152.ナントカ・スレイヤー
とある昼下がり。
庭の安楽椅子でだらだらしていた俺は、そばでじっと佇んでいるフルを見た。
「フル」
「はい、何ですかマスター」
「ちょっと剣の姿になってくれないか」
「何かを斬らないと戻れないですがいいですか?」
「ああ」
「分かりました」
フルは頷き、剣に姿を変えた。
フル・スレイヤー。
直前までメイド姿だった可愛い少女が、瞬きをする間に無骨な剣になってしまった。
それを手に取って、まじまじと見つめる。
「いつ見ても不思議だな」
『そうですか?』
「ベースはどっちなんだ?」
『わたしは人造生命体ですが……』
「それは分かっている」
俺はコツン、とノックをするかのように、中指の第二関節でフルの刀身を叩いた。
「人間とか人造生命体とかそういうことじゃなくて、ベースは人型なのか剣型なのか、どっちなのかって思ってさ」
『それでしたら……私の最初の記憶、人間で言うと物心がついた瞬間は剣の姿をしてました』
「なるほど」
『剣になって、マスターに持ってもらう時が心安らぎますので、剣の姿がベースだと思います』
「そういうものなのか」
『それを聞くために剣の姿にさせたのですか』
「いや、それはついでだ」
俺はそう言いながら、まじまじとフルを見つめた。
前に、フルに全てを任せて、それで彼女がフルパワーをだしてミーミユを蒸発させたことがある。
あれは完全に俺のミスだ。
フルの事を把握していない――よく知らないことから起こったミスだ。
ちゃんとフルの能力を知った方がいいと思った。
「ちょっと振ってみるぞ」
『はい』
心なしか、フルの口調が上ずっていた。
興奮なんだか期待なんだか――あるいは両方か。
そんな感情が透けて見えるような口調をしていた。
俺は安楽椅子から降りて立ち上がり、フルを軽く振ってみた。
「……いい剣だ」
『本当ですか?』
フルはいつもの口調ながら、なんとなく嬉しそうな感じで聞いてきた。
「ああ、手によく馴染むし、それに……お前、重心はどこにあるんだ?」
俺は何度もフルを振ってみた。
剣というのはとどのつまり鉄の塊であり、それなりの重さがある。
剣を振るう時は、その剣の重心がどこにあるのかを把握していなきゃならない。
一見まったく同じ厚さで伸びている刀身も、たいていの場合微妙に違っててちゃんとした重心があるものだ。
それが……フルにはない。
いや厳密には――。
「重心が動いてる……のか」
『ご名答です、マスター』
「そうなのか?」
『はい、液体金属を用いて可変重心にする事で、使用者の技量に大きく委ねるという作りになってます』
「可変重心……」
『大賢者オルティアの提案です。イカサマ用のサイコロから発想を得たと聞いてます』
「イカサマのサイコロ? 4と5と6しかないやつか?」
『いいえ、サイコロの中に鉛を埋め込み、重心のバランスを崩して誰が振っても同じ目しかでないようになっているサイコロです』
「ああ……」
なるほどね。
そういうサイコロがあるのは知らなかったけど、俺はなるほどって感じで感心した。
『しかし、それは誰が振っても同じ目がでるということですので、上級者用に鉛ではなく水銀を埋め込んだものがあります』
「水銀……ああ、可変重心」
『はい、サイコロの中で水銀がたえず重心を変えることで、練習をすれば通常のサイコロよりも、狙った目を出しやすくなるものです』
「お前の可変重心はそれから来てるって事か」
『はい、重心次第で剛剣にも柔剣にもなりえます』
「確かになぁ」
フルがいう剛剣と柔剣、それは本当なら、それぞれあった剣で振るわれるものだ。
そして剛剣と柔剣とじゃ、使う武器の重心が違う。
フルの場合、それをどちらにも変えて対応できるってことか。
「あまり変わってるようには見えないな」
『使い込めば変わります』
「ふむ、そうか」
☆
俺はフルを握ったまま、郊外にやってきた。
執務で受けた報告の記憶を引っ張り出して、スライムが最近出没している地域に飛んできた。
フルを戻すために何かを切るのと、使い込んで形を変えるのと。
それを同時にこなすために、スライムを斬りにきたのだ。
強力なモンスターなら斬ってしまうと問題も起きるかもしれないが、スライム程度の雑魚モンスターはいくら斬っても問題にはならない。
俺はフルを握ったまま、スライムを探して、片っ端から斬って回った。
なるほど、って思った。
途中から明らかに、フルがてに馴染んでいくのが分かる。
それは道具を使い込んでるから慣れていく、とかそういう事じゃない。
例えば柄とかは、明らかに俺の手に合わせて更にフィットするように形を微調整してる。
「すごいなお前は」
スライムの一体を斬った後にそうつぶやいた。
『何がでしょうか?』
「自分じゃ分からない? 俺が振るうごとに微妙に形が変わってるの」
『はい、分かります。自分の肉体がマスターに馴染んでいくのが分かります』
「言い方がちょっと気になるが……まあそういうことだ。すごい発想だし、すごい事だ……」
『どういう事でしょうか』
「使っていく内に形を微調整して合わせるってことは、使い手のその日の体調に合わせて変わるって事だ」
『そうですね』
普通に返事をするフル。
本人はそれがどれだけすごい事なのか分かってないな。
体調に合わせて変わるって事は、戦いの最中でも変わっていくって事だ。
人間の体調はずっと一定って訳にはいかない。
特に「戦い」ともなれば、始めた直後と終わるころを比べると体調が大きく変化しているのは当然だ。
よく、長い戦いの終盤になると武器が重い、っていうやつがいる。
そういうのを防ぐシステムだ。
フルを軽く振ってみた感じだと、最初から最後までもっとも手に馴染む状態で居続けるってことだ。
それはかなりすごい事だけど、本人は分かってないみたいだ。
「馴染むってことは……これならどうかな」
俺はそうつぶやきながら、七つコイン由来の力を手の平に込めて、フルを振った。
この力でフルを目覚めさせたのだが、この力でまともに彼女を振ったことはまだない。
それをやってみた。
当然というか何というか、フルはその力に合わせて微調整をしてきた。
最初は手の平からフルに通した力に若干のつっかえを感じた。
ストローで果肉入りのジュースを飲む時に時々つっかえるのと同じような感覚だ。
それが途中から――いやすぐに感じなくなった。
ストローは果肉でつっかからなくなり、普通に水を飲むようにスムーズになった。
「結構すごいなお前は」
『ありがとうございます、マスター』
「純粋に好奇心だけど、他の『スレイヤー』がどうだったのかが知りたくなってくるな」
『外見だけなら』
「え?」
『外見だけなら見ることは出来ますが』
「どういうことだ?」
『スレイヤー一族の墓。人間で言うところの剣塚があります』
「そんなのがあるのか」
『はい。今となってはただの鉄の塊ですが、全てのスレイヤーが眠っています』
「ふむ」
俺はあごを摘まんで、考えた。
「それって見ていいのか?」
『ただの鉄の塊でよければ』
「どこにあるんだそれは」
『ご案内します』
フルがいうと、彼女の切っ先から光る糸のようなものが伸びて、空の彼方をさしていた。
俺はその光る糸がさす方角にむかって飛び出した。
飛行魔法で、一直線にフルが指し示す方角に向かって飛んで行く。
空の上は障害物とかなくて、30分くらいで目的地にやってきた。
それは山の奥だった。
山の頂上に深いくぼみがあって、そのくぼみの中に何本も剣が突き刺さっている。
無軌道に、乱雑に地面に突き刺さっている。
「これ全部がスレイヤーか」
『はい。これがデーモン・スレイヤーで、そっちのがワイト・スレイヤー。そこに転がっているのがエルフ・スレイヤーです』
「エルフ・スレイヤーって、そんなの必要あったのか?」
『研究のため、最終的に私を作り出すためには必要な過程でした』
「……あぁ」
成程ねえ。
フル・スレイヤー。
全部を意味するものだ。
なるほどそれに到達するまで、一通り作っておく必要があったのかも知れないな。
『ここにはないですがイマジン・スレイヤーもありました』
「幻想を殺すのか? そりゃまた何のために……」
種族なら話はわかる、スライム・スレイヤーとかもあるんだろうさ。
だけど幻想って……本当にどういう意味だ?
それが分からなかった。
「あれ?」
『どうしたのですか』
「あそこに何かある」
俺はそう言って、近づいて行った。
そこにあるのは石造りの台だった。
地面に設置された台は、縦にくぼみが彫られている。
「なんだこれは」
『分かりません』
「お前も分からないのか」
『はい』
「そうか」
俺はそのくぼみを見つめた。
何となく、ある光景が頭に浮かび上がってきた。
俺は、フルをそのくぼみに突き立てた。
すると――フルがうまくそのくぼみに収まった。
「収まった」
『……』
「フル?」
『……』
フルは答えない。
くぼみに突き刺さった瞬間に彼女の雰囲気は変わった。
直後、台が左右に割れた。
割れた台から何かが飛び出してきた。
ワナか!? と反射的にそう思って、フルを引っこ抜いて構えた。
飛びだしてきたものは、敵意とかまったく感じさせないまま、おれの前にとまった。
半透明な感じで、空中でぷかぷか浮かんでいる。
浮かんでいるのは、二人の少女。
フルとよく似た、幽霊の様な二人の少女だった。