157.上下関係
次の日の昼過ぎ、立派な作りの馬車が二台、屋敷に訪れた。
メイドの通達を受けて、屋敷の表に出て出迎えると、馬車から見知った顔の兄妹が降りてきた。
アイギナ王国第三王子、ショウ・ザ・アイギナ。
同王女、リナ・ミ・アイギナ。
カノー家にとって主君筋である二人が連れ立ってやってきた。
メイドを率いて出迎えた俺は、一歩前に進み出て、二人に跪いた。
「我が家にお越し頂き光栄です、殿下」
「久しぶりだねカノー卿、壮健そうでなによりだ」
「そんなにかしこまる必要はない。中へ案内してくれ」
ショウもリナも、普段とちがった振る舞いをしている。
特にリナは「かしこまる必要はない」と言いつつも、本人が一番かしこまった、公式の場に出るような口調で話している。
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
立ち上がった俺はそう言って、身を翻しつつも半身だけ二人の方に残して、屋敷へ先導するように案内した。
屋敷にはいって、一直線に二人を応接間に案内する。
そしてドアが閉まって、部屋の中で三人になった途端。
「すごい! すごいぞ!」
さっきまでのよそ行きの振る舞いとはうってかわって、ショウが興奮した表情で俺に詰め寄ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってください殿下。いきなりなんですか」
「そなたの姉から聞いたのだ。そなたとスレイヤー達との話を」
「あ、はい」
まあそうだろうな、と俺は思った。
このタイミングでこの二人が来る理由なんて他にない。
姉さんが報告した、フルやノン、アライ達の話以外あり得なかった。
ショウのきらきらとした、少年の様な瞳に見つめられて、俺はため息をついた。
まったく……困ったものだ姉さんは。
「ソーラを責めないでやってくれ」
「え?」
子供のように興奮するショウとは違って、リナは冷静な感じだった。
……いや、そうでもないな。
冷静の様に見えて、リナの瞳もショウと同じように、興奮気味にきらきら輝いている。
表面上だけ、すましているだけって感じだ。
そんなリナが取り澄ました口調のまま続けた。
「アイギナの民、そしてアイギナ貴族として。その事を報告しなければならない義務があるのだ」
「義務? どういうことなんだ?」
「ヘルメスよ、そなたはスレイヤーシリーズの事をどこまで知っている?」
「えっと……」
リナの瞳からは、「まずは前提のおさらいから」と言っているように見えたから、俺は一旦頭の中でスレイヤー一族についての情報をありったけ思い浮かべてから、要約した。
「フル・スレイヤーという何でも斬れる剣をつくる計画?」
「目的についてはまさにその通り、では理由は?」
「理由?」
「そうだ、何でも斬れる剣を作ろうとした理由」
「えっと……」
なるほどそっちか。
そっちはあまり考えた事が無かったから、俺はもう一度、改めて記憶を探ってみた。
聞いた様な、聞いてないような……。
どっちにしろはっきりしなかったから、その事を正直に答えることにした。
「そっちはよく分からない」
「そうか」
「クシフォス」
「ーーっ!」
リナの言葉を引き継ぐようにして、ショウの口から出てきた言葉。
その言葉に俺はビクッとした。
「どうしたんだい?」
「ごめんその言葉はちょっとトラウマ……」
脳裏に思い浮かぶのは、今やカノー家の家宝になっている複数のクシフォス勲章。
リナとショウからもらった、大量の勲章が脳裏に浮かんだ。
俺は軽く深呼吸して、気を取り直して、聞き返した。
「その勲章がどうかしたんですか?
「クシフォス勲章の名前の由来は覚えているか?」
ショウが聞いてきた。
「知っているか?」、ではなく、「覚えているか?」
つまり知っていて当然の知識らしい。
知らないとは言えない空気、俺はちょっと真剣に記憶を探した。
こっちはすぐに見つかった。
「えっと……護国の聖剣、でしたっけ」
「そう、かの聖女王、セレーネ様が振るっていたと伝えられる、アイギナの国宝たる聖剣クシフォス。それがクシフォス勲章の由来だ」
「由来が聖剣だから、軍功などに授与される」
「確か――」
俺は言いかけて、やめた。
そのあたりの話は、カノー家の初代、ナナ・カノーが深く関わっている。
その事も思い出したが、言葉をぐっと飲み込んだ。
試練の洞窟、ボロ剣、七つの裏コイン。
初代と関わるとろくな事にならないから、その名前はぐっと飲み込んだ。
言いかけたせいで、ショウとリナは「???」な感じの顔で見つめてきたが、俺はすっとぼけて、話を本題に戻した。
「そのクシフォスとスレイヤー一族に関係があるんですか?」
「ああ、そうそう」
ショウは思い出したかのように、話を続けた。
「つまり、我が国も開発に深く関わったって事だよ。クシフォスは権威を失墜させてはいけないから戦場に持ち出せない、でもそれに変わる力は欲しい。だからクシフォスと似たような力をもつクシフォスの代わりになる無名の剣を――ってね」
「ああ……」
俺は小さく頷き、ショウの説明に納得した。
なんともまあ、難儀なことだ。
例えばなんかの競技で、ある人間が勝ち続けたとしよう。
最初の頃は連戦連勝とどんどんやっていけるものだが、次第に勝負とか試合にでる事自体が難しくなってくる。
普通の人間にとっての一敗と、例えば100連勝した後の一敗とじゃ訳が違う。
気軽にでてあっさり負けたんじゃ、まわりの人間が納得しない。
伝説にさえなった護国の聖剣クシフォス。
なるほど、そりゃ聖域として祭り上げといたままにして、代わりを作った方がいいよな。
平時に聖剣がでて変なヘマをしたんじゃ、権威に傷がつくもんな。
「それがスレイヤー一族ってわけですか」
「うん、もっとも。アイギナは途中で手を引いたけどね」
「なんで?」
「完成形となるフル・スレイヤーが一点物だったからだ」
「……?」
リナの答えに、俺は首をかしげた。
確かにフルはオンリーワンの存在だが、それがなんで手を引く理由になるんだ?
むしろ強いからいいんじゃないのか?
そんな俺の疑問を見抜いて、ショウが答えた。
ただし、困ったような顔で。
「一点物だとね、結局はそれも伝説になっちゃうんだ。フル・スレイヤーという新しい伝説が」
「……ああ、兵に持たせるレベルの、大量生産のそこそこ強い武器が欲しかった訳ですか」
「そういうことだね」
「ちなみにそれは当時の判断。今だとまた違ってくる」
「え?」
ちょっと驚いて、リナの方をみた。
「いや、よく考えたらそれでも問題はなかった、という事だな」
「どういう事なんです?」
「簡単な話だ。思い出せヘルメス、この話の本来の目的を」
「……ああ」
俺はハッとして、ポンと手を叩いた。
話の本来の目的――聖剣クシフォスの「格」を維持するということ。
それが目的なら。
「フル・スレイヤーがいくら有名になっても、クシフォスにだけは劣っている、ってすればいいのか」
「そういうことだ」
リナが頷き、ショウがにこりと微笑む。
「アイギナ王国にとってクシフォスは絶対不可侵の神聖な存在だけど、スレイヤーはそうではないからね」
「クシフォスには劣るのが大前提。そして何かに劣るのであれば完璧ではない、ならば実用性には何ら問題も生じない」
「なるほど」
「この事を、当時もすぐにアイギナの中枢は気づいた。それで代替わりしたタイミングで取り戻そうとしたけど、その時はもう関係が完全に断たれて消息がつかめなくなったらしいのだ」
「と、いうわけで」
ショウはニコニコ顔から真面目な顔になって、俺を見つめた。
「そのスレイヤーシリーズの持ち主がヘルメス・カノーである事を公認させてもらいたいんだ」
「むっ……」
公認というのはいやだ。
なんだかものすごくいやだ。
ものすごく――面倒臭いにおいプンプンだ。
「されなきゃ……だめですかね」
おそるおそると、うかがうように聞いてみた。
「できれば、お願いしたい」
ショウとリナはまっすぐ俺をみつめた。
俺は再び「うっ」となった。
これはちょっと困る。
そして――ずるい。
まだ、「命令」された方が気が楽だ。
そんな風に困っていると、ショウはそれをくみ取る様な形で更に言ってくる。
「大丈夫、公認するだけだよ。王国から『スレイヤーで何々しろ』とは言わないから」
「え? それでいいんですか?」
「もちろん、当時に約束した報酬とかは受け取ってもらうけど」
「報酬?」
「スレイヤーシリーズ完成、実戦投入可能な状態まで持っていった暁には――という、王国としての約束があるんだ」
「ああ……」
そりゃあ……あるだろうな。
「だからそれだけでも受け取って欲しい、王国にも体面ってものがあるからね」
「むむむ……」
俺は迷った。
少し考えてから、聞いた。
「本当に何もしなくてもいい?」
「うん」
「我らの名に誓おう」
「……わかった」
俺は諦めて、頷いた。
それくらいのことなら、まあ、とおもった。
ショウとリナとの関係にひびを入れてまで固辞するような事じゃないと思った。
「そうか! ありがとう!!」
ショウは両手で俺の手を握って、大げさにぶんぶんと上下にふった。
リナはその横でニコニコ微笑んでいる。
「フル達でなにもしないからな」
「うむ、全てはそなたの好きな様にしてもらっていい。ヘルメス・カノーがスレイヤーシリーズを持っている、という事実だけで十分だ」
「はあ……」
なんだかうまく乗せられたかも……と、ため息を漏らしてしまうのだった。
☆
数日後、書斎の中。
俺がオルティアの写真集を読んでいると、ドアがパン! と乱暴に開け放たれた。
現われたのはミミスだが、何故かものすごく慌てている。
「た、大変ですご当主様!」
「どうしたんだ?」
写真集を机の上に置いて、ミミスをに目線を向ける。
「これを!」
そういって、ミミスは箱をさしだしてきた。
「ーーっ!」
箱を見た瞬間、心臓がはねた。
背中からいやな汗がどっと噴きだしてきた。
見覚えのある箱だった。
クシフォス――勲章の、箱。
これまで何度も目にしたことのある、アイギナ王国最高叙勲のクシフォス勲章が入った箱だ。
「殿下からまた贈られてきました!」
「なんで!?」
「それはこっちの台詞です! 今度は何をなさったのですか!?」
「何もしてないのに!?」
悲鳴のような声を上げた後、ハッとした。
約束の報酬。
リナは確かにそう言ってた。
その約束の報酬がこれ?
スレイヤーシリーズの作り手にはクシフォスの勲章与えて、クシフォスとスレイヤーの上下関係をはっきりさせた……?
繋がってみれば納得の行く話だった……のだが。
「おっふぅ……」
もう何個もらったかも分からないクシフォス勲章を見て、また評判が上がってしまうじゃないか、と。
俺はがくっときてしまうのだった。