154.ちゃんと黙っていた
『フルちゃんいいなあ、すごく素敵なマスターで』
『はい、一族で最高の幸せものです』
フルは臆面もなくそんな事を言ってのけた。
とりようによってはのろけだ。
それを言われてちょっと気恥ずかしかったけど、フルがまだ剣のまま台座に収まって、顔というか表情がみえないのが唯一の救いだ。
『いいなあ、ママもフルちゃんのマスターのところに行きたかったなぁ』
「……」
俺は無言で、ノンのその言葉をスルーした。
もし死んでなかったら――っていう意味に聞こえたから、どう返せばいいのか分からなくて黙っていようと思ったからだ。
だが、次の瞬間。
アライの言葉がその考えをひっくり返した。
『わたしが代わりに行くです。ノンはここでハンカチ咥えて悔しがってるといいです』
「ん?」
アライの言葉に引っかかりを覚えた。
そのアライを見つめて、聞いてみた。
「あんたが代わりに来るのか?」
『はいです』
「これるのか……いや、なんでノンが行きたいけど行けないみたいな言い方をしたんだ?」
『説明します』
アライの代わりに、フルが横から答えてくれた。
『私達は、一定の条件を満たせば修復する事ができます』
「そうなのか!?」
『はい、武器ですので』
フルはさらっと言った。
武器だから、修復は出来る――ということか。
『ですが、ここで一つ問題が生じます』
「問題?」
『あくまで武器ですので、武器として修復されます』
「つまり……剣の姿として、ってことか」
『はい』
「……ああっ!」
少し考えて、ハッとした。
まさに目の前にいるフルの姿によって気づかされた。
彼女は今、剣の姿になって、台座にはまっている。
そして剣から再び人間の姿に戻るには、本人曰く「何かを斬らない」とダメだという。
実際に彼女を剣から戻した事のある俺としては、その事は真実なんだと言うのがわかる。
俺はノンの方を向いた。
ノン・スレイヤー。
フルにいたるまでの道程として作られた、「何も斬れない」剣。
何も斬れないのなら、元に戻ることも出来ない。
「本当に元に戻れないのか?」
『そうなの! だから私、人間の姿でいたのはほんのちょびっとだけなんですよね』
「なるほど」
『せっかくだからフルちゃんと一緒に行きたいけど、剣のままのすがたじゃ悲しくなっちゃうから』
『そうですね、それは不幸だと思います』
フルがそういった。
その口調には、彼女にしては珍しくはっきりとした感情が乗っていた。
わずかな同情、ノンに向けられる同情が乗っかっていた。
剣の姿から人間の姿に戻る事ができないというノンの境遇に対する同情のようだ。
直前までうっとうしがっていたフルにしてかなりの歩み寄りに感じられた。
「やっぱり人間の姿になれないと残念なのか」
『どっちも大事だから』
『そうですね』
ノンは即答して、フルはその事に同意した。
なるほど……。
「……もし」
『なんですか?』
「誰にも話さないって約束してくれたら、人間の姿に戻す協力をしてあげてもいい」
『だれにも? どうして』
「どうしても」
『うーん……』
ノンはよく分からない、という顔で俺を見つめた。
なんでそんな事を言い出すのかわからないって感じの反応だ。
『でも無理ですよ、だって私はノン・スレイヤー、何も斬れない剣ですから』
「内緒に出来たら戻してやる」
『……本当に?』
『よかったですね。マスターが自分からそんなことを言い出すのはあまりないことです』
「……」
俺は微苦笑した。
確かにいつもは面倒臭がってこういうことを言い出すことはないんだが、それを今言わなくてもいいじゃんっておもった。
俺が提案して、フルが後押しをした。
ノンの幼い顔が、わかりやすく迷っていた。
『本当に……ですか?』
「ああ」
俺ははっきりとうなずいた。
☆
俺の前に一振りの剣が地面に突き刺さっていた。
フルとほとんど見た目が同じの剣。
さっきまで幽霊の様な姿をしているノンだ。
フル・スレイヤーのためのノン・スレイヤー。
その事もあって、剣としての姿は本当にそっくりだった。
俺は地面からノンを引き抜いた。
「何かをきればいいんだな」
『そうですけど……本当に?』
俺は無言で小さく頷いた。
まわりを見る。
フルがはまっている台座に目をつけた。
「この台座は斬っても大丈夫なのか?」
『は、はい。そうですよねお姉ちゃん』
『うん、ここを離れるのならもういらないもの』
自分とは関係のない話だと思ったからか、さっきからずっと一歩引いた場所にいて黙っていたアライが答えだ。
「わかった」
俺はまず台座からフルを引き抜いた。
フルごと斬るわけにはいかないからだ。
そして、ノンを構える。
ノンを持った感触は、フルのそれとまったく同じだった。
そのノンを構えて――振り抜く。
何も斬れない剣の切っ先が通った後、石造りの台座が斬られて真っ二つになった。
一呼吸遅れて、手の中にあるノンが、フルとまったく同じように人間の姿に戻った。
「本当にもどった……」
ノンは自分の姿をみて、驚き、そして感動した。
「ありがとう!!」
そのまま俺に抱きついてきたが、経緯が経緯だし、俺はしばらく、彼女の好きなようにさせてやることにした。
☆
「いいか、本当に内緒だからな」
着地した屋敷の庭で、俺はフル、ノン、アライの三人に念押しした。
「もちろんです、マスターのご命令に背くはずがありません」
「私も! ちゃんと約束は守りますよ!」
「触れて回る理由がないです」
三者三様の言葉で答えてくれた彼女達。
俺は小さく頷いた。
彼女達は言わないだろうと信じられた。
「さて、と。じゃあメイドをよんで、あんた達の部屋を用意させないと」
「お帰りなさいヘルメス」
「うわっ!」
背後からいきなり声をかけられて、飛びのくほどびっくりした。
振り向いた先にいたのは姉さん。
姉さんは不思議そうに俺とフルたちを交互に見比べた。
その間、俺はフルたちに目配せした。
三人は無言で頷いてくれた。
ちゃんと黙っているから安心して――って感じだ。
それで俺がちょっとホッとしたところに、姉さんが聞いてきた。
「そちらの子は?」
「え? ああ。えっと……フルの母親、っていって信じるかな」
自分で言って、事情を知らなければ自分は信じないだろうなと思った。
それくらいフルとノンは似ていて、見た目の年齢も近い。
とても母娘には見えないからだ。
「母親……さすがヘルメスね!」
「へ?」
俺の言葉を聞いて、手を合わせていきなり喜びだした姉さん。
「さすがって……なにが?」
「フルちゃんの母親ってことは、ノン・スレイヤーなのですよね」
「しってるのか姉さん」
「そりゃあもう、調べましたから」
「へえ」
俺は姉さんのいう「調べた」の内容が気になった。
今のところ、フルたちの事をあまりよく知らない。
フルとは付き合いがちょっとだけ長い分いくつか知っていることもあるが、ノンとアライのことはほとんどと言っていいほどしらない。
姉さんの情報収集能力は本物だ。
そんなことをどうやって調べた――と思う事もよくあるくらい情報収集能力がすごい。
姉さんが何を調べて何をしったのか、それが知りたくなった。
しかし次の瞬間、俺は自分の耳を疑ってしまうことになる。
「ノン・スレイヤーを剣から人間の姿に戻すなんて、さすがヘルメス」
「へ?」
「え? 違うのですか? スレイヤーを使って何か斬る以外で人間の姿に戻せる方法があったのですか?」
「いや……それは……」
たぶんないけど……ないけど……。
「でしたらやっぱり、ノン・スレイヤーで何かを斬ったという事なのですね。さすがヘルメス! この事もちゃんと喧伝しなければ!」
ノンたちの事をちゃんと、正しく調べがついていた姉さん。
フル達は言いつけ通りなにも言わなかったが、姉さんの情報収集能力でいろいろとばれてしまったのだった……。
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