廊下をズンズン進んでいると、廊下の向こうにフルの姿が見えた。
フルは俺を見て、少し驚いた。
「丁度いいところにきた。今から出かける、剣の姿になってくれ」
「承知致しました、マスター」
フルはまったく躊躇することなく頷いて、その場で剣の姿になった。
フル・スレイヤーの柄を取って、俺は屋敷から飛び出して、そのまま大空に駆け上がったのだった。
☆
飛行して約十分、辺り一帯に何もない岩山の所に竜王の影を見つけた。
竜王の影は前見たときと同じように、のそりのそりと進行している。
まわりをぐるっと見回したが、竜王の影から大分離れたところの地上に人の姿があった。
十人くらいの集団で、先頭の一人がこっちに手を振っている。
目を凝らすと、ショウだということがわかった。
「なるほど、距離をたもって監視してるのか。さすがだ」
ショウに手を振り返して、改めて竜王の影の方を向いた。
「あれを斬る。時間かけると暴れられて面倒臭いから、一気にケリをつける」
『存分に振るってください、マスター』
俺はフルの柄を握り直した。
そして、空中から滑降するように竜王の影に向かっていく。
接近していく途中で竜王の影はこっちに気づいたが、俺は更に空中で踏み込んで、速度をあげて肉薄した。
一瞬で竜王の影の懐に迫る。
そして、フルを振り抜く。
横一文字に薙いだ。
全てを斬るフル・スレイヤー。
斬撃一発だけで、竜王の影を真っ二つに切り裂いた。
前に竜王の影を倒したときよりも、遙かに楽に倒せた。
斬られた竜王の影はまるで粘土のように、二つの塊になって形を再構築しようとしたが。
再構築しているが、斬撃で引き裂かれた分弱っている。
このまま切り刻むか――と思ってフルを握る手に力が入った。
が。
『では、いただきます』
「え?」
戸惑う俺をよそに、フルは再構築中の竜王の影を吸い込みだした。
瞬く間に、フルは竜王の影を完全に吸い込んでしまった。
「な、なんだ今のは……」
『ありがとうございます、マスター』
「へ?」
更に困惑する俺。
フルの声が、普段よりも少しだけ感情がこもっているように聞こえたからだ。
一体……?
『さっそく高エネルギー体をありがとうございます、マスター』
「……あっ」
昨夜のやり取りを思い出した。
って、竜王の影がそうだったのか? いや別にこれを用意したって訳じゃ。
などと、予想外の事にちょっとパニクっていると。
「すごい! すごいぞカノー卿! 今のはなんなんだ!?」
「おっふ……」
遠くにいたショウが、無邪気な笑顔で駆け寄ってきたから、俺は頭を抱えてしまうのだった。
「面白い!」
「続きが気になる!」
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