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155.自分自身の味方

 夜、書斎の中。

 俺は一人でぼうっとしていた。


 椅子の背もたれを45度くらい後ろに倒して、背をもたれかけさせかけて天井を見あげていた。


 ノンとアライにはちゃんとした部屋を割りふってやったけど、ノンはフル好き好きモードになって、フルの部屋に入り浸った。


 またうっかりやらかしてしまった俺は、書斎で一人っきりになって後悔していた。

 そこにコンコン、と物静かなノックが聞こえてきた。


 この気配……姉さんか。


「はーい……」


 気の抜けた返事をすると、ドアがガチャッと開いて、姉さんが書斎に入ってきた。


「ここにいたのですねヘルメス――あら? どうしたのですか、なんだか元気がないようですけど」

「あー……なんでもないよ」


 俺は漏れそうなため息をぐっと飲み込んで、そう言った。

 今更言ってもしょうがない事だから、むしろさっさと忘れてしまった方がいいと思ったから、そうした。


「そうですか?」


 姉さんは不思議そうに小首を傾げたが、深く追求することはなかった。

 代わりに、ニコニコした顔のまま俺に近づいてきた。


「うふふ」

「なんだよ姉さん、気持ち悪い笑い方して」

「もう! ひどいですよヘルメス」

「いやだって、姉さんがそんな笑顔して近づいてくる時とかさ……」


 最後の「ろくでもない事しかない」っていうのをかろうじて飲み込んで出さなかったが、言ってるも同然の感じになっていた。


「もう! ろくでもないって何ですか。私はちゃんと、カノー家の存続のための話をしに来たのですよ」

「むっ?」


 倒していた椅子の背もたれを戻して、体も起こして、姉さんをみた。


 姉さんの言うことが気になった。


 カノー家の存続。

 当たり前すぎてあまり気にしてないけど、それは俺にとって一番重要なことだった。


 何もしないでだらだら過ごしたい俺にとって、カノー家が貴族のまま存続するのが最重要な事だ。


 だから、姉さんがいう「カノー家の存続」は気にしない訳にはいかなかった。


「どういうことなんだ?」

「はい、これをみて下さい」


 姉さんはそういって、数冊のフォトブックを書斎の机の上に置いた。

 魔法写真で作られたフォトブック、その一つを開いてみると――なにやら貴婦人がうつっていた。


 他のも開いてみる。

 すると、全員が似たような感じの貴婦人だった。


「なに、これ?」

「お見合い写真です」

「お見合い写真?」

「はい。ここ数年夫を亡くした未亡人のお見合い写真です」

「……なんでそんなものを?」

「いやですねえ、ヘルメス、フルちゃんのお母さんを連れ戻ったじゃありませんか」

「そうだけど……」


 だから? って顔で姉さんを見つめ返す。


「ようやくヘルメスも人妻に目を向けてくれるようになったから、だから集めたのですよ。さあ、この中から誰でもいいから、好きなのを選んで下さい」

「だからなんで!?」


 ちょっとだけ声が上ずって、突っ込み気味で聞き返した。


「え?」

「え?」

「ヘルメス、忘れたのですか? 確実に子どもを産める、経産婦の未亡人の価値を」

「……あ」


 言われて、思いだした。

 たしかに忘れていた。


 貴族にとって、結婚相手は処女か未亡人かが多い。

 どっちも、貴族として、家の「血」をつなげていくためだ。


 処女は言うまでもなく、他の男と交わっていないから、産んだら確実にその貴族の子だということ。

 そして経産婦の場合「一度子供を産めた」というキャリアがものすごく重宝されるんだ。


 若くて綺麗でも、子供が出来ない・産めない可能性だってある。

 貴族の血をつなぐという目的が優先された場合、未亡人の経産婦はものすごく重宝がられる。


 だから、姉さんがそう言ってくるのは理解できる――んだけど。


「はやまるな姉さん」

「へ?」

「彼女達を連れて帰ったのはそういう理由じゃない」

「そうなのですか? では、なぜ?」


 姉さんはきょとんとし、小首を傾げた。


「それは……」


 ノンとフルのあの時の姿が頭に浮かんだ。

 それが理由だけど、素直に言うのが恥ずかしかった。

 恥ずかしくて、黙っていると。


「うふふ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのですよ」

「うっ……いや恥ずかしいのは恥ずかしいんだけど」


 姉さんは口を押さえてにやにやと笑った。

 間違いなく、ますます勘違いされてしまっただろう。

 さて、どうしたもんかと迷っていると。


「でも、そうですね。すこし性急が過ぎたかもしれません」

「へ?」

「あらかじめ用意した未亡人ではヘルメスの好みに合わないかもしれません」

「あらかじめ用意してたのか!?」

「ヘルメスが連れ帰った彼女達をよく観察して、それに似たタイプを改めてリストアップする事にしますね」


 姉さんはそう言って、お見合い写真をまとめて、笑顔を保ったまま部屋から出て行った。

 呼び止める暇もなく、まるで嵐のような姉さんだった。


 ヘルメスハーレムといい、お見合い写真といい。

 いつもの姉さんといってしまえばそこまでなんだが。


「本当、何を考えてるんだか」

「気に、なるの?」

「うわっ!」


 真後ろからいきなり声が聞こえてきて、俺はびっくりして、椅子から飛び上がった。

 飛び上がった後、パッと振り向いた。


 椅子の後ろ、壁際にアライが立っていた。

 夜、窓の向こうには暗闇が広がっている。

 その闇から溶け出すかのようなたたずまいだった。


「い、いつからそこにいたんだ?」

「ちょっと前から」

「うそぉ!? 気配とか全然なかったぞ」

「私は物、物に気配なんてない」

「そうなのか……」


 私は物、という物言いにはちょっとどうなのかとも思ったが。

 彼女は剣、剣に気配はない、というのは納得できた。

 ……意識の上位の武器なら、それはそれで気配を感じる場合もあるのだが、深くは考えない様にした。


 一方、アライは何を考えているのか分からないような、茫漠とした表情でドアの方をじっと見つめていた。


「どうした?」

「さっきの女」

「え?」

「…………なんでもない。それより」


 アライは俺の方をまっすぐ向いてきた。


「お願いがある」

「お願い? なんだ?」

「血を、一滴わけてほしい」

「血? 俺の? なんで?」

「一時的なマスターになる」

「ふむ?」


 一時的なマスターになる?


「まあ、いいけど」


 俺は小さく頷き、自分の爪で人差し指をひっかいて、小さい切り傷を作った。

 そこに一粒、玉の様な血がにじみ出る。


「これでいいのか?」

「ん……」


 アライは俺に近づくなり、人差し指にしゃぶりついた。


「ちょっとぉ!?」


 びっくりして、思わず手を引いてしまった。

 アライは唇をすぼめて、顔を突き出したまま上目遣いで見つめてくる。


「ダメ?」

「ダメっていうか、何してるの?」

「さっき言った、血を一滴分けて欲しい」

「うん確かに言ったね!」


 分け方言ってなかったけどね!

 アライは一瞬だけきょとんとしたが、すぅ、と身を引いてまっすぐ立った。


「ありがとう」

「もういいのか?」

「ん……」


 アライはそう言って、ゆっくりとドアに向かっていった。

 そのままドアを開けて、部屋から出て行った。


「なんだったんだ……一体」


 アライの行動が理解できない俺は首をかしげた。


「あっ……気配感じるようになった」


 俺の血を取り込んで、それでなんかの変化が起きたのだろうか。

 部屋から出て行ったアライの気配を感じるようになった。


 今でも、ちょっと意識すると屋敷の中にいる人間全員の気配を把握できるんだが、それと同じように、アライの気配も感じられた。


 なんとなく気になって、アライの気配を追いかけた。

 アライは移動を続けた。

 移動した先に姉さんがいて、姉さんも歩いていたのが立ち止まった。

 アライは姉さんに近づいていく。


 呼び止めて近づいた――って感じか?


「ーーっ!」


 瞬間、全身が粟立った。

 追いかけていたアライの気配から殺気がにじみ出したのを感じた。


 たいしたことのない殺気、目の前にいても黙殺出来る程度の代物。

 しかしそれは、姉さんに向けられていた。


「――っ!」


 俺は椅子を倒すほどの勢いで立ち上がって、部屋から飛びだしてアライと姉さんのところに急行した。


 すると、いつの間に合流したのか、剣になったアライを持ったフルが、そのアライの切っ先を姉さんに向けているのが見えた。


「やめろ!」


 大喝して、意識をこっちに向けさせて猶予を作りつつ、両者の間に割って入る。

 姉さんの前にかばうように立った。


「マスター……」


 フルがばつの悪そうな表情をしていた。


「何をしてるんだお前達」

『大丈夫だ息子よ、悪いことはしてない』


 剣になったアライが平然と答えた。


『私でその女を斬ろうと思っただけだ』

「全然大丈夫じゃないじゃん!」


 声が裏返るほどの勢いで突っ込んだ。


「いきなりどうしたんだよ!」

『その女はあやしい』

「え?」


 虚を突かれた俺、思わず背後にいる姉さんをみた。


 剣になったアライの声は聞こえていないのか、姉さんは不思議そうな顔をしていた。


『腹に一物をかかえている、油断ならない女』

「それは……」


 擁護しようとしたが、出来なかった。

 そこは、アライの言うとおりかもしれなかった。

 姉さんがいつもなにか企んでいるのは事実だ。


『だから、私で斬る』

「だからなんで!?」

『私はアライ・スレイヤー。味方を斬る剣』

「マスターの血を頂戴したので、今はマスターの味方しか斬れない状態、です」


 フルが補足説明した。


『その女を斬る。斬れれば白、斬れなければ黒、だ』

「なにその魔女裁判!?」


 またまた、声が裏返ってしまうほどの突っ込みになってしまった。

 突っ込んだあと、ちょっとだけ落ち着いた。

 アライの意図は分かった、善意だ、これは。


 なにやら隠し事をしているっぽい姉さんが、本当に俺の味方かどうかを見極めてくれる――そういう話だ。

 やり方はちょっとアレだけど、間違いなく善意。


 俺はちらっと姉さんをみた。


「ヘルメス?」


 斬れても(、、、、)斬れなくても(、、、、、、)

 姉さんに剣を向けられる訳がない。


「フル、彼女を渡して」

「はい、マスター」


 ちょっと強めに、命令口調にいうと、フルは躊躇することなくアライを俺に渡した。

 アライを受け取った俺は、切っ先で自分の手の平を薄く切った。

 自分自身を斬った後、アライは剣から人間の姿にもどった。


「とりあえずこの話は無しだ。いいな」

「わかった」


 アライは淡々と頷いた。

 俺は身を翻して、姉さんの方をむいた。


「悪かったな姉さん、驚かせてしまって」

「ううん、大丈夫ですよ。いい物を見せてもらいましたので、この程度のことはどうということはないです」

「いいもの?」

「今、ヘルメスは彼女を戻すために、自分を傷つけましたね」

「ああ」

「うふふ、自分が自分自身の味方――という事ですね」

「まあな」


 俺は頷いた。

 とっさに思いついたことだが、上手くいって良かった。


 ――の、だが。

 何故か姉さんはにやにやしていた。


「姉さん?」

「さすがヘルメスね」

「へ?」

「自分に自信があって、自分が自分自身の味方。それは、この世で一番難しいことです」

「え? いやそんなことは――」

「その女の言うとおりだ」


 アライが会話に割り込んできた。

 不思議になって、首だけ振り向いた。


「それだけはっきりと自分をもって、自分自身の味方でいれる人間はすくない。私はそれをよく知っている」

「むっ……」

「さすがヘルメスですね」

「さすがマスター」

「腕だけではなく心まで強い男だ」

「えっと……」


 いつの間にか姉さんの件がうやむやになったけど……。

 なんかまた、よく分からないうちに評価があがってしまった、のか?

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新頑張れ!」



とか思いましたら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!

何卒よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 貴族にこだわってるけどあれだけ強ければたまに高い報酬の魔物を倒してあとは悠々自適の方がのんびりできるんじゃなかろうか 普通の人なら数を揃えても無理でもヘルメスなら片手間で倒せるだろうし
[一言] >……意識の上位の武器なら、それはそれで気配を感じる場合もあるのだが、深くは考えない様にした。 「意識の上位武器」ってなんでしょう? 意識を持つ上位武器の抜け字とか? でもそれで言うならアラ…
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