153.三本の剣に褒められる
『あいたたたた、体の節々が痛いよー』
『……』
『ってここはどこですか? ……あら、フルちゃん!』
二人の少女のうち、性格が明るそうな少女は、まわりをきょろきょろ見回したが、フルを見つけてテンションが上がった。
『フッルちゃーん』
現われた直後よりも更にテンションがあがって、台座に収まったフルに飛びついてた。
剣の姿で避けようがなかったフルだが――結果から言えば避ける必要もなかった。
突進した少女は、剣にも台座にも抱きつくことなく、すり抜けてしまった。
すり抜けた勢いのまま地中に突っ込んでいったが、すぐに飛び出てきて、恨めしげな目をして唇を尖らせた。
『うぅ……ひどいです、あんまりです。久し振りに再会したのにフルちゃんってばひどい』
『いえ、私は何もしていませんが。それよりもあなたはだれですか?』
あまりにもなれなれしい――もとい、フレンドリーに話しかけたり、フルに向かって抱きついていくものだから、俺はてっきり二人は知りあいだと思っていたのだが、フルの反応からしてまったくそうじゃないみたいだった。
『ひどい! ママの事を忘れたのですか!』
『ママ……もしかしてノンさん、ですか?』
フルは少し考えたそぶりをしてから聞き返した。
『はい! もちろんですよ』
『そうですか。初めましてノンさん。フルです』
『ひどい! 初めましてだなんてひどい!』
『初対面ですから』
「……」
なんだかまるでコントの様なやり取りを横から見ていたが、会話の内容があまりにも普通じゃなかったから、俺はたまらず二人の会話に割り込んだ。
「ちょっといいか?」
『はい?』
『なんでしょうか、マスター』
「その人――ってか、幽霊? は結局の所知り合いなのか?」
『お答えします、マスター』
フルはいつものように平坦な口調だが、やや呆れた様子の口調で答えた。
『彼女はノン・スレイヤー。私の先行限定生産型になります』
「ノン・スレイヤー」
『はい。型式番号は一つ前ということになります』
「ノン、ってことは?」
『ご明察、さすがはマスター』
フルは俺を称える言葉を挟んでから、更に言った。
『何も斬れない剣、と聞かされています』
「……なるほど」
俺は小さく頷いて、納得した。
今までに聞いたスレイヤー一族はみな、「名は体を表す」的な者達ばかりだった。
ドラゴン・スレイヤーはドラゴン殺しに特化した剣で、ゴブリン・スレイヤーはゴブリン殺しに特化した物。
目の前のフル・スレイヤーは「全てを殺す」という、一族の集大成とも言うべき存在だった。
そのセオリーそのままで、目の前の幽霊(?)はノン・スレイヤー――何も斬れない剣なのだという。
「なるほど、そう来たかあ」
『えー、なになに。そう来たかってどういうこと?』
幽霊――ノンがプカプカと、宙に浮かんだまま俺に近づいてきた。
自らが母親と名乗ったにしては、フルよりも幼い顔つきだった。
全体的に幼いという訳ではなく、よくある「大人なのに童顔」というタイプの幼さだ。
そんな彼女が小首を傾げているのを見つめ返して、答えた。
「制作者とか開発者の中に剣豪とか達人とかがいたんだろうな、って」
『なんでなんで?』
「発想がそうなんだよ」
俺は腰を屈んで、地面から適当な小石を二粒拾い上げた。
俺は頷き、地面から小石を二粒拾い上げた。
まずは一粒、軽く真上に放り投げてから、腰間の剣を抜き放って落ちてきたのを斬る。
小石はズバッと両断された。
「斬りたいときに斬る――」
そしてもう一粒の小石を同じようにして、放り投げて落ちてきたところを斬る。
まったく同じ軌道で同じ速さの斬撃だが、意識したそれは、小石をまったく斬れずに地面に叩きつけた形になった。
「――斬りたくないときは斬れない。達人って呼ばれる人種が口を揃えていう、たどりつくべき境地ってやつか」
『そうなんですか』
「全てを斬れない――から全てを斬る。ノンからフルに、って作った人間の道程がはっきりと見える。間違いなく達人が関わってるんだと思うぞ」
『そうなんだー』
自分の事なのに、ノンは脳天気な反応で頷いた。
その事にはあまり興味は無いのか、頷いたはいいものの、俺をじっと見つめていた。
話よりも目の前の男に興味がある――って感じの表情だった。
「な、なんだよ」
俺は戸惑ったが、そんな俺の戸惑いをよそに、ノンはくるっと浮かんでいる体を半回転して、台座に収まったままのフルに向き直った。
『フルちゃんのマスター、若いのに洞察力がすごいねー』
「うっ……」
やっちゃった、とおもった。
ノンからフルへ、のスレイヤーを作った人間の発想が面白くて、ついつい語ってしまって、更に実演までしてしまった。
それでノンから評価されてしまって、俺はまたやっちゃったと頭を抱えたくなった。
一方で、ノンにそんなことを言われたフルは。
『はい、自慢のマスターですから』
といった。
語尾が嬉しそうに上ずっていて、珍しくウキウキしているように聞こえた。
『いいなあ、フルちゃんだけずるい。ママもそんなマスターがほしい』
『諦めて下さい。そもそもノンさんにはもう実体がないじゃありませんか』
『ぶーぶー。そんな事をきいてるんじゃありません』
ノンは唇を尖らせて、可愛らしいで拗ねてみた。
本人が母親だと主張しているだけあって、ノンはフルと見た目が結構似ていた。
ただ顔は似ているが、無表情なフルとは対象的に、ノンは感情豊かで表情がころころと変わるタイプだった。
たまに見かける、可愛らしい大人の女――ってタイプで見ていて飽きないと思った。
そう考えていると、視界の隅で彼女が身じろいだのが目に入った。
ノンと一緒に登場したけど、そこからずっと無言のままの一人の幽霊。
フルとはあまり似ていないが、ノンとは結構似ている。
そんな彼女はいつからか俺の事をじっと見つめていた。
「あんたの名前は?」
見た目からして「スレイヤー」で間違いなさそうだから、ストレートに名前を聞いてみた。
彼女は俺の方を向き、しばらくじっと見つめてきた後、静かに口を開いた。
『アライ、なのです』
「アライ?」
『はい。アライ・スレイヤーっていうです』
「アライ……アライ……」
『お姉ちゃんは味方殺しだよ』
俺が首をかしげている横から、ノンが答え合わせをしてきた。
「味方殺し? なんだってそんな――あっ」
言いかけた瞬間、ハッとした。
そしてフルを見る。
「そうか、『全部を殺す』の中には味方も含まれてるって訳か」
『ご明察です、マスター』
「なるほど……」
俺は小さく頷き、アライの方に視線を向けた。
フル・スレイヤーは全てを殺す剣。
彼女を作り出す過程で、様々な「特化型」の剣が作られた。
その「全て」の中に、「味方」も含まれている、ということか。
アライ・スレイヤー。
味方だけを殺す剣。
……。
いきさつ上仕方ないとは言え、ちょっと悲しくなる身の上だと思った。
俺がそんなことで黄昏れていると、ノンが再びフルの方を向いて、頬に手をあててにこやかに微笑んだ。
「アライはなんで俺をじっと見てたんだ?」
『その剣』
彼女は手を伸ばして、俺の腰の剣をさした。
初代当主の持ち物だとされるボロ剣。
手に入れた後は大抵の時は持ち歩いている。
「これがどうかしたのか?」
『私には分かるです、その剣はもう朽ちる寸前なのです』
『そうですよね。私もそれが気になってました。なんか私達が死ぬ直前の状態とすごく似てます』
ノンがアライの言葉に同調した。
なるほど、と思った。
二人は人の姿をしているが、あくまで「剣」だ。
俺の腰にあるボロボロの「剣」に何が通ずる物を感じられたんだろう。
「まあ、確かにボロいが……」
それが? って顔でアライを見つめ返す。
『その剣で自在に斬ったり斬れなかったり……私が知っているどの剣豪よりも凄腕なのです』
「うっ……」
ついうっかりやってしまったことが、アライからも褒められてしまうのだった。
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