156.自慢したがり屋
あくる日の昼下がり、天気がいいから庭でひなたぼっこをしようと思った。
今日はソフィアが来る日だけど、庭でのんびりしてたら向こうが見つけてくれるか。
そう思い、部屋を出て廊下を歩く。
「……ん?」
ふと、背後から小さな物音がきこえてきた。
何者かの足音だ。
何事かと思って、振り向く。
すると、背後の目線の先にノンの姿があった。
ノンは俺と目があうと、何故か逃げ出して、曲がり角の物陰に隠れた。
「……?」
何かあったのかな?
しばらくそこで待ってみたが、ノンが出てくることはなかった。
アライと違って俺の血を取り込んだ状態でもないから気配もなくて、そこにまだいるのかも分からない。
「ま、いっか」
なにか切羽詰まったような状況にも見えなかったし、放っておくことにした。
俺は振り向き、再び歩き出した。
玄関目指して、そこから庭に出ようとおもって歩き出した。
「むっ」
気配はしなかった。
しかし足音と、衣擦れの音が聞こえた。
歩き出した直後だが立ち止まり、振り向いた。
「わわっ!」
すると、曲がり角の物陰から出てきたノンが、慌ててまた物陰に隠れた。
「……」
見なかったことにして、振り向いてまた歩き出した。
今度は集中していたから、すぐに足音が聞こえた。
立ち止まって、振り向いた。
「あっ!」
また出てきたノンは、またまた物陰に隠れた。
「もうバレバレだから」
「な、何の事ですか?」
「いや、返事してる時点でモロバレというかそもそもそれ以前の問題だから」
「……」
「俺になんか用があるのか?」
「うぅ……」
ノンは観念したかのように、物陰から出てきた。
フルと絡んでいたときはぐいぐいと押して、一方的に「好き好き-」ってやっていたノンだが、その元気さが見る影もなく、シュンとなっていた。
「すみません……ご迷惑でしたか?」
「迷惑というか、なにか用事があるのか?」
「その……」
「うん?」
ノンはもじもじした。
何か言いたそうにしているが、恥ずかしくて切り出せない、って感じの仕草だ。
急かしても何なので、俺はじっとまった。
ノンはしばらくもじもじした後、おずおずと切り出した。
「何か……斬りたい、の」
「何か斬りたい?」
どういうことだ? と小首を傾げた。
「あのね、初めて何かを斬ったの」
「……ああ」
俺は得心し、小さく頷いた。
彼女とアライを連れて帰ったときのことだ。
肉体を失い、いわば幽霊状態になった彼女とアライを元に戻すには、彼女達の肉体――スレイヤーの剣をつかって「斬る」必要があった。
その時に、俺は彼女を振るって、物を斬って肉体にもどした。
剣で物を斬る――本来は当たり前の行動だが、ノンにとってそれは当たり前ではなかった。
スレイヤーの最終形態、「フル」に繋がる「ノン」。
何も斬れない「ノン・スレイヤー」として産み出されたのが彼女だ。
「そういえば、何も斬れたことはなかった的な事をいってたっけ」
「そうなの、何かを斬ったのは初めて」
「ふむ」
俺はなるほどと頷いた。
ノンが微かに嬉しそうな笑顔で、更に口を開く。
それとほぼ同時に、背後にある、玄関の扉が開いた。
「息子くんが、私の初めての人なの」
「ヘルメス、面白い魔導書をみつけてきた……よ……」
魔導書を持って、屋敷に入ってきたソフィアが固まった。
ノンの言葉を聞いて、固まってしまった。
ソフィアは俺とノンを交互に見比べて、次第に怖い顔になっていった。
「あいや、それは誤解――」
「不潔よ!!」
ソフィアは思いっきり最悪の勘違いをして、ぱっと身を翻して、屋敷から飛び出した。
「あちゃー……」
どういう勘違いをしたのか聞かずともわかった。
しょうがないな……あとで誤解を解いとくか。
ため息を飲み込んで、ノンの方に振り向いた。
ノンは、ソフィアの登場などまったく目にも入っていなかったかのように、まったく同じ表情のまま俺を見つめていた。
「えっと……何かを斬ったのは初めて、なのはわかったけど、それで何がいいたいんだ?」
「すごく満ち足りた気分になっちゃうから、もっと斬りたい、な」
「ふむ」
ちょこんと首をかしげながらおねだりをしてくるノン。
俺は少し考えた。
「斬れるならなんでもいいのか? 生き物じゃなくても」
「わからないけど、たぶん」
「わかった」
そういうことなら、別に断る事もないとおもった。
☆
メイド達に頼んで、屋敷の庭に巻き藁を設置してもらった。
別にそれじゃなくてもよかったんだが、用途を説明したら、ミデアの修行にちょこちょこ手伝っているということで、サクッと巻き藁を十数個設置してくれた。
巻き藁というのはある意味都合がよかった。
巻き藁を斬ったところで名声とか評価とか上がらないからだ。
その巻き藁の前に立って、剣の姿に戻ったノン――ノン・スレイヤーを持つ。
「それじゃ、いくぞ」
『うん、お願い』
頷いて応じて、ノンを振るって、巻き藁を斬っていった。
「む……」
手応えがものすごく鈍かった。
ただの巻き藁だが、普通に振るっただけじゃ斬れそうになかった。
ノン・スレイヤー。
何も斬れないというコンセプトで作られた人造魔剣。
普通にやっていたんじゃ巻き藁すら斬れない。
『だめ……かな』
「大丈夫だ、見てろ」
俺は息を吸って、かつて黒い服の少女にやらされた卒業試験、「豆腐で作った剣でドラゴンを斬る」くらいの勢いでノンを振るった。
何も斬れないノン・スレイヤーだが、豆腐でドラゴンを斬るくらいの力でどうにか、巻き藁を斬ることができた。
『あぁ……きもち、いぃ……』
もし人間の姿のままだったら、恍惚に震えているだろう……そうと思わせるようなノンの反応だった。
ちょっとどうかとも思うが、喜んでるみたいだから、ちょっと骨は折れるが俺はそのまま巻き藁を全部斬っていった。
☆
次の日、俺はリビングでくつろいでいた。
昨日は久し振りに、五割に近い力でバンバン巻き藁を斬ったものだから、二の腕とかがパンパンになってつかれた。
今日は休もうと思った。
誰が何を言おうと、休もうと思った。
そう思ってリビングでソファーに寝そべっていたら、姉さんがニコニコ顔でやってきたのが見えた。
「うふふ」
「どうしたんだ姉さん」
「聞きましたよ、昨日、庭での出来事を」
「庭? …………巻き藁を斬っただけなんだけど」
そう返事して、すっとぼけた俺だが、悪い予感がした。
「あら、ヘルメス忘れたの? 私、スレイヤーの事を調べていたのですよ」
「むむ」
そういえばそうだ。
フルが現われた事をきっかけに、姉さんはスレイヤー一族の事を調べている。
かなりディープな所まで調べているみたいだ。
「うふふ、全部知っているのですよ。昨日ヘルメスが巻き藁を斬るのに振るっていたのはノン・スレイヤーですよね」
「ちょ、ちょっとまって姉さん」
俺はぱっとソファーから飛び上がった。
慌てて姉さんに詰め寄った。
「あれは違うんだ」
「何が違うのですか?」
「それは、えっと……」
俺は焦った。
メイド達は普通に誤魔化せた、というか理解できていなかった。
メイド達や、メイド達と繋がっているミデアの目には、俺がただ巻き藁をきった程度にしか見えなかったはずだ。
だから問題はない。
しかし、姉さんはちがう。
今の反応から見てもわかるように、姉さんは正しく認識してる。
ノン・スレイヤーでバンバン何か斬った、ということ。
それをどうごまかそうか、とフルに頭を回転させた――が。
コンコン。
「失礼します」
ノックの後、ミミスがリビングにはいってきた。
ミミスは俺と姉さんの前に立って、ゴホン、と咳払いしてから、ちょっと嬉しそうな顔をした。
悪い予感がした、ものすごく悪い予感がした。
「待てミミス――」
「ショウ・ザ・アイギナ第三王子殿下からの使いがお見えです」
「――はぅ!!」
俺はがくっときて、姉さんをみた。
姉さんは「うふふ」と得意げな笑みを浮かべた。
仕事がはやいよ姉さん……。
姉さんはすでに、その事を王子殿下に報告していたみたいだった。
「面白い!」
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