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15.弟子がやりました(泣)

「ご当主様に申し上げます」


 謁見の広間。一通りの報告と許可が終わって、家臣団が次々と出て行く中、一人だけ残ったミミスが真顔で切り出した。


「ん? なんだ」

「ご当主が足繁く通っている娼婦がいると小耳に挟みました」

「オルティアの事か?」

「さよう。それをお控えいただきたい」

「……なんで?」

「ご当主が未婚のまま一人の娼婦に入れ込むのは外聞がよろしくありませぬ。どうしてもというのならまずは正室をお迎えになってから――」


 あっ、説教っぽいのが始まった。

 ミミスが言うのは貴族としては当たり前の話だ。

 そうなんだが、さてどうするか。


 と、俺があしらい方や、適度な俺の株を下げる応対を考えていたその時。


「師匠に失礼だろ!」


 俺の横、部屋の隅からミデアがミミスに怒鳴った。

 執務中ずっと、部屋の隅っこで護衛のように控えていたミデアが激怒した形相でズンズンとミミスに迫っていく。


「な、なにをする――」

「お前は師匠の部下だろ! 師匠にそんなこと言ってもいいと思ってるのか」

「私はご当主様のためを思って言っておるのです」

「また言うか!」


 更にキレるミデア、俺が侮辱されたと感じてほとんど逆上状態だ。

 さすがにこれはまずい。


「ミデア」

「師匠?」

「その辺にしろ」

「でも!」

「ミミスも。もう下がれ、言いたい事は分かった」

「……はっ」


 ミミスが一礼して謁見の間から出て行く。

 既にロングソードに手をかけたミデアは、手をかけたままわなわな震える。


 行き場のない怒りが、こっちに向かってきた。


「師匠! 今からでも許可を下さい! アイツをばらばらにしてくる」

「物騒だなあ、いいよそんなの」

「でも!」

「なあミデア……」


 名前を呼んで、真っ直ぐ目をのぞき込んで。

 それで「間」を開けて、怒りが落ち着くのを狙いつつ、宥め方を考える。


 いや宥めるのもそうだが、問題がもう一つある。


 彼女が俺を師匠って呼ぶことだ。

 この前、後から聞いた話だけど、俺は酔っ払ってる時にミデアに指導した。

 酔ってる時の指導だったからセーブしてないマジなもので、ミデアは「剣術の新しい領域に踏み込めた!」と感動して、更に俺を師匠と呼ぶようになった。


 ということはまずい事が一つある。

 ミデアは才能がある、間違いなく剣聖のじいさんを越える才能がある。

 俺を師匠と呼んだまま彼女が強く、そして有名になっていくと。


 同時に、俺も有名になって、「あのミデアの師匠だからきっともっとすごい」って当たり前の発想が世間に広まるわけだ。

 それは止められない、というかミデアもいつか気づく。


 今ミミスに怒ったのも、将来自分が有名になることで師匠の名も上がる事に気づく時の行動原理は一緒。

 それは、今のうちから止めないと。


 俺は少し考えて、あるシナリオを思いついた。


 この間わずか0.1秒である。


「……能ある鷹は爪を隠す、という言葉を知らないか」

「え? し、知ってるよもちろん」

「それはつまり、爪を隠せば隠す程能があるという意味でもある。……剣聖が普段からただのエロジジイに徹してるのもそうだ」

「なるほど!」


 いやなるほどじゃないけどな。

 後半はかなり適当にこじつけたがそれでも俺の言葉ならとミデアは信じた。


 チョロすぎるのはどうかと思うが……今は利用させてもらう。


「俺も爪を隠そうと思ってる」

「どういう事ですか師匠」

「お前、対外的には俺の、『ヘルメスの弟子』というな」

「えええ!? そんな!」

「対外的に流派の名前を隠したり、仮名を使うことってあるだろ」

「あっ、あるある。おじいちゃんも若い時は違う名前で剣を振るってたって言ってました」


 じいさんもやってたのか、それはありがたい。


「ああ、それと同じだ。仮名を考えようと思う。そうだな……」


 少し考える。

 なにかいい名前はないか。


 関係なさ過ぎるとミデアが納得しないし、近すぎると俺に辿り着く。

 ほどよく俺に関係のあるが、一般的なもの。


 ふと、試練の洞窟の事を思い出した。


 俺は七つ星の金貨を取り出した。

 持ってきたのは七つ星のヤツ。

 一つ星じゃなくて、一番簡単な七つ星のにして、その程度のしかもって来られなかったって形にした。


 それをミデアに見せる。


「これ、当主の証みたいなもんだ。地上で俺しか持ってない」

「はあ」

「ここを見ろ、裏に七つの星があるだろ。って事でナナ――ナナスだ」

「ナナス……分かりました師匠! これから名乗る時はナナスの弟子って名乗ります」

「うん、そうしろ」

「ナナス……師匠の剣の名前」


 その名前を舌の上で転がして、瞳をキラキラさせる。

 って感じで、かなりチョロく説得されたミデア。

 これでよし。


 しかし、なんだな。

 仮名というよりはペンネームをつけたみたいで、ちょっと気恥ずかしいな。


     ☆


 数日後。

 とくに何も起きない日々が過ぎて、俺はだらだら過ごしていて、今日も屋敷の中でくつろいでいた。


「……そういえば」

「どうしたのヘルメス」


 くつろいでる俺のそばで、自慢の髪を手入れしてる姉さんがつぶやきに反応した。


「最近ミデア見かけないな」

「あら、知らないのですか?」

「え? 何を」

「あの子、最近あっちこっちで道場破りをしてるみたいですよ」

「道場……破り?」


 なんだそれは。

 いや待て、なんか猛烈に悪い予感がするんだが。


「最初は私もよく分からなかったのです。彼女は『ナナスの名前を轟かせる』って言ってたのですから。ナナスとは? と」

「ふぇっ!」


 ナナスの名を……とどろかせる。


「最近は分かってきました。道場破りをする度に自分の師匠がナナスという人間だと触れ回ってるみたいですね。そのおかげでピンドスはもちろん、近隣の街にまでナナスの名が広まっているようです」

「えええええ!?」

「剣聖の孫娘が弟子入りしたナナス、もしや剣聖を越えた使い手では? ともっぱらの噂ですよ」

「やりすぎだミデアァァァァァ!」


 そんな事になってたなんて。


「そこから発展して、最近ではナナスVS剣聖の講談や戯曲も作られているみたい。良かったですね有名人」

「おっふぅ……」


 ミデアの事をよく知っている姉さんは、ナナス=俺と察しがついてるみたいだ。


 軽い気持ちでつけたペンネームがこうなるなんて。

 ミデアが帰ってきたら師匠って呼ぶのはやめさせないと。


 そこさえ止めれば、ナナスがいくら有名になっても俺と繋がらないから問題ないはずだ。


「そうそう」

「ま、まだ何かあるのか姉さん」

「まだないけど、一般論が一つ」

「?」


 一般論?


「頭のいい人とか、出来る人って、仮名をある程度連想出来る物でつけるもの。それを世間も知ってるから、仮名から本人を推測したがるもの」

「……」

「そういう経緯で正体がばれたら、普段以上の称賛を受けたり、名声がウナギ登りになったりするものですよ」

「のおおおお!」


 なんてこった。

 せめてまったく関係のない名前にするべきだった!

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