151.覚醒への第一歩
昼前に執務が終わった俺は、廊下を一人で歩いていた。
最後の案件でちょっと頭を使って疲れたから、ちょっと甘いものが欲しいな。
メイドを呼んで、何かもらおうか――と思っていたその時。
廊下の向こうから一人のメイドが向かってくるのが見えた。
「あっ……」
俺に気づくなり、声を上げてしまうメイドはフルだった。
彼女はものすごくびっくりして、顔を真っ赤にして、身を翻して逃げ出してしまった。
「えー……」
まとわりつかれるのも困りものだけど、かといってこんな風に避けられるのも、それはそれでちょっとショックだった。
☆
「あれれ? どうしたのヘルメスちゃん、なんか今日はちょっと元気ない感じ?」
「まあ、ちょっとな……」
午後、俺はオルティアの娼館にやってきた。
気分転換に彼女の所にきて、いつものようにだらだらしてようかって思ってたんだけど、あっさりと見破られてしまったみたいだ。
だらだらする俺の横で顔を密着させていたオルティアが、流れるように正面に滑り込んで、顔をまっすぐ覗き込んできた。
「ふむふむ……そかそか」
「え?」
「よし、このオルティアお姉ちゃんに全部話してみなさい」
「何そのキャラは」
「オルティアお姉ちゃんのお悩み相談室だよ」
「そんなのがあったのか」
「何でも相談に乗るから、さあ言ってみて」
「何でも、か」
そうだな、相談してみるか。
「実はある女の子……っていうか、フルに避けられてるんだ」
「あの子に?」
俺が相談する内容に、さすがのオルティアも驚いたようだ。
彼女はフルが現われた所に立ち会っていて、フルの性格とかもある程度知っている。
俺をマスターだと呼んで、ある意味押しかけ女房みたいな感じで屋敷にやってきたフルがそうなったのはさすがに驚きだったようだ。
「そかそか。もっと詳しく話して」
「ああ……この前急に料理を作り出したんだ。俺に料理を作って、それを食べて褒めたら、いきなり逃げ出して」
「……」
「その後何回かあっても毎回逃げられて、しまいには避けられるようになってさ。もう何がなんだか」
「……」
「オルティア?」
途中から相づちさえ打たなくなったオルティア。
どうしたのかと顔を覗き込むと、彼女はやさぐれと呆れの中間くらいの表情で俺を見ていた。
「ヘルメスちゃん」
「は、はい」
オルティアの迫力に思わず気圧されて、背筋をただしてしまった。
「あたしいつも言ってるよね、本妻のゴタゴタを娼館に持ち込まないようにって」
「いや、フルは本妻ってわけじゃ――」
「しゃらーっぷ。本質は一緒なの、普通の恋愛のゴタゴタを娼館に持ち込まないでって意味」
「むむむ……」
確かにオルティアの言うとおりだった。
娼館で遊ぶのはルールがある。
その一つが、オルティアの言うような普通の恋愛を持ち込まないということだ。
「悪かった」
俺は素直に頭を下げて、オルティアに謝った。
「ん、分かればよろしい。で」
「で?」
「ヘルメスちゃん、なんであの子に好かれたの?」
「やっぱり好かれてるのか」
姉さんにも言われたけど……。
「それ以外の何があるのさ」
「だって、何もしてないんだ。何もしてないのに好かれるってあり得ないだろ?」
「そんなこともないけどね」
「え?」
「ヘルメスちゃん、自分でも知らないうちにナチュラルにやらかすから」
「うっ……」
言葉に詰まってしまった。
それを言われると辛い。
なんだろう、やらかしたくないのについついやらかしてしまうんだよな。
「だから、知らないうちにやらかしてるって可能性あるね。もっと何かないの? 思い出してみて」
「何かって……普段は俺のそばに立ってるだけだし。普通じゃない事って言ったら、夜寝てる時も俺のそばに立ってるくらいってことなんだけど」
「え? 夜も」
「夜も」
「ヘルメスちゃんが寝てる間?」
「俺が寝てる間」
「それじゃん」
オルティアはビシッ! と俺を指差した。
「どれ?」
「ヘルメスちゃんの寝顔を見て好きになっちゃったんだよ。ヘルメスちゃんの寝顔可愛いから」
「えええええ!?」
俺の寝顔が?
「あたし、ヘルメスちゃんの寝顔を見てるといつもドキドキするもん」
「お、おう。そうなのか」
「うんうん。普段だらしないのに、寝顔だけキリッとしてるんだよね。たぶん夢の中でサボらないで格好いいことしてるからじゃないかな」
「……むむむ」
そう言われると心当たりはなくもなかった。
起きてるときは面倒臭がってるけど、夢の中でまでそうじゃない。
たまに覚えてる夢に、勉強頑張ったりスポーツ頑張ったりするってのはよくある。
たまに大軍率いて世界征服とかやっちゃったりする。
「夢って……顔に出るのか?」
「出る出る。前もヘルメスちゃん寝言で『倍返しだああああああ!!』って言ってて、その時の顔がすっごく格好良かったよ」
「何の夢見てるんだよ俺!?」
全然記憶にないぞそんな夢。
いや夢なんて9割は起きたら忘れてるもんだけどさ。
「だから、ヘルメスちゃんの寝顔を見てるっていうのなら、好きになってもおかしくないと思うな」
「そ、そうか……」
理由は分かったけど、なんだかますます恥ずかしくなった気がした。
☆
オルティアの娼館を出て、屋敷に帰ってきた。
屋敷の中に入ると、早速渦中の人、フルと遭遇した。
「あっ」
「お帰りなさい、マスター」
「お、おう」
「ご飯にしますか、お風呂にしますか、それともお休みになられますか」
「えっと……」
お決まりの文句に聞こえて、「わ・た・し」って警戒したけどそれは来なかった。
「ご飯もお風呂もいい、夜までだらだらしとく」
「分かりました」
まだ何か仕掛けてくるのか? と思ったらそんなことはなかった。
フルは実にあっさりと引き下がった。
なにもなかった事に俺は少しホッとして、だらだらするために部屋に戻ろうとした。
そこに、フルが後ろについてきた。
「どうした、俺になんか用があるのか?」
「はい。マスター、力のチャージをさせて下さい」
「ああ、それか。夜まで待てないのか?」
「すみません、できるだけ早くお願いします」
「そうか……分かった」
少し考えたが、力のチャージはフルにとって死活問題で、食事みたいなものだから、俺はそのまま頷いた。
「部屋でいいか?」
「はい」
頷くフルを連れて、俺は寝室に戻ってきた。
寝室に入って、一緒に入ってきたフルに振り向く。
「どうする? また小さくなるのか?」
「あの……マスター。今日は違う格好でさせてもらえませんか」
「違う格好?」
「はい、マスターはお疲れのようですし、私のチャージとマスターのリラックスを同時にできる格好です」
「そんなのがあるのか」
「はい」
「ふむ……俺はだらだらしてるだけでいいのか?」
「はい」
「わかった、それでいってみるか」
どんな格好なのかわからないけど、だらだらしてるだけでいいって言うのなら文句は何もない。
「どうすればいい」
「ベッドへどうぞ、マスター。そのままいつものようにリラックスしてて下さい」
「分かった……こうか?」
俺はベッドに上がって、いつものだらだらするときと同じように寝っ転がった。
「はい、では失礼します」
フルはそう言って、同じようにベッドに上がった。
そして俺の頭の方に回って、頭をそっと膝に乗せた。
「膝枕か」
「はい」
「なるほど」
俺は頷いた。
何をされるのかってちょっとだけ警戒もしたけど、膝枕くらいなら別にいい。
確かに、これなら俺がだらだらするのと、フルのチャージ――密着が同時にできる格好だった。
それっきり、俺達は何も言わなくなった。
俺はいつもの様にごろごろしてるだけで、フルは膝枕の接触分で俺から力をチャージしている。
次第に、フルの膝の柔らかさが気持ちよくて、俺はうとうとして眠りに落ちたのだった。
☆
「甥っ子ちゃーん、あーそーぼー――って、姪っ子ちゃんなのだ」
屋敷のリビング、いつものように壁をぶち破って入ってきた魔王カオリ。
リビングにいたのがヘルメスじゃなくて、ソーラだという事にちょっとだけ不満そうだった。
彼女はリビングの中をきょろきょろ見回した。
「甥っ子ちゃんはいないのだ?」
「ヘルメスなら部屋にいますけど、今は寝てますよ」
「寝てるのか、だったら私が起こしてくるのだ」
「待ってカオリちゃん。今は邪魔したらダメです」
「えー、何でなのだ?」
「ヘルメスがフルちゃんに膝枕されて寝ているからです」
「あの剣の子なのだ?」
「ええ」
「そっか、それは楽しみなのだ」
「楽しみ?」
ソーラは小首を傾げた。
今の話のどこに、カオリにとって「楽しみ」の部分があるのか分からなかった。
「膝枕ということは、そろそろ覚醒が近いのだ」
「覚醒?」
「姪っ子ちゃんに特別に教えてやるのだ。なんでスレイヤーがインテリジェンスソードで、人間の姿をしていると思うのだ?」
「それは……何故でしょう」
「おばさまを参考にしたからなのだ。持ち主に恋をして、それで真の力が覚醒するようにって仕組みなのだ」
「あらあら」
ソーラは瞳を輝かせた。
「本当なのですかそれは」
「私は直接聞いたから間違いないのだ。まっさらから好きになるようにするから、最初は感情が抑えめに作られてるのだ」
「なるほど、だからなのですね」
「そういうことなのだ。膝枕までいったら、真・フルスレイヤーの覚醒は間近なのだ」
「楽しみですね」
「楽しみなのだ」
意気投合するソーラとカオリ。
ヘルメスはやがて来るフルの覚醒を知らないまま、のんきに膝枕の上で、世界を救う勇者になった夢を見ていたのだった。
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