158.八つ当たりはダメ
どーん!!!
「ぶげぴっ!」
庭に安楽椅子を出して、いつもののんびりくつろいでいると、なんの予兆もなくいきなり腹に衝撃が来た。
内臓が飛び出るかと思うくらいの衝撃に、目の前が真っ白になってチカチカした。
「な、なにをするだ……」
「えへへ-」
悶絶しながら、徐々に戻っていく視界の中に犯人の姿をとらえる。
体当たりをした後そのまま俺の腰にしがみついてきたのは、いつものごとく悪びれないカオリだった。
彼女はニコニコした表情で、俺にしがみついたまま、見あげてくる。
『おいっこちゃーん、あそぼうなのだ』
「え?」
聞こえてきた声に俺は困惑した。
声はカオリの物だったが、目の前のカオリからではなく、遠方から聞こえてくるものだった。
念の為にカオリの顔を見ると、彼女はニコニコしたままで、口を開いた様子はない。
「なんだ今の声は」
「今の声?」
「遠くから聞こえてきたけど?」
「うーん、ああっ」
カオリはすこし体を上げて思案顔をしてから、ポンと手を叩いた。
「私の声なのだ」
「それは何となく知ってる」
「よくあることなのだ。甥っ子ちゃんを見つけたときに叫んだのが遅れてやってくるのだ」
「……」
……。
…………。
………………。
「音速を越えた体当たりするんじゃありません!!」
あまりにも想像外の事に理解が遅れた。
ようやく理解が追いついて、思いっきり突っ込んだ。
要は、雷のあれだ。
ピカッと光り雷が落ちたのが先に見えて、その数秒後に雷鳴が遅れて聞こえてくる現象。
つまり、カオリの突進は本人の声よりも遙かに早かった。
……そしてその突進で俺の土手っ腹にタックルしてきた訳だ。
いつか死ぬぞ、これ。
「だめなのだ?」
ちょっとだけ本気になった俺の突っ込みだが、カオリは小首を傾げて不思議そうに見あげながら聞いてきた。
「だめだ」
「うーん、わかったのだ。じゃあ今度からは音と同じくらいの速さに抑えておくのだ」
「それでもまだ早いよ!?」
「じゃあ音よりちょっと遅いくらいならいいのだ?」
「まだまだ全然速いから!」
カオリからすれば少しずつ譲歩しているのだろうが、魔王基準でそんなちびちび譲歩されても困る。
無意識の時にそんなことされたら体が持たない。
「だめ……なのだ?」
「……はあ」
俺はため息をついて、諦めた。
これ以上言ってもしょうがないだろうな。
身構えている時に、この魔王はこないのだ。
「わかった、音よりちょっと遅いくらいだぞ」
「うん!」
カオリは俺にしがみついた。
まったくしょうがない。
まあ、音が先に聞こえるんなら、後はどうとでもするしかない。
それはそれとして、一応釘をさしておこうか。
「あと、俺以外の人だったら死んでるからな、これ」
「それなら大丈夫なのだ」
俺の釘刺しに、カオリは自信たっぷりに言い放った。
「お母様の言い付けなのだ、自分より弱い人は相手にしないのだ」
「ああそうだったね」
俺は諦め気味に笑った。
うん、そういえばそうだった。
目の前にいる幼げな少女は、見た目通りの年齢では無い。
それどころか人間ですらない。
コモトリアの女王、魔王カオリ。
人間を遙かに超越した生き物、魔王という生き物。
おそらくは地上最強の生き物である彼女は、小指でデコピンをしただけで簡単に人間の頭蓋骨を跡形もなく吹き飛ばすことができる。
その気になれば一日で地上全ての生き物を消滅させられそうな魔王は、母親の遺言を律儀に守っていて、魔王と同格じゃない――弱い人間にはけっして手を出さないでいる。
そのかわり、普通の人間よりもちょっとだけ強い俺の事を気に入って、いつもじゃれてくる。
それはちょっと困りもんだが……断り切れないし本気で断ろうとしたらそっちの方が面倒臭くなりそうだがら、しょうがなく付き合ってあげている。
「甥っ子ちゃん甥っ子ちゃん、今日は何をして遊ぶのだ?」
「このまま日向ぼっこなんてのはどうだ?」
「それもいいけどもっと体を動かす遊びがしたいのだ」
「うーん」
さて、どうするかな。
こう言い出したらもうテコでも動かないのがカオリだ。
何か付き合って、ある程度体を動かしてやらないと収まりがつかないだろうな。
なにか適当なのはないかな、と頭を巡らせている。
「息子ちゃん――あれ、お客様ですか?」
屋敷の方からノンがやってきた。
ノンは一直線にこっちに向かってきたが、俺にしがみついているカオリを見て言いかけた何かをやめた。
カオリの事をどう説明しようか、と思っていると、そのカオリが顔を上げて、ノンをちらっと見てから。
「おー……」
「どうした」
カオリが珍しく感動した目で何かを見ていた。
人間にはほとんど興味のない魔王、彼女がこういう目をするのは彼女が気に入った相手――シリアルナンバー持ちの下僕を見る時くらいだ。
ノンを相手になんで? って不思議がった。
「お姉様のパチモノなのだ、久しぶりに見るのだ」
「お姉様のパチモノ? ……ああ、魔剣の」
「そうなのだ、ひかりお姉様のパチモノなのだ」
「ふむ」
「あなたは……どなたですか?」
ノンが不思議そうにした。
カオリはパッと飛び上がって、ノンの前で腰に手を当て、ない胸を反ってふんぞり返った。
「私は魔王なのだ!」
「魔王!? あ、あの?」
「知ってるのかノン」
「はい……」
「もちろんなのだ、私もパチモノを作るのに協力していたのだ」
「へえ……ああ、デビルスレイヤー、だっけ」
出会った頃に、フルから聞いた固有名詞を思い出した。
魔王――魔族。
それを斬るための剣、デビルスレイヤー。
それに協力していたというのはいかにもある話。
――だと、思ったんだけど。
「違うのだ」
「違う?」
「マオウスレイヤーなのだ」
「そっち!? ってかピンポイント過ぎる!」
「い、一点特化しないと魔王にとてもたちうち出来なかった、と、聞いています」
ノンがおずおずと答えた。
「ああ、なるほどね」
何となく理解できた気がする。
カオリが、と言うか魔王が飛び抜けた存在だから、一点集中しないとダメだったんだな。
「お前、すごいな」
「え? 何の事か分からないけどそうでもあるのだ」
「そういえばマオウスレイヤーはどうなったんだ?」
ある意味、他の「スレイヤー」よりも行く末がわかりやすかった。
たった一人を相手に生み出された存在なら、その相手であるカオリに聞けばいいだけのこと。
何となく気になって聞いてみた、が。
「むしゃくしゃしたから粉々に砕いたのだ」
「えええ!? やったのか?」
「そうなのだ」
「母親の言いつけは?」
「剣は物なのだ、だからいいのだ」
「……ああ」
俺は苦笑いした。
それは、何度も聞いたことのある言い分だった。
カオリの母親、前魔王はカオリにある言いつけを残した。
自分と同格の存在以外には手を出すな、という言いつけを。
カオリはそれを守っている。
魔王は最強で、同格の存在なんていなかったから、今まで人間には一切手出しをしてこなかった。
国で反乱や暗殺とかがあっても、傷一つつかないから反撃すらしないという徹底っぷりだ。
そのかわり、むしゃくしゃした時は物に当る。
……物に当る、って言えば可愛らしいが、カオリの場合それも規格外だ。
むしゃくしゃしたら森を燃やしつくす。
むしゃくしゃしたら湖を蒸発させる。
むしゃくしゃしたら山をぶっとばす。
そんな風に、むしゃくしゃしたときの八つ当たりでさえ規格外なのだ。
カオリからすれば「人間はダメ、物はいい」ってなってる。
だから剣であるスレイヤーはいい、っていう、彼女の中では一応の理屈が通っている。
もちろん、俺からすればそれは「違う」んだが。
だから、釘を刺した方がいいかもしれないなと思った。
「ふふっ……古傷がうずくのだ」
もとい、釘を刺しとこう。
「カオリ、ダメだからな」
「なにがなのだ?」
「ノン……彼女に八つ当たりとか」
「ほへ?」
カオリは驚いた顔で俺をみた。
何を言ってんだこいつは、って時の顔だ。
「ちがうのか? だったら今の古傷どうこうってのは?」
「ああ、それはお父様に教わったのだ。こういう時、風に吹かれながら『ふっ、風が吹くと古傷がうずく』ってするって格好いいって教えてくれたのだ」
「またあの男か一体何なんだよ御先祖様よ!」
カオリの話にちょこちょこ出てくる、彼女に訳の分からない事を教えている父親、俺の御先祖様。
あの世とかでばったり会えたらはっ倒してやりたくなる気分だ。
俺は気を取り直して、カオリにまっすぐむいて、言った。
「とにかく、ノンに八つ当たりはダメだ、いいな」
「うーん、うん、わかったのだ」
カオリは少し考えて、無邪気に大きく頷いた。
「甥っ子ちゃんがそういうのなら、ちょっといやなことをされたとしても我慢するのだ」
「よし」
意外と聞き分けがよかったカオリ。
それで俺はちょっとだけホッとしたのだが。
「もう大丈夫だ」って意味合いを込めてノンの方を振り向いたが――びっくりした。
ノンが、死ぬほどびっくりしてる顔でこっちを見てるからだ。
「どうしたんだ?」
「あ、あの魔王が……」
「え?」
「マオウちゃんを砕いたときは施設のある山ごと吹っ飛ばして手がつけられなかった魔王が言うことをきくなんて……すごい」
「あっ……待て待てノン、今のなし――」
「フルちゃんとアライちゃんに教えてあげないと!」
「待てぇぇぇ!」
止める間もなく、ノンは興奮した様子で駆け去って行った。
ノンが吹聴したそれは瞬く間に屋敷中に広まってしまったのだった。
「おおぅ……」
「面白い!」
「続きが気になる!」
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