160.噂も斬れる
「ヘルメス、ちょっといいですか?」
あくる日の昼下がり、今日こそがっつりだらだらしようと決意して、庭にだした安楽椅子でゴロゴロしていた所に、姉さんがやってきた。
日差し避けのために顔に被せていただけの本をどかすと、姉さんの真剣な顔が目に飛び込んできた。
何かあったのか? そう思いながら、体を起こして姉さんと向き合う。
「どうした姉さん」
「少し話があります」
「話? いいけど……なに?」
「ヘルメス……」
姉さんは更に真剣――いや深刻そうな顔をした。
貴婦人がよくする、おへその下あたりで手を組むあの仕草も、よく見れば組む手に力が入っている。
なんの話をするんだ――と、思わず身構えた。
「もっと、HHM48と過ごす時間を増やすのです」
「……はい?」
「ですから、もっとHHM48と過ごす時間を増やすのです」
「えっと……姉さんがしきってるあのハーレムの子達のこと?」
「そうです」
姉さんははっきりと頷いた。
俺は戸惑った。
姉さんの表情や仕草は深刻そのもので、なにか重大な事件でも起きたのかと思った。
それで身構えていたら、まったくそうじゃない、どうでもよさそうな事を言われた。
「なんだそんな事か」
「なんだそんな事か、ではありません。いいですかヘルメス、彼女達は正室ではありません、ハーレムなのです」
「お、おう」
「正室ならばそこは家と家との結びつき。義務感から年に一度だけ会っていればいい――というのでしたらそれもいいでしょう。……しかし!」
姉さんは一度「溜めて」、更に力説した。
「ハーレムはそういうものではありません。正室とそれほどあわなくても誰も不思議には思いませんが、ハーレムを作ったのに会わないのは不自然です」
「うーん、そもそも俺がつくった訳じゃないしなあ」
姉さんの言い分に、俺はちょっとだけ困ってしまった。
HHM48はそもそも、姉さんが一方的に作って、一方的に俺に押しつけた物だ。
それが嬉しいか嬉しくないかと言えば、やや、嬉しいよりだ。
姉さんがしっかりと言い聞かせたHHM48の女の子達は、俺の事をちやほやしてくれる。
望めばちょっとの間は何もしなくてもいいくらい、何から何まで至れり尽くせりでやってくれる。
だけどそれはちょっとだけの間。
ハーレムっていうからには、そこに色々やっかいな事もある。
例えば膝枕で耳掃除をやってくれた場合。
してくれた子にさらっとお礼をいう。
その「お礼」の言葉が、女の子達のあいだのマウント合戦に繋がることもある。
それが面倒臭くて、HHM48からなんとなく遠ざかっていた。
それを姉さんがもっと会えって言ってきてるわけだ。
「むむむ」
「なにがむむむですか」
「いやでもなあ」
「……ねえヘルメス、あなたもしかして」
「え?」
「ほ――」
「違うから!」
俺は速攻で否定した。
それはさすがにって事で速攻否定した。
「ちゃんと女の子の方が好きだぞ!」
「本当ですか?」
姉さんはジト目で俺を見つめてきた。
「そもそも、オルティアの所にちょこちょこ通ってるだろ?」
「あれがカモフラージュという説もあるのですよ」
「へ?」
カモフラージュって……。
「いやいや、なんでそうなる!」
「あの子、口が硬いのです」
「口が硬いって、オルティアが?」
「ええ」
「まあ……そうだな」
それは何となく分かる。
オルティアはノリが軽いが、口が軽い訳じゃない。
むしろ娼婦としての自分に誇りを持っているみたいだ。
娼婦として、客の事をベラベラと喋ることをよしとしない、って事なんだろう。
「口が硬いから、カモフラージュの相手として最適だ、とまことしやかに囁かれているのです」
「なんでそうなるのぉぉ!?」
思わず声を張り上げた、裏返ってしまった。
「誰だよ! そんな無責任な噂を流しているやつは」
「誰かも分からないくらい定説となりつつあるのです」
「うそーん!」
それはまずい。
まずいまずいまずい。
他人がそうだとしても別にどうとも思わない。
そういうのは人それぞれだ。
究極的に言ってしまえばそれは「好き嫌い」の問題だ。
だから他人がどういう好き嫌いになってるのか、男が男を好きだとか。
そうだったとしても何も思わない。
でも、俺がそう思われるのは絶対にいやだ。
だって、それは絶対に。
実害が、でるから。
そもそも俺は貴族の当主だ。
姉さんのHHM48しかり、オルティアの娼館の所然り。
周りがいろいろ忖度するもんだ。
普通だったら、姉さんの様に女の子を押しつけてくる。
それはいい。
でも俺が男が好きって噂が流れて、それが公然の秘密みたいな事になってしまうと、周りが勝手に気を利かせて男を押しつけてくる。
それは絶対にだめだ、絶対にいやだ。
好き嫌いの話で、俺は女の子の方が好きで男は絶対にない。
どうしようどうしようどうしよう。
既に広まりつつある噂をどうすればいいんだ。
「……あっ」
「どうしたのですかヘルメス」
「……いける!」
「ヘルメス!?」
俺はパッと飛び上がって、屋敷の中に飛び込んだ。
☆
数十分後、俺は空の上にいた。
ピンドスの街を一望できるほどの高さ、雲の上にいた。
ピンドスを見下ろしながら、右手にはフルを構えている。
「よし、見えた」
見下ろすピンドスに、「噂」が見えた。
空気とか気分とかそういうのと同じカテゴリーで、少し前までは見えなかったもの。
それがはっきりと見えた。
まるで虹色の様なそれが、今でも徐々に広まっている。
「こんな噂、断ち切ってやる!」
俺はフルを構えて、振り下ろした。
形のない物を斬る、全てを斬れるフル・スレイヤーの斬撃。
その斬撃が、街をまさに覆い尽くさんとする、俺の噂を断ち切った。
虹色のそれははじけ飛んで、徐々に薄まって、跡形もなく消し飛んだ。
「……よし!」
「噂」が消えたことに俺は安堵した。
この時、俺はちょっとパニックになっていた。
パニックになって、フルで噂を断ち切った。
後で我に返ったときにはもう手遅れだった。
街中の噂を一瞬で消し飛ばした何かをやったという事で、また評価があがってしまうのだった。
「面白い!」
「続きが気になる!」
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