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159.悲しみを斬る

「……」

「……」


 娼館の中、目の前にはいつものオルティア。

 しかしいつもと空気が違っていた。

 微妙な空気が流れてて、俺とオルティアは苦笑いを浮かべて見つめ合っていた。


 普段ならのんびりと、まったりとくつろぐ空気になってたけど、今日はその正反対で、オルティアが明らかに困ってて、俺もそれに釣られて困っていた。


 その原因になったのは、部屋の中にいる第三の存在。

 何故かここまでついてきたフルだ。


 フルは俺とオルティアから少し離れたところでちょこんと座っている。

 身じろぎ一つせずに、それどころか視線さえも動かさずに、ちょこんと――しかしじっと座っている。


 しばらくそうしていたが、オルティアがたまりかねて口を開ききいてきた。


「ねえヘルメスちゃん、あの子、なに?」

「あー……」


 さて、どう答えるべきかと俺は迷った。

 傍から見れば、若い女の子をつれて娼館に来たという事になる。

 さすがにそれはまずいよなあ。


「悪いな、女連れて娼館くるやつなんていないよな。そりゃ困る――」

「ううん、それはいいんだけどね」

「え?」

「そういう人結構いるから」

「いるのかよ!!」

「うん、いるよ」


 声が裏返ってしまうほどの勢いで突っ込んではみたが、フルの件とはうってかわって、オルティアは実にあっけらかんと言い切った。

 まるでなにか当たり前の事を話すかのように。


 それにはさすがに驚いた。


「え? まじなの? なんで?」

「理由はいろいろあるけど、聞きたい?」

「色々」

「うん、色々」

「……」


 俺は少し迷ったが、好奇心が勝った。


「例えばどんなのがある?」

「そだね……」


 オルティアは床に座ったまま、頬に指を当てて視線は天井へ向けて、思案顔をした。


「一番健全なのと、一番不健全なの、どっちがいい?」

「なにそのいい知らせと悪い知らせみたいな」


 オルティアの言い回しに苦笑いした。

 そして、更に迷った。


 なんだか怖いから、ここはまず――。


「じゃあ健全なので」

「教育」

「教育?」

「うん、嫁入り前でね、何も知らないと困るから、父親とかお兄さんとかがここにつれて来て、見て覚えさせるの」

「いや、それも大概不健全だろ」


 目的は理解できんこともないが、やり方がなにか間違ってる。


「そう? でも男の子の初体験に私達使うことよくあるじゃん?」

「むっ……」

「それで見るだけの女の子がダメって理由もないじゃん?」

「まあ……そう、かな?」


 不思議なことに、オルティアの理屈が正しい様に思えてきた。

 冷静に考えれば「おいおいちょっと待てよ」といくらでも突っ込めそうだが、何となく正しい様に思えてきた。


 健全でこれなら……と、もうひとつの不健全の方が怖くなってきた。

 怖くなったけど、オルティアの語り口のせいか、怖い物見たさ的な意味で気になってしまった。


 俺は身構えつつ、恐る恐ると聞いてみた。


「ちなみに……不健全だとどうなるんだ?」

「壊して――」

「オッケーそこまでだ」

「体だけ――」

「あーあー聞こえない」


 耳をパタパタ叩いて、声をだして主張する。

 出だしでもう既にヤバいにおいしかしない話を先んじて制して、やめさせた。

 そもそも「不健全」だし、何がどう転がってもまともな話にならなさそうだから聞かない方がいい、知らない方がいいと思った。


「あはは、ごめんね変なこと言っちゃって」


 オルティアはあっけらかんに笑いながら、話をそこで終わらせて、改めてフルの方に視線を向けた。

 俺とオルティアがこんなやり取りをしている間も、フルは身じろぎ一つせず、こっちをただじっと見つめているだけだった。


「女の子を連れてくるのはいいんだけど、あの子はなんで? ヘルメスちゃんそういうの好きじゃなさそうだし、そもそも――」


 オルティアは言葉を飲み込んだ。

 その先の言葉は言わなくてもわかるからあえて言わないでおいた感じだ。


「えっと……実は、彼女は剣なんだ?」

「ヘルメスちゃん大丈夫?」


 オルティアは心配そうに、俺のおでこに手の平を当てて、熱を測る仕草をした。


「そう来るよな。でもいたって正気だし本気だ」

「ありゃ?」

「で、剣だから、道具だから。出かけるときは一緒にいる、って理屈でついてきたんだ」

「ふむふむ、ヘルメスちゃん、ここ来るときも剣をいつも持ってるよね」

「ああ」


 俺は小さく頷いた。

 今までも、初代当主ナナ・カノーのボロ剣を持ったまま遊びにきてる。

 だから「剣を持ったまま来る」という話に限って言えば、オルティアにとっては それほど突飛な話じゃなくなってしまう。


「そかそか、うん、わかった」

「あっさり納得するんだな」

「いろんな男の人見てきたからね」


 オルティアはそう言いながら、ウィンクを飛ばしてきた。


「それくらいならまだまだ」

「そうなのか?」

「うん、女の子を物扱いする男の人はそんなに珍しくないよ。マイノリティ界のマジョリティだよ」

「違うからな!? 俺が物扱いしてるんじゃ無くて、向こうが物って自称してるからだからな」

「分かってる分かってる、そういう風に調教したんでしょ」

「うがー!」


 まったく分かっていないオルティア――いや。


「うふふ、冗談よ、冗談」


 彼女は婉然と笑って、俺の懐の中に飛び込んできた。

 ぬくもりと柔らかさが伝わる位に体を寄せて、胸板のあたりを指でなぞりながら、吐息混じりの声でささやいた。


「ヘルメスちゃんはそういうことしないって、わかってるから」

「うっ……」

「なんだかんだで女の子の気持ちを大事にしてくれるもんね」

「むむむ……」


 いきなりしっとりな空気を出してくるオルティア。

 正直、この空気がちょっと苦手だった。


 のんびりするのは好きだけど、こういう空気は苦手だ。

 この空気をどうにか断ち切れないものかと、なにか会話のとっかかりはないものかとまわりを見回した。


 ふと、フルが目に入った。

 オルティアとこうしてしっとりな空気を醸し出しているのにも関わらず、身じろぎ一つせずに座っているフル。


 フル・スレイヤー。


 全てを斬れるという、人造魔剣。


「……すべて」


 ……。

 俺は密かに手をつきだした。

 フルに向かって手をつきだして、目線で訴えた。

 剣になってくれ、と。


 フルはその意図をくみ取った。

 軽く腰を浮かせると、そのまま剣へ変形していった。


 普通の人間が座っている状態から立ち上がる――その程度の仕草で、途中から剣の姿になった。

 そして、剣になったフル・スレイヤーは俺の手の中にあった。

 俺はそれを握り締めて、目を凝らす。


「……見える」

「ヘルメスちゃん?」


 手首をぐるっと半回転させて、フルの刀身で弧を描いた。

 見えない何かを斬る、そんな感じにグルっと半回転。


 すると、手応えはあった。

 何も見えないけど、手応えはあった。


 次の瞬間、空気が一変する(、、、、、、、)


「そうだ! ねえヘルメスちゃん、一生のお願いがいたたたたた――」


 いつもの空気に戻ったオルティアに、とりあえず安堵のこめかみグリグリをしてやったのだった。


     ☆


 夕方に戻ってきて、敷地内に入って、屋敷に向かって歩く俺。

 俺は横についてくる、フルと会話をしていた。


「『雰囲気』も斬れるんだな」

「もちろんです、マスター。私は全てを斬るフル・スレイヤーです」

「ふむ」


 俺は小さく頷いた。

 全てを斬るフル・スレイヤー。

 物質的な物だけでなく「雰囲気」みたいな物も斬れるのは予想外だった。


「イマジン・スレイヤーの事をお話ししたと思います」

「ああ、聞いたっけ。ああそうか、お前にいたるまで、幻想とか、そういうのもやってたのか」

「はい、その通りです」

「なるほどな」


 完全に納得して頷く俺。

 予想外だけど、純粋にすごいって思った。


 屋敷の中に入った瞬間。


「むっ」


 俺はそれ(、、)にきづいた。

 今朝までだったら気づかなかっただろうこと。


 はっきりと、屋敷の中に「悲しみ」が見えた。

 オルティアが出していた空気と同質のもので、悲しみのもの。

 それが屋敷の中に漂っていた。


「なにかあったのか?」


 疑問に思いつつ、「悲しみ」を追いかけていく。


 すると、屋敷の奥まったところの、メイド達のたまり場に辿り着いた。


 空気が更に重く、「悲しみ」が濃くなった。


「どうしたんだ?」

「あっ、ヘルメス様」


 メイドがこっちを一斉にむいた。

 そのうちの一人、よく見る眼鏡のメイドが悲しみの発生源だって気づいた。


「なにかあったのか?」

「すみません、その……曾祖父が、なくなったので」

「むっ、そうなのか?」

「それであたしたち慰めてるんです。ねっ」

「そうです。この子のひいおじいちゃんは101歳だったから、大往生だからそんなに悲しむことはないって」

「なるほど」


 俺は眼鏡のメイドをみた。

 同僚達が慰めていても、やはり悲しそうにしてる。

 目も真っ赤に泣きはらして、見てて痛々しい。


「……フル」

「わかりました」


 名前を呼ぶと、フルは意を汲んで剣になった。

 メイド達が驚く中、俺はフルを振り下ろした。


 一回意識したら見えるようになった感情、空気。

 「悲しみ」を斬った。


 「悲しみ」は瞬く間に霧散した。


「そうですよね、むしろ笑って送り出さないとですね」


 眼鏡のメイドから悲しみが払われ、パッと表情が明るくなった。

 その変貌に、慰めていた同僚のメイド達が驚いた。


 まあ、これで立ち直れるだろう。

 101歳の大往生にあまり悲しんでるのも――。


『さすがですマスター』


 フルが剣のまま、俺を称える言葉を放ってきた。


「うん? なにがだ?」

『悲しみを断ち切るのは一番難しかったのです、それをいとも簡単にやってのけたのはさすがマスターです』

「え? いやお前はフル・スレイヤー、何でも斬れる剣なんだろ?」

『はい、それが出来ます。しかし実際に出来るかどうかは持ち手の技量によります』

「へ?」

『マオウ・スレイヤーは魔王を斬れずに砕かれました』

「あっ……」


 俺はハッとした。

 そ、そういうことか

『さすがマスターです、世界一の使い手です』

「おおぅ……」


 早とちりから、またやらかしてしまったようだった。

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新頑張れ!」



とか思いましたら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!

何卒よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] フルの初登場時に、オルティアは面識があったはずなので、今回の話の構想と矛盾してしまい、前半部分が成立しないのではないでしょうか?
[気になる点] フルを手に入れた時、オルティアと一緒にいなかったっけ?
[一言] 悲しみは断ち切っちゃってよいのか…?と思ってしまったw
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